第18話 給料8ヵ月分




 二人は街中を荷馬車で移動し露店で朝食を買った。野菜とソーセージが乗ったホットドックだ。


 御車台に乗り込み、リュオはそれを美味そうに頬張る。


「ねぇイグ」


「ん?」


「さっき言ってた利益ってどれくらいあったの?」


 リュオは食べかけのホットドックを片手に口の周りにケチャップを付けながら聞いてくる。

 イグはそのケチャップを手拭いで拭いた。


「今日は何キロ麦を売ったかわかった?」


「1050キロだよね」


「よく見てたな。普段から一度にそれくらいの量の麦を卸しているんだが、いつもは100キロ銀貨9枚前後で買ってもらっている。でだ、ビッツ村とクロッフィルンを1往復して銀貨で7枚くらいの粗利が出るんだ。それじゃ今回はどれくらい粗利が出たかわかったか?」


 イグは顎を上げて得意げに問題を出した。


「13枚で売れったことは、……粗利は49枚っ!」


「そ、そうだな。お前計算が上手くなったな」


 リュオの即答にイグは驚いた。もう少し悩むと予想していたからだ。


「一回の往復で経費は銀貨3枚。俺の食糧やオルの飼葉(かいば)だ」


「そっか。普段なら1往復で純利が銀貨4枚なのに今回は46枚出た計算になるんだね」


「正解だ」


「それって凄いの?」


「まぁな。月の純利がいつも銀貨6枚に足りないくらいだからその約8倍だ。なっ、凄いだろ?」


 イグにとっては何も努力せずに8ヵ月分の給料がまとめて入ってきた感覚だった。


 しかしリュオはあまり驚いていない。金を使った経験も稼いだ経験もないからだ。


「ふーん。よかったね。ふっ、えへへへ」


 だがイグが嬉しそうにしているからリュオも嬉しくなった。


「元々の貯金と合わせると今回でかなり貯まった」


 リュオはイグにピタリと寄り添い、頭を凭れ掛けてくる。

 そして可愛くイグの顔を見上げた。


「誰のお か げっ?」


 商会の中でリュオが聞き耳を立ててくれなかったら今回の商談は成功していなかっただろう。

 イグはヤレヤレといった感じの態度を取って言う。


「お前のお蔭だよ」


「「ぷっ、ははははは」」


 荷馬車の御者台に並んで座っている二人は、ホットドック片手に楽しそうに笑い合った。




――――――




 昼前、荷馬車はとある酒場の前に到着した。

 店の看板には『レッカ亭』と書いてある。


「ここがイグの知り合いの店なんだ?」


「ああそうだ。ここにも麦を売る」


 答えながらイグは御車台から降りる。続いてリュオも降りた。


 イグはヘイメルシュタット商会で麦を全て売っていなかった。150キロ程残していたのだ。残りのうち100キロはこの店に売る積りだった。


「全部は売らないんでしょ?」


「そうだな。少し残しておいて残りは旅の途中で食べよう」


「うんうん!炊いて麦飯にしたら凄く美味しいよねっ!」


「俺もビッツ村の麦飯は好物だ。鼻を抜ける香りと口の中に広がる甘みは最高だな」


 店の壁にオルトハーゲンは繋ぎながらイグは話す。

 横でそれを見ていたリュオもイグの意見に激しく同意し涎を垂らしそうな勢いだ。


「そうそう!ああ……、そんなこと言うからお腹空いてきちゃった」


「ふっ、お前はいつも腹ペコだろ?」


「そんなことないもんっ!」


「いいや、そんなことある」


「ないもんっ!」


 イグは無精髭を撫でながら目を閉じてしみじみ話し、リュオは両手に拳を作り前屈みになって訴えかける。この二人にはよくある光景だ。



「イグ?」


 痴話喧嘩をしていると二人の後ろに女が立っていた。

 二人は振り返る。


「やあ、バーバラ。昨日戻ったから麦を届けに来たよ」


「そう」


 イグがバーバラと呼ぶ女は色白で茶色いセミロングの髪を後ろに流し、目付きは少しきついがそれを美人だと表現できる少女だった。身長は160センチ程、スリムな体に大きな胸、仕立の良い白いブラウスとワインレッドのワンピースは垢抜けた町娘といった感じだった。


 どこかに買い出しに行ってきたのだろうか、たくさんの食材入れた籠を持っている。


 そんなバーバラがリュオをチラリと見た後、イグを睨んだ。


「ねぇイグ、その子だーれっ?」


「こいつはビッツ村の俺の恩人の娘だ。前に話したことあるだろ?訳あって弟子入りすることになったんだよ」


「女が商人?笑わせないでよ。……こんな子だったのね。凄く可愛いじゃない」


 途中から声が小さくなってイグはバーバラの言葉を聞き取れなかった。


「ふっ。それがなかなか優秀なんだ。ほら挨拶しろ」


 イグはリュオに挨拶を促す。


「あ、あの……リュオです」


「バーバラよ」


 リュオは恐る恐る挨拶し、バーバラは愛想悪く名乗ると店の中に入って行った。

 因みにリュオは人見知りで初対面の人とは上手く話せない。暫く話して仲良くなれそうだと判断したら口数が増える。

 そうなったのは過去にビッツ村で、対人関係で嫌な思いをしたからで、その経験が今のリュオの性格を作っている。


 イグは「ふん」と鼻を鳴らすと、荷台の麦袋を次々に店の中に運ぶ。一袋約10キロを10袋。なかなかの重労働だ。

 リュオは荷台に上りイグが麦袋を取りやすいように荷台の端に麦袋を移動する。



「それじゃ中に行くか」


 100キロ分の麦を店の中に運び終え額の汗を手拭いで拭きながらイグが呑気に言うと、リュオは少し困った顔をした。


「アタシは外で待ってるね」


「そうか。まぁ直ぐに終わるからな」


 イグは一人で店の中に入っていた。






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