第16話 盗み聞き



 二人が建物の中を荷馬車で進んで行くと10人くらいがグループで集まり声を上げて賑わっているブースがあった。皆値段を叫んでいるようだ。そんなグループが向かう先には幾つか見える。


「イグ、あれは何をやってるの?」


「あれは競りだな。街中で店をやっている者や俺みたいな行商人がああやって売り子から品物を競り落とすんだ」


「ふーん、賑やかで楽しそう」


「そう見えるか?皆必死だよ。安くて良い物を買いたいし、売り子はできるだけ高く売りたい。それに競りは一瞬で決まるんだ。皆時間が無いからな。その一瞬一瞬が真剣勝負なんだ」


「ほんと真剣だね。イグは参加しないの?」


 二人の荷馬車はそのブースのすぐ横を通る。


「普段は俺も参加する。あそこで仕入れた品をビッツ村に持って行くんだ。まぁ今日は品を売りにきただけだから参加はしないけどな」


 幾つもの競りグループを通り過ぎる。ここも外の露店の様にたくさんの人がいて賑わっている。リュオは興味津々にそれを見ていた。




「そろそろ着くぞ」


 倉庫の奥の方まで行くとイグの様に荷を満載に積んだ荷馬車がたくさん停まっている場所に出た。

 すると直ぐに金髪でリュオと同じくらいの歳の少年がイグに話し掛けてきた。


「フロイツさん。早かったですね!」


「ようヴィンゲルト。エンハンスはいるか?」


「エンハンスさんは別の商談をしていて、終わったら行くように伝えておきますのであちらの柱で待っていてください」


「ああ」


 ヴィンゲルトは話し終えた後リュオを見て時間が止まった。少女の儚く美しい整った顔に我を忘れて見入ってしまったのだ。


「ん?」


「そ、それでは失礼します」


 リュオがそれに気付きヴィンゲルトと目を合わせると少年は頬を赤くして去っていった。


 一連のやり取りを観察していたイグはいやらしい笑みを浮かべながらリュオの顔を伺うが、少女は何のことか分からないといった様子できょとんとしていた。




 少年に言われた柱の横に移動して荷馬車を停めると周りにも同じような荷馬車が数台停まっていた。荷馬車の横では行商人と商会の者が個々に商談をしている。荷を開けて中を確認している者もいる。


「ねぇ、イグ」


「なんだ?」


「皆こそこそ話しながら指を開いたり閉じたり曲げたりしているけど、あの指は何を意味しているの?」


「あれは値段交渉をしているんだ。ここでは交渉の時にその金額を口にしないんだよ。だからああやって手の指を使って数字を表し交渉するんだ」


「数字を口に出して言ったらいけないの?」


 リュオは不思議そうに首を傾げる。


「商会ってのはその時の相場、在庫状況、売り手の荷の量と質、それから売り手の格で買い取り金額を決めるんだ。だから隣で同じ品を売買していても決済は同じ金額にはならない。それを声に出してやり取りしてると周りに聞こえてしまうから『隣の方が高く買っているじゃないか』なんて話しになってしまう。だからああやって周りからは見えないように指で交渉するんだ」


「指の動きが複雑でよく分からないけど、商人って色んなことを考えるんだね」


「商人の知恵ってやつだな。今度教えてやるよ」


「うん!イグもこれから交渉するんでしょ?」


「まぁな。ただ俺が扱っている麦はこの時期殆ど相場が決まっているから交渉事も少ないんだけどな」


 それまで得意気に無精髭を撫でながら語っていたイグは少し恥ずかしそうにリュオを見る。


「……その、……ところでリュオ」


「なぁに、イグ?」


 イグの雰囲気にリュオは商人の手の動きなんか忘れて彼に興味津々になる。


「この場で、商売のネタになりそうな話しは耳に入ってこないか?お前の耳なら聞き取れるだろ」


「……目ざといね」


 そんなことかと少しがっかりしながらリュオは頭に巻いたベージュの手拭いの下にある獣耳をピクピクっと動かした。




「うーん、食品の相場が日に日に上がってるって言ってるところが多いよ。麦も1.5倍の価格で取引したって」


「なっ!……ほんとか?」


「うん、麦……、高く売れるかもね」


「ああ、そうだな」


 リュオはにっこりとイグに笑い掛け、イグは期待で鼻の穴を膨らませた。


「……他には」


 リュオは目を閉じて集中する。




「ここの上から声が聞える。3、4人くらいが話しているみたい」


「二階か……、確かこの上はヘイメルシュタット商会の支店長室だったな……、何を話しているんだ?」


「待ってね……」


 再びリュオは目を閉じる。



「野盗の話しをしてる。……オロイツとクロッフィルンの間に出る野盗を警戒してオロイツから荷が入らないって」


「……危険を冒してこっちに来るくらいなら別の街に行くのは当然か。それで食品が品薄になっているのか」


「最近は被害がなくなったから野盗は別の土地に行ったのかもって言ってる。それから……」


 リュオは集中して耳を澄ませる。



「エスニーエルト伯爵の傭兵団が空振りに終わったのに街から出て行かなくて食料不足に拍車がかかってる。……えっと、……これから増兵する可能性もあると伯爵は言っている。伯爵は何を恐れているのだろうか。あと……」



「旦那っ!フロイツの旦那!」


 横から呼ばれて二人は我に返る。

 御車台の横には、茶色い髪で痩身の男が立っていた。


「旦那、お早いお帰りで」


 落ち着いた声で話すこの男はイグを担当しているこの商会のバイヤーである。


「今回は順調な旅だったよ。エンハンス」






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