第7話 聖騎士団

「?」

「麗華だって見ただろう、雅彦達の力を」

「それは……」


 麗華の脳裏に雅彦と槍使いの戦いが思い起こされる。


 雅彦の人間離れした身体能力。


 まるでアクション映画や少年漫画でも見ている様な、人間ではあり得ない速力、動きで斬り合う姿はとてもではないが信じらるものでは無かった。


「書物によれば、忍者の身体能力は現代のオリンピック選手を遥かに超えている。

 だが栄養状態も体格も悪ければ今のようにスポーツ医学の発達していない時代にそんな身体能力を持った人間がいるわけがないと、現代の科学者達は信じていない。

英雄と呼ばれる人間達が持つあり得ないような武勇伝も、多くは誇張表現と信じられてはいないがそれは大きな間違いだ」


(シリアスモードの父さんやっぱムカツクな)


「英雄信仰の妄想ではなく、人は古代のほうが遥かに強い、それに比べれば現代の格闘家など取るに足らない」

「なんでよ、今父さん言ったばっかじゃん、昔は栄養状態も体格も医学も発達していないって、それで何で今の人より昔の人のほうが強いのよ?」



「環境が違い過ぎるからだ。

 戦国時代でも土地が肥沃で豊かな環境の尾張の国、信長の軍隊は装備こそ一流だったが兵士自体は弱かった。

 それに比べて最強と言われた武田の甲斐の国、上杉の越後の国は厳しい環境で食料もあまり取れなかった。

 現代人の体が優れているように見えるのは見た目だけだ。

実際には環境が厳しければ厳しいほど生物は強くなり、平和で豊かな環境であるほどその肉体は弱くなる。

 それに闘技場で説明しただろう、今の武は全てスポーツ化してしまっていると、今の武をどれだけ積もうと、サッカーやバスケが上手くなるのと同じ、柔道やボクシングという競技が上手くなるだけだ。

 何よりも現代の武には命が掛かっていない、そんな甘い世界で、古代の剣林矢雨を駆け抜けその手で人を殺してきた戦士に勝てるわけが無いだろう。

勝利ではなく、生へすがりつく戦士達の肉体の進化レベルの前には、最先端トレーニングの成果など哀しいものだ。

 ある種の壁を越えた。

真の力を手に入れた超人も、昔は数多くいたが、今は絶滅の一途を辿るばかりだ」



 語りながら、和正は息をついて、社長席の背もたれに体重を預ける。


「私の聖騎士団も数は年々減る一方、雅彦とて古代人の強さを持つ数少ない希少な存在なのだ。

でも、だからこそ現代では戦士が役立つ、一般人の頭から超人の身体能力が無くなった現代の常識では、笑える程いとも簡単に捜査をかく乱できる。

中学生だった雅彦一人がやった仕事にしても、脳天から股下まで骨ごと綺麗過ぎるほどに両断した時は原因不明の変死体。

何十人という人間の死体を見れば犯人は集団に違いない。

一人の中学生が両刃刀でそんな芸当ができると思えない警察の目が雅彦に行く事は絶対にない。

戦士達の身体能力と技術が忘れられた現代だからこそ、毒殺や狙撃では無く、直接斬り殺せば絶対にバレない完全犯罪の成立というわけだ」



「でも……」

「人を殺していること事態が嫌か? どんな悪でも殺しは駄目か?」


 和正は立ち上がり、背後の窓を向いて、


「君には失望したよ」


 低い声で言ってからポケットから取り出した伊達メガネをかけて、麗華へ向き直った時、父のメガネが怪しく光る。


「…………」


 麗華が後ろを向くと、雅彦が反射板を持って角度調整をしている。


「何やってんの?」

「えっと……演出頼まれてて」


 麗華の右手が拳を作り、


「父さん、殴っていーい?」


 和正は慌てて伊達メガネをはずしてイスに座りなおした。

 雅彦も反射板を社長室の壁に立てかける。


「まったく、これマジメな話でしょ!?

 あたしの命関わる途中でバカやるのやめてくれる!?」


 バツ悪そうに頭をかきながら、和正は笑う。


「はは、悪い悪い、お前の命に関わるのは最後の仕事についてだ。

 聖騎士団の戦士が行う三つ目の仕事、それが箱舟の戦士との戦いだ」


「その箱舟って何よ、父さんの敵対勢力か何か?」


「まあそうだな、簡単に言ってしまえば箱舟というのは聖騎士団の中でも特に潔癖症の連中が独立してできた組織だ。

 聖騎士団の歴史は古いが、発足したばかりの時はただ影ながら悪と戦い最強を目指す武人集団だったらしい。

 だがある時代で聖騎士団のやり方に異を唱える者が出始めた。

 今のやり方では生温いとな、聖騎士団が暗殺するのは多くの人間達を苦しめる大悪党だけ、しかし連中はもっと多くの、悪の芽を持つ者は根絶やしにするべしと、任務以外で罪の軽い者まで勝手に殺すようになった。

 そうした連中が集まり、聖騎士団から離反、箱舟という組織を結成、数十年に渡って人々を殺して回っている」


「一体何様よそいつら、父さんの聖騎士団は……納得したわけじゃないけど、滅茶苦茶悪い奴だけだから一〇〇歩、いや一万歩譲ってよしとしても、ちょっとでも悪い事したら死刑ってバカじゃないの!?」


 叫ぶ麗華に和正と雅彦は頷く。


「だから雅彦達聖騎士団の戦士の仕事には箱舟の戦士との戦いがある」


「ああ、いくら正義の為とはいえ、あいつらのやり方は強引過ぎる。

 だから俺達は箱舟の戦士を大量虐殺者とみなして戦っているんだ」


「そう、奴らは強引過ぎる、目的のためならば手段を選ばない、それこそ多くの悪を抹殺するためなら多少の犠牲は仕方ないとかな……

だから、自分達の邪魔をする聖騎士団を管理している私を怨んでいるし、親族であるお前を人質にして何かをする可能性も十分にあるんだ」


「なによその迷惑理論、あたしカンケーないじゃん」


「文句はもっとも、だが事実だ。

 今までは屋敷で多くのボディーガード達に守られてどこへ行くのにも装甲車で送り迎えしていたから安全だったが、マンションで一人暮らしとなれば安全は保証できない」


「できないじゃ困るでしょ!

 あたしゃこの年まで聖騎士団なんて知らなかったのよ!

 なんとかしてよね!」


 デスクをバンバンと叩きながら青筋を額に浮かべる麗華に気圧されつつ、和正はスッと雅彦を指差した。


「だから雅彦を就けたんだ。

 中学を卒業したら雅彦には戦士として存分に働いてもらう筈だったが、麗華が高校生になったら一人暮らしがしたいと言うから、雅彦には任務として急遽同じ高校を受験してもらった。

 ここだけの話、クラスが同じなのも私の根回しの結果だ。

 これなら二四時間いつでも麗華を守れる」


 続いて雅彦が、


「それと、戦士特有の鋭い五感と気配でお前が外に出かけるとすぐ解るけど、できれば声をかけてくれ、でないと命の保証ができない」


 和正と雅彦の口から放たれた怒涛の波状攻撃に麗華は肩を落とす。


「うぅ……わかったわよぉ……」


 落ち込む麗華の肩を、和正は叩きながら、


「それと麗華、雅彦の部屋のロックにはお前の声紋も登録してあるから、その気になったら夜這いに行ってもいいぞ」


 ウィンクしてグッと親指を立てる父の笑顔に、麗華の血管が切れた。


「~~~~!!!」


 飛んだ。


 麗華の鉄拳を顔にめり込ませた神宮寺財閥当主は大きく仰け反り、イスを倒し、後ろに飛んだ。


 床に倒れて、手足がピクピクと痙攣する姿は実に滑稽であり、


「娘に夜這いすすめるなんて何考えてんのよ!!」


 怒鳴られつつ、よろよろと立ち上がりながら和正は口の中から前歯の破片を手の中に吹き出した。


 それを見て、今まで怒りに震えていた麗華が慌てる。


「ごご、ゴメン、つい本気で、大丈夫お父さん!?」


 だが和正は怒るどころか嬉しそうに、


「歯なら母さんに折られ慣れているから大した事ないし、歯も神宮寺の技術なら再生できるから問題ないよ」

「そう、よかった……って、折られ慣れている?」


 疑問符を浮かべる娘に和正は軽い感じで、


「ああ、実は父さん自然に乳歯が抜けた事が無くて乳歯は二四本全部母さんに折られて無くなったんだ。

 永久歯も何度か折られたから三〇本以上いくんじゃないかな……」


(母さんの気持ちは分かるわね)


 こんな父と結婚するハメになった母に麗華が同情していると、和正はデスク上で電話を取る。


「まやっさん? 悪いけど麗華に歯折られたから今日八時に頼むよ」


(まやっさんいたぁああああああああ!!!)


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