第2話 勇者は誇張されている


 それは四月、花咲く春のことだった。


 村での堤防修理が終わってから一週間後。


 俺は王都の宿舎、その談話室で剣を磨いていた。


 装備品の手入れは武人の嗜みだ。それぐらい部屋でやれよ、と言う人もいるが、部隊の親睦を重視する俺は、あまり部屋にこもらないことにしている。


 分隊長としての仕事も装備の手入れもわざと共有スペースである談話室で行い、他の連中と雑談をするのだ。


 宿舎には五個分隊、五〇人が寝泊まりしている。これは一個小隊の人数に相当する。

 この宿舎には俺の他に、四人の分隊長が住んでいるが、談話室ではあまり見かけない。

 偉そうな顔をした四人の分隊長は、俺の行動を軽薄とか、隊長としての威厳を失うとか言っているがそんなことはない。こうして部下と同じ時間を共有するからこそ信頼が生まれるのだ。


 今日も俺は、部下たちとにこやかに雑談をしながら、大人の余裕を見せつけるのだ。

「ふう。それにしても、どうして僕らが土方仕事なんか。あんなの僕ら王軍の仕事じゃないと思うね。そうは思わないかい隊長?」


 キザな口調で先週の仕事に文句をつけるのはエリック。長身で美形の剣士で二十歳になる。実際女にモテるのだが『色男、金と力はなかりけり』の例に漏れず、腕はまぁまぁだ。


 カッコイイからという理由で二刀流の双剣使いだが、腕前も二流だから笑えない。

 そんなエリックを、俺は真面目な顔でたしなめる。


「何を言っているんだエリック。俺ら兵士の役目は国民を守ること。国民を魔王軍から守るのも、水害から守るのも変わらないだろ?」

「その通りであります隊長殿。エリック、血を流すばかりが自分たちの仕事はないのだ」


 俺に賛同してくれるのは、大柄で筋骨たくましいが、優しげな顔立ちをした男だった。


 スタン。俺の隊では一番の年上、といってもまだ二三歳で、なのに五人の子供がいるというから驚きだ。休みの日は家に帰っているらしい。


 体格を生かした大鎧や大盾、大鎚で壁役を買ってでる、頼もしい部下だ。


 口調からわかるとおり根っからの軍人気質で、年下の俺の言うこともよく聞いてくれる。


「うわぁ、流石隊長っす! 俺とひとつしか違わないのに分隊長だし、やっぱ隊長ってすごいんすね!」


 妙にテンションを上げている感動屋はジャン。やや小柄で童顔な、今年十五歳になる剣士だ。誕生日がまだなので、元服もしていない少年兵である。


 俺ら四人はテーブルの四辺を囲むように座り、こうして雑談に興じている。しかし、不意にジャンがこんなことを言いだした。


「そういえば、魔王軍から国民を守るで思い出したんすけど、隊長新聞読みました?」

「ん、まだだけど、なんかあったのか?」

「なんでも、とうとう勇者がベスビオス火山に出発したそうですよ」

「あそこは火竜の住みかじゃねぇか。なんでそんなところに?」

「そりゃあ近隣の町を襲ったからっすよ。それで勇者が火竜退治に名乗りをあげたってわけです。きっと魔王の陰謀とかなんとか。二日前から話題だったのに、隊長本当に知らなかったんすか?」

「知らねぇよ。何で俺がいちいち勇者が次どこに行くか把握しなきゃいけないんだ」

「それは、まぁそうですけど……」


 ジャンは、やや声のトーンを落とす。でも、それも一瞬だ。


「でもでもやっぱ勇者はすごいっすよね! だって魔王軍の幹部で死んだ奴ってみんな勇者アーサーがやったんすよ!」


 ジャンは握り拳を作って、ますますテンションを上げる。


「いままで人類は魔王軍にやられっぱなしで、大陸の北半分を占領されるほど追いつめられていたのに、勇者アーサーが誕生してからは五分と五分! むしろ人間側の優勢になりつつあるって話じゃないですか! たったひとりで大戦の戦況を変えちゃうなんて、まるで神話の英雄ですよ! 絵物語の主人公が現実の世界に降臨したみたいで感動っす!」


 エリックも、あごに手を添えて頷いた。


「そうだね。僕も、アーサーは素直に凄いと思うよ。彼ならいつか魔王を倒してくれる、そう期待してしまうね」

「自分も同じ気持ちだ。勇者が魔王を討ち取るまで、なんとしても国を守り抜こう。そうした勇者への信頼が、兵に力を与えているのだ」


 腕を組み、スタンも同意する。


 部下たちがこんなにも褒めているのだ。俺も褒めないわけにはいくまい。


「うん、そうだな。魔王軍を退けたり、幹部討ち取ったり。いま一番戦果を上げているのは間違いなく勇者アーサーだよな。ただ……」


 俺は、一呼吸置いてから切り出した。


「最近はちょっと、誇張されているよな」


 ジャン、エリック、スタンの視線が、一斉に俺へと集まる。

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