どうしても勇者になりたい

鏡銀鉢

第1話 勇者の陰に隠れる兵士A


「みんな喜べ! 勇者様が魔王軍の幹部、ネクロマンサーのデステルを倒したそうだぞ!」


 村男の野太い声に、他の村人たちはスコップを投げ出して駆けだした。


 誰もかれもが村男の周囲に集まりことのしだいを、勇者の活躍を聞いて歓声を上げる。


 数日中には吟遊詩人がこの村を訪れ、勇者の活躍を歌うだろう。


「ちっ、勇者なんかいいから、さっさと手を動かせよな」


 俺は毒づきながら、必死にスコップで泥を掘り返し、荷車に積んでいく。


 ぬかるんだ地面に足が埋まり、跳ねた泥が顔にかかる。


 日差しは強くないが、重労働なので汗をかく。けれど額の汗を腕で拭えば、腕の泥が額について、余計に不快感が増した。


「ええいちくしょう!」


 悪態をつきながら、俺はスコップを地面に突き立て続ける。


 俺の仕事は、大雨で決壊した村の堤防を修理することだ。


 そのために、まずは邪魔な泥や石を運び出している。なのに働くのはよそ者の俺らばかり。肝心の村人は勇者の活躍に夢中だ。


 よそ者、そう、俺はよそ者だ。


 俺の名はレオン。パシフィス大陸最大の王国、ライブラ王国の兵士だ。


 ライブラ王国はいくつかの地域に分かれていて、それぞれの地を治める貴族とその私兵が存在する。


 でも俺は王都仕えの兵士。つまりは貴族ではなく、直接ライブラ王にご奉公する、栄誉ある王軍の兵士ってわけだ。


 しかも、十六歳の若さで分隊長を任されている。


 でも、いまの仕事は泥運び。

 いまの仕事は土方仕事。


 剣を持つ手にスコップを握りしめ、邪悪な魔王軍の兵を討ち取らずに、泥を掘り返す。


「ったく、てめぇらの堤防なんだからてめぇらも働けよなッ」


 そうだ、こんなの兵士の仕事じゃない。

 いや、国民を守る兵士の仕事は戦うばかりじゃない。

 被災地支援も立派な仕事だ。


 でも、いまは邪悪な魔王軍が世界を征服しようというて、人類未曾有の危機なのだ。

 もっと、他にやることがあるんじゃないのか?


 そう思わずにはいられない。

 やがて、昼休憩の鐘が鳴らされた。


 村人は昼休憩の鐘が鳴るまで、ずっと勇者の話題で持ちきりだった。当然手はお留守のままだ。


 俺は眉間にしわを寄せながら、厩舎裏の井戸で水を浴びる。


「ったく、全身泥だらけだぜ」


 手袋とシャツ、ズボンを脱ぐと、ブーツも脱いでなかの泥をかきだす。


 どうせ午後からまた汚れるとわかっていても、一度不快感をリセットしたかった。


 俺は水桶で水をかぶってから、今度は水桶でシャツとズボンを洗濯しはじめた。午後からの作業までには乾かない。それでも、硬く絞れば、泥だらけの衣類を着ているよりはマシだろう。


 俺はいらだちをぶつけるように、自分のズボンを力強く洗濯した。


 何にいらだっているかって、仕事をサボる村人と、その村人に崇められる勇者の両方だ。


 昔、俺は絵物語の勇者に憧れる普通の少年だった。

 神に選ばれ、伝説の剣を手に悪と戦う勇者。

 邪悪なドラゴンを倒し、囚われのお姫様を助ける勇者。

 世界を暗黒に包み、人類を支配しようとする魔王を倒し、世界を救う勇者。

 カッコイイじゃないか。


 魔王が復活し、人類に牙を剥いてから三十年。


 俺と同年代の男の子なら、誰もが伝説の勇者に憧れ胸を熱くする。


 とは言っても絵物語はあくまで絵物語。フィクション、空想、作り話。よくてせいぜいもしかしたら大昔に本当にあったかもしれない神話、伝説、おとぎ話だ。


 現実に勇者なんて職業は存在しない。


 そんなもので食べてはいけないし、そもそも勇者の定義ってなんだって話だ。


 勇者の免許なんかあるのか?


 だから俺は十三歳になる年、国王軍に志願した。


 魔王軍の脅威がある現代、志願すれば誰でも軍人になれる。


 加えて、俺は村の剣道場に通う剣術少年だったから、すぐに戦闘員として配備された。


 最初は雑用ばかりだったが、戦闘任務では幾度となく手柄を立てた。俺は期待の新人として注目されたし、それは俺の誇りとなった。


 事実上の勇者に近づいている実感に日々ウキウキワクワクしていたし、いずれは魔王を討ち取る作戦に参加して、俺の手で魔王の首を取る、と夢想した。


 なのに……


「クソっ」


 俺はズボンに引き続き、シャツを洗う。シャツは生地が薄いので、いらだちをぶつけて雑に洗うわけにはいかない。


 俺のイライラは募るばかりだ。


 あの日もそうだった。

 三年前、とあるニュースが王都を騒がせた。


 なんと魔王軍幹部のひとり、魔女メデラが討ち取られたというのだ。しかも討ち取ったのは年端もいかない、俺と同い年の少年で、その手には伝説の聖剣エクスカリバーが握られ、宮廷神官も『彼こそが世界を救う男だ』と神託を受けたというではないか。


 いや、ないだろ。

 ありえないだろ。

 それはフィクションだからね。おとぎ話だからね。


 いくら現実は小説より奇なりとは言っても、そんなご都合主義の超展開あるわけないじゃん。みんな小説の読み過ぎだろ。


 俺はいらだちながらも、どうせ大したことはないと聞き流した。


 しかし勇者、名をアーサーという少年は、何度も魔王軍を退け、魔王軍の幹部を討ち取り続けた。


 いまではライブラ王国だけでなく、パシフィス大陸中がアーサーを勇者と崇めている。


 俺がこうしてドブさらいをしているあいだも、アーサーは魔王軍占領地で活躍しているらしい。ていうか、村男の話が本当なら、またしても幹部のひとりを討ち取ったらしい。


 俺が泥と格闘しているあいだに、アーサーは魔王軍幹部と死闘を繰り広げているわけか。

 なんだか、すごく納得いかない。


「ちっ、パンツも汗でドロドロだ」


 こんな厩舎裏、誰も来やしないだろうと、俺はパンツも脱いで洗いはじめる。


 なんだって神様はアーサーを選んだんだ?


 なんだってアーサーはエクスカリバーなんて持っているんだ?


 エクスカリバーは聖なる森の台座に刺さっている聖剣で、選ばれし者にしか抜けないらしい。アーサーは剣に選ばれたのか? それとも神に選ばれたから抜けたのか?

 どっちにしろ、納得できない。


 うら若き女性たちの悲鳴が聞こえたのは、そのときだ。


 事件か!?

 不謹慎にも、俺は嬉々として立ちあがり振りかえった。

 はたしてそこには、顔を真っ赤にして震える乙女たちの姿があった。


「イヤァ! 変態よー!」

「キャー! たすけてぇ!」

「だれかぁ!」


 俺は自分の格好を思い出し、手で股間を隠しながら慌てて弁明する。


「誤解だ! これはただの洗濯で、パンツまで汚れていたんだ!」


 俺の話を聞かず、乙女たちは悲鳴をあげながら逃げていく。


「まま、待ってくれ!」


 両手を伸ばしながら俺は走り出す。走り出して、厩舎の上から飛び出したところに、武装した女兵六人が駆けこんできた。


 というか、俺の部下だった。うち三人は同じ村出身の幼馴染だ。


 ひとりを除き、女兵たちは激しく赤面してから武器を振り上げた。


「ぎゃああああああああああああちょっとタンマ!」

「ファイア!」


 剣が振り下ろされるより早く、女魔法使いの杖から炎が放たれた。


 しっぽりと炎に包まれながら、俺は心の底から世界に訴えた。


 ああ、世の中は不平等だ。


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