第27話 スパイ


 男が基地から逃亡し五分、さすが隠密任務をしていただけあり男の脚の速さはかなりのものだ、現に、軍の中でもスピードに自信のあったカイとマーベルでも追いつけず、距離は一向に縮まらない。


 街の中では万が一男がよけた場合を考えれば銃や投擲物(とうてきぶつ)は使えない、人込みをかきわけながら男は走り、幾ばくもしないうちにその中に溶け込んで姿をくらましてしまうだろう。


 だから、男のさらにその先で飲み物片手に掲示板を眺めるロイとリアを発見できたのはまさに僥倖(ぎょうこう)だったとしか言えないだろう。


「ロイ! その男を捕まえろ!」


 カイに言われてロイとリアは走り込んでくる男に気付いて掴みかかろうとするが、男は軽業師のような身のこなしで二人をまんまとかわすとそのまま走り去ってみるみる小さくなっていく。


「あの役立たずが!」


 舌打ちをするカイだが、それに続いてマーベルが声を張り上げた。


「ロイ! その男を捕まえたら私の体を触らせてやるぞ!」


 往来のど真ん中で何を叫んでいるんだとカイが驚いたが間髪いれず、ロイはUターンするとリアを持ち上げ、ジャイアントスイングばりに投げ飛ばした。


「いっけぇええええええ!」

「うわぁああああああ!!」


 悲鳴を上げながら星になるのではと思うほど天高く放り投げられたリアは綺麗な放物線を描いて男の背中に頭からクラッシュ、男はもんどりうって転ぶ。


 すぐに体勢を立て直そうとするがリアはそれよりも早く男を組み伏せ、男はうつぶせのまま腕をねじ上げられた。


「でかしたリア!」

「もう、お兄ちゃん、あまり無理しないでよ!」


 振り返ると、ロイはマーベルに詰め寄り約束を守ってくれとせがんでいた。


「ああ、約束は守ろう、ホレ」


 と言って、マーベルはロイと握手をした。


「あの……これは?」


 首を傾げるロイにマーベルは冷ややかな眼差しで、


「手も体の一部だろう?」


 と言って男を抑えるリアの元へ走る。


 後に残されたのは地面を叩きながら落ち込むとロイと呆れるカイであった。


 たリアに腕を掴まれている男の肘がミシリと音をさせ、男は苦悶の声を漏らす。


「さて、貴様には色々と聞かねばなるまい、貴様、基地で一体何をしていた?」


 一般人なら見られただけで肝を冷やす鋭い目付きで睨みを利かせ、マーベルが詰問すると、男は小声で何かを呟いてから、


「偉大なるZERO様に栄光あれ!」


 と、最後に叫ぶと男は口の中に含んでいた何かを飲み込んだ。


 すると何秒もしないうちに男は苦しみ出し、身をよじらせて呻き声をあげて、ついには二、三度痙攣して動かなくなった。周囲の住民達の何人かが悲鳴を上げる。


「なんだこりゃ……?」


 いつのまにか追いついてきたロイも動揺は隠せない、リアに至っては男から離れてすぐさまロイの後ろに隠れてしまった。


「自決したというのか……これでは何も……」


 カイも思わず一歩後ずさり、そんな中でただ一人、マーベルだけはおもむろに近づいて男の顔をしげしげと眺める。


「いや、そうでもないぞ、即効性の毒を口の中に仕込んでいたか、捕まり秘密を吐かされそうになるとこれを使うよう指示されていたのだろう」


 それからマーベルは立ち上がると饒舌に語り始める。


「こう言う場合は死よりも組織の罰のほうが恐ろしいはずだが、こいつは『ZERO様(■)』と言った、おそらくはそいつが組織のボス、もしくは何かの宗教団体で崇めている神と見るべきだろう。

 ともかくこの男が個人で軍に忍び込んでいたとは考えにくい、背後に組織、もしかすると国規模の存在がついていると見るべきだろう。

 だが、気になるのは行動理由だ……」


 マーベルは男の死体を見下ろし、自分のアゴを指で撫でる。


「巨神が徘徊するようになって以来、我がリブル共和国はどこの国とも戦争をしていない、軍の基地に入った以上は我が軍の情報を欲するか、もしくは書類の改竄で内部を混乱させようとしたか、なんにせよ、そんなことをして誰が得をする?」


「これから戦争を仕掛けようとしているんじゃないのか?」


「それは無いな、アーゼル帝国とバルギア王国が無い今、リブル共和国はこの大陸でもトップクラスの戦力を持つ大国、そんな国と戦争しても勝てる見込みは少ないし、ただでさえ巨神相手に軍備を浪費している今の時代に、他の国と戦争をする余裕のある国はこの大陸にはないだろう」


「では、反政府組織ということでしょうか?」


 マーベルはカイの言葉に頷いた。


「その可能性が一番高いだろうな、もっとも、軍を統率する政府に勝てる反政府組織が存在するとは思えんし、クソ大統領やゲス政治家達を人質に取った場合、ウチの軍は間違いなくバカ大統領殿達には尊い犠牲になっていただく方向で事を進めるだろうから問題は無いだろう」


 さらりと言ってのけるマーベルにリアは青ざめた。


「軍てよっぽど政治家が嫌いなんだね……」


「当然だ、命令、それも生活を保障するという条件で軍は能無しの政治家共のわがままに付き合ってやっているんだ。

 腐れ政治家が死ねば軍事の最高責任者、我らが大総統殿がこの国の全権を握るのは必至少なくともそうなれば今のクズ共よりはこの国もましになるだろう」


「政治家のあだ名ボキャブラリー多いっすね」


 渇いた笑いを見せるロイにマーベルは当然だという顔で無線を手に取り、部下に死体の回収をするように連絡した。

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