第26話 ヴォッガの温泉



 クロッフィルンを出発して3日目の昼過ぎ。

 イグ達の馬車が山を登っていると山間にはポツポツと集落が見え始めた。山肌は岩や石で木は殆ど生えていない。

 放牧されたヤギや羊、それを世話する人の姿が見える。それは至る所で見かけ、時にはヤギの群れが街道を横断するまで馬車を止めて待つこともあった。この辺りでは放牧が盛んにおこなわれているようだ。また段々畑もあって野菜も栽培されていた。


 二人がヴォッガに着いたのは3日目の夕方。


 山間にある小さな町。アーゼル川を塞き止め造られた湖があり、その畔(ほとり)に家々が所狭しと建ち並んでいる。

 町の建物はグレーや茶色の不規則な石を綺麗に積み上げて建てられていた。

 湖畔に沿って石畳のメインストリートがあり、そこから山側に町がある。町中は道幅が狭く急な坂道ばかりだった。


 二人は行商人御用達の宿に着くと宿の馬屋にオルトハーゲンを入れる。

 水を飲むオルトハーゲンの足をイグが拭いていると、飼葉や水の準備を終えたリュオが口を開く。


「ねぇイグ」


「ん?」


「オルにリンゴをあげてもいいかな?」


 普段からケチに振る舞っているイグに少し遠慮した口ぶりで尋ねる。


「ふっ、ああいいぞ。頑張ってくれたからな」


「うん!」


 山を登りここまで連れてきてくれたオルトハーゲンに二人は感謝し甘やかした。





 イグ達は宿屋の部屋に入る。二階の部屋を取った。窓からの見晴らしは最高でアーゼル渓谷が一望できた。


「いつまで眺めてるんだ。風呂に行くぞ」


「うん」


 窓から景色を見ていたリュオは振り返る。

 この宿には温泉がある。宿屋の裏は崖になっていてそこから湯が湧いている。風呂は石を積んだ露天風呂で混浴。そもそもこういう宿を利用するのは男性で、女性用というのは設計されていない。


「えっと、一緒に入るの?」


「別々だ」


「えー、そうなの……。二人で入った方が楽しそうなのに……」


「お前は嫁入り前なんだ。もっと気を使えよ」


「い、イグは……、その……、アタシの裸を見るとコウフンする?」


「するかっ!」


「むっ」


 リュオは頬を膨らませさっさと自分の荷物を持って風呂へ向かう。溜息を吐いたイグはそれに付いて行った。



「今日の客は俺達だけらしいが、いちおう外で見張っているから先に入ってこい」


 露天風呂の入口に着くとイグは手拭いを差し出しながら言った。リュオはまだ拗ねているのか手拭いを受け取ると「ふん」とそっぽを向く。


「それならイグが先に入って。親方なんだしっ」


 イグがコウフンしないと言ったのが余程気に食わなかったのかまだ機嫌は直っていない。


「はぁー、わかったよ。直ぐに出るから少し待っていてくれ」


「はーい」


 返事をするとリュオは悪戯な笑みを浮かべる。



 イグが体を流し湯船に入ると宿の扉が開く。そして中から裸の少女が現れた。


 血管が浮き出るほど透明で白い肌。灰色の髪をか細い腰まで伸ばし頭には獣耳、灰色の尻尾をお尻に付けた全裸の少女。


 手で胸を隠し手拭いで下半身を隠している。リュオは自分から入ってきたくせに恥ずかしそうに言う。


「えへへへ、……きちゃった」


 この時代、……いや、いつの時代であっても付き合ってもいない男性の風呂に全裸で突入する女子はいない。いくら子供の頃は一緒に水浴びをした仲でも今のリュオは14歳だ。


 それにいくら紳士だって順序というものは重んじる。いきなりこれでは寧ろ引いてしまう男性の方が多いはずだ。


 リュオもそんなことは分かっている。しかし魅力がないと言われたような気がして自暴自棄になってしまった。やけくそになってしまったのだ。


 恥ずかしさで急に冷静になり、はしたないことをしたと今は後悔している。イグに引かれたらどうしようと心配もしている。


 そんな不安を胸にリュオはイグを見る。


 ……イグはリュオをガン見していた。

 目と口を開きリュオを凝視している。


「イグ……、恥ずかしいよ」


「あ、ああ、すまん」


 リュオの声で我に返るとイグは横を向き目を逸らす。


 イグはどちらかと言えばふくよかでグラマラスな女性が好きだった。だから今まで華奢なリュオに迫られても子供のやる事だからと脳内変換し意識しないように自分をコントロールしてきた。


 しかし目の前のリュオはどうだろうか。


 この時代、寄せて上げて谷間を作る女の子の秘密兵器盛りブラなんて存在しない。と言うか下着すら付けない。バストアンダーが細いリュオはワンピースを着てしまうと非常に分かり辛い。分かり辛いが結構ある。……Cくらいは。それが手ブラで寄せて上げられ谷間を形成。さらに細い腰から下半身にかけては女性特有の豊満な曲線を形成。イグがガン見してしまうのは罪ではないだろう。


「一緒に入ってもいい」


「もう好きにしてくれ!」


 リュオに見惚れてしまったことに罪悪感を感じ一緒に入ることを許した。そして湯船に顔をつけブクブクと泡を出す。


 その後イグは気を使ってリュオの裸を見ることはなかった。一緒に湯に浸かりリュオはご機嫌になり、そんな彼女にイグは苦笑する。



 湯上がりのリュオは髪をポニーテールにした。

 透明で白い肌は血色が良くなり、細い首筋や鎖骨、胸元がやけに色っぽい。

 イグはそんなことを考えてしまうようになってしまった。






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