第27話 ルーベルヴォッガ商会



 ルーベルヴォッガ商会。


 それはこの地に鉄鉱石の採掘所と町をつくり、町の名前になった偉人ルーベル・ヴォッガが設立した商会。

 湖畔から約20分山を登ると鉄鉱石の採掘所、そして今回の旅の最終目的地ローニエル鉱山がある。この商会は採掘所の入り口に店を構えていた。


 ヴォッガに到着して翌朝、イグとリュオはフォレントの勧めでルーベルヴォッガ商会に来ている。因みにクロッフィルンから持ってきた塩は前日に町の商会でウルマーク銀貨215枚分の手形に変えていた。


 二人は石造りの大きな倉庫前に荷馬車を停めて売り子の手が空くのを待つ。


「この町には熔鉱炉はないの?」


 リュオは町中を移動する際、少し気になったこと口にする。


「この辺りの山肌は岩だろ。だから木が育たないんだ。熔鉱炉はたくさんの炭を使うからな」


「そうか。だからクロッフィルンの入り口で薪を運ぶ人がいたんだね」


「ああ、クロッフィルンの周りは林業が盛んで薪が手に入り易い。フルリュハイト大森林にもたくさんの樵(きこり)がいるな」


 そんな話しをしているとイグの馬車に男が一人近付いてきた。年の頃は40代後半、身なりの良い服を着た痩身な男。彼はイグの服装を見て蔑むように微笑む。


「どうもどうも、お待たせして申し訳ありません」


「いえ」


 イグは男の声に振り向く。


「私は売り子のノルド・ネイサンスです」


「行商人のイグ・フロイツです。おはようございます」


「おはようございます」


 ネイサンスが手を出すとイグはその手を握る。


「イグさん?それともフロイツさんって呼んだ方がいいかな?」


「フロイツでお願いします」


「わかりました」


 二人は固く握手した手を離した。


「それで今回は何をお求めですか?」


「鉄鉱石を」


「鉄鉱石ですか!ございますよ。それはそれは大量に」


「ええ、ここへはフォレントさんの紹介で来ていまして、状況は知っております」


 ネイサンスは鉄鉱石と聞いてイグを流行りの値上げに遅れて便乗した貧乏商人だと考えたが、フォレントの名が出てそれを改める。コルネオ・フォレントと言えばルーベルヴォッガ商会の常連客だ。鉱石の相場にも精通している。


「フォレントさんの紹介でしたか。なるほど、それでご予算はおいくら程にになりますか?」


「ウルマーク銀貨215枚分の手形と、アンヌ金貨2枚です」


 アンヌ金貨はこの地域で流通が最も多い金貨で1枚がウルマーク銀貨35枚相当の価値がある。

 手形と金貨2枚、合わせてウルマーク銀貨285枚分。鉄鉱石の仕入れ資金としては物足りない額だった。

 信用取引といって現金を動かさず倍以上の額面を扱う方法もあるが、商業組合の保証人が必要だったり、初見では対応してくれなかったりする。今回はその方法は使えない。


 やはり貧乏商人であったとネイサンスは腑に落ちる。そして彼は頭の中の電卓を弾いた。


「……なるほど、……そうなりますと……、鉄鉱石390キロですかね」


 それはイグがフォレントから聞いていた相場よりも少し安い金額だった。さらに値下げしているのだろう。

 実はクロッフィルンで相場が下がり始めた10日くらい前から、それまで飛ぶように売れていた鉄鉱石が徐々に売らなくなってた。ここ3日は全く売れていない。


「ふむ、クロッフィルンでは鉄鉱石390キロがウルマーク銀貨285枚程度で売れるそうですから、それですと運んだ経費分損をしてしますね」


 イグは両手を広げ困った顔をした。


「なるほど、ですが2週間前はキロ銀貨1枚だったんですよ。これでも値下げしています」


「わかりました。でしたら400キロでいかがでしょうか?それならこちらも損をすることはない」


「……わかりました。フォレントさんのご紹介ですし、今後も当商会をご懇意にして頂けれるのでばそれでお売りしましょう」


「ありがとうございます」


「いえ。毎日採掘されて在庫が溜まっていましたし、こちらも売れないことには商売になりませんから」


 二人は微笑み合う。


 これで商談は成立したかのように思えた。

 だからネイサンスは漏らしてしまう。言わなくてもよい一言を。イグのことを貧乏商人だと見下していたから。


「倍以上の額面なら、そちらの馬車に満載にしてもよいくらい在庫はあるんですよ」


 イグの荷馬車の最大積載量は1200キロだが、カーブや坂が多い帰り道を考えれば1000キロくらいを乗せるのが妥当だろう。


「イグ、ちょっと」


「ん?どうした?」


 リュオがイグの腕の裾を引き、イグは上半身を屈めてリュオの口元に耳を近付ける。


「アタシお金持ってるよ」


「お前にやった小遣いじゃ足しにならない」


「ううん。こっちに来て」





 二人はネイサンスに断りを入れて少し距離を取った。


 リュオは腰に巻いたウールで編んだ紺の縄を外す。縄はセーターの網目の様に目が粗く編まれていて裏面の網目を指で開くと中から金色の金属が顔を出した。


 横で見ていたイグは呟く。


「それは、……金貨」


「うん」


 リュオは開いた網目から金貨を摘まみ出す。それが3か所埋め込まれていて合計3枚の金貨が出てきた。


「お前これ……メリア金貨じゃないか」


 メリア金貨。それは大国メリア王国が発行している金貨で金の純度が全ての金貨の中で一番高い。また当主が入れ替わることがあるブリトリーデン王国の貴族や教会が発行している金貨とは違いメリア王国の信用が高い故、高額で取引される貨幣だ。イグが先程見せたアンヌ金貨の2倍以上の重さでウルマーク銀貨95枚から100程で取引されている。


「これどうしたんだ?」


「お父さんが村を出る時に持たせてくれたの。アタシを引き取る時に受け取ったお金なんだって」


「そんな大事な金……」


「使って!イグ」


「……」


「アタシもイグと同じだよ。この商売に掛けてる」


「……運搬費はいただくが、この分の儲けはお前のものだからな」


「ふふっ、うん。それでお願い」


 イグがこの金で稼いでくれる。リュオはそれだけで良いと思った。自分の取り分など全く気にしていない。


 イグは金貨を受け取り、ネイサンスの元へ戻る。


「申し訳ありません」


「もうよろしいですか?それでは決済しますので中へお入りください」


「いえ、やはり購入金額を倍にしますので、私の荷馬車に鉄鉱石を満載に積んでいただけませんか?」


「はぁ、だけど、さっき……、……こ、これは!」


 イグは手を開きメリア金貨を3枚見せる。ネイサンスは目を見開き驚きの表情を浮かべた。






 その後、再交渉をして鉄鉱石900キロの売買が成立した。最初の交渉と比べるとウルマーク銀貨70枚分儲けた計算になる。


 金を支払い、荷馬車に荷を積み終わってルーベルヴォッガ商会を出発しようという時。


「いやいや、しかし本当に驚きましたよ。まったく人が悪い」


「すみません」


「いえ、フロイツさんのような商人とはまた商談がしたいものです。ヴォッガへ来ることがありましたら是非当商会にお寄りください」


「ええ、そうさせてもらいます」


 売り子は毎日数十人の商人と商談をする。色々な駆け引きがあり色々な形で商談が決まる。しかしそれもマンネリ化してくると会話の内容は機械的になり、つまらなくなるものだ。

 ネイサンスはイグに出し抜かれたような気がしていた。そしてその意外性が面白かった。


 二人は笑顔で別れた。





 商会を出て荷馬車を走らせながらイグは降って湧いた儲けに複雑な笑みを浮かべた。それを横から眺めるリュオは「クスクス」と小さく笑う。


 天気は晴れ、周りは山々に囲まれ眼下にはヴォッガの町並みと、リュオの瞳の様に青く澄んだ湖が見える。


 そして馬車の旅が再び始まる。







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