第2話 怪鳥ブブクカキシュと地図

 水をやいばの形に変えて飛ばす能力は、誰もが少々は持って生まれてくる。が、戦闘に使えるほど強い能力は希だ。

 しかも、高度な教育と、長い歳月も不可欠。

 さらに、どんなに鍛錬したとしても、このようにひょいと使えるようには、普通、なれない。

「こ、この方が、ボクの隊に来る新人……?」

 と、客人は目を輝かせる。

「コラ!!!!! 冷刃を、そんなことに使うとは、何事だ!!! 武人たるもの」

「天才だろ? でござる。お客人。お迎えかたじけない」

「ありがとうバーツ、これでお花が生けられるわ」

「いえいえ、でござる、姉者」

「聞けえええええ!!! 武人たる者、冷刃の無駄打ちなど、もっての他!!! いついかなるときも」

「まあ、バーツはいつになっても、その昔風のおしゃべりことばをやめないのね」

「それですが、実はボクも気になっておりました。二百年は昔の書物でしかお目にかかれない言葉使いのようですが?」

「ものごころついたときから、吾はこうでござる」

「面白いでしょう、この家の兄弟でも、他には誰も、こんなしゃべり方をしていないのに」

 にこにこと、姉は客人に応じる。

「こぉら、聞かんかぁ!!! そもそも、つまみ食いするなと、何度言ったら分かるのだぁぁぁぁぁッ!!!」

 ぴく、と姉の顔が硬直した。

 バーツの髪のしっぽが、ぎくっと動揺した。

 姉は、自分は人に何をされても怒らないだけに、人が人の和を乱す行為をするのは、断固許さない。

「まあ、バーツ、あなたはどうして、そんなに立派な駄目人間なの?」

「駄目人間!!! ……ショ、ショックでござるが、返す言葉もないでござる」

 うなだれて、しゅんとした髪のしっぽ。姉はバーツを、祖父のほうへ押しやった。

 祖父は、まん丸にかたぶとりした胴と、まん丸な頬を持つ。その老将軍が、説教を怒鳴ろうと息を吸い込んだが、ふと、目をすがめた。異変を察知した。

 バーツの服が、不吉な気配とともに、内側からもりもりと盛り上がり、震えた。

 意識的に上腕二頭筋や腹筋を動かしているのかと思えた。が、その膨らみは筋肉にあるまじき様相で這いまわる。バーツの装束のシルエットが、あり得ぬ奇妙な形にねじくれる。

「まさか……!!!!」

 憑きものの仕業か、と皆がへたへたと腰を抜かし、固唾をのんだ。

「まさか、まさか、まさか……」

 老若の召使いたちが喉をからからにして、

「怪鳥・ブブクカキシュ……?」

 誰かが呻くと、若い女召使いたちの悲鳴の連鎖が発生し、広間の壁に、狂ったように反響した。

 地下世界の巨大にして凶悪な魔鳥の名。バーツは、ひとなつこさのかけらもなく面変わりし、薄気味悪く笑っていた。

 祖父も姉も少年貴族も、空気すら、張り詰めきった瞬間。ゲエッ、ゲエッと、暗く鳴く鳥の声がした。

 全員の喉をつんざいて、甲高い絶叫が。バーツを取り囲む輪がぐんと広がる。いざりさがって、ガタガタと抱き合う。

 中心に立つバーツから、太く低い鳥の凶声は、聞こえ続ける。

 姉が卒倒し、少年貴族が支えた。青白い顔に、滴る冷や汗。老将軍も絶句し、丸い赤ら顔をさらに赤くし、樽のような体を震わせている。

「なーんてね。こいつらだよ、でござる」

 バーツが手品師のように、服の下に手を突っ込んでは、体長三十センチの生きている鸚鵡やコンゴウインコや白サギや吼え猿、アルマジロをとりだした。ゲエッ、ゲエッと鳴いていたのは、全身空色にほっぺただけが黄色い鸚鵡だ。

 全員が目を点にする。

 祖父の憤怒が炸裂した。

 叱咤し、面罵し、儂のこめかみの血管の破裂耐久テストをする気か!!と喚いて、豪放磊落で鳴らす老将軍は、煮えたぎるようにぎりぎりと歯を噛みならし、咳込みすらした。

「一応ボクは聞かねばなりません。何故、こんな動物たちを、服の中に?」

「本日よりの寮生活、さみしいのは、いやでござるよ」

「我がクソ孫が! 精鋭部隊の訓練場に、ペットを連れ込むつもりだったのか!!!!」

「バーツ様、それはまずいのでは」

「いーやーだー、連れて行くでござる!!」

「まじめに考えろ!! クソ孫よ、お前が軍でしたいことは、いったい、なんだ!」

「軍でしたいことは、生涯の親友を作ることだ!でござる!!」

「ぬううううう、馬鹿もの! 功成し名遂げるための入隊だろう!! 寮生活だろう!! お前はこの光栄が分かっておらん!! せっかく、せっかくだ、国で最高の部隊へ入隊叶ったというに!」

「でもさー、生涯の僚友がいなくて、戦って何が楽しいの? 戦士って、領土のためでなくて、人のために戦うんじゃん? でござる」

「む、い、一理ある……」

「友達になるには、吾のこともよく知ってもらわねーと! 故にこいつらも、紹介して受け入れて貰わなくっちゃな! でござる!」

「へりくつを、言うな~!!」

「これが、ボクの隊に来る新人……? 問題アリすぎませんか……?」

 少年貴族の独り言。バーツはしかし、にこっと笑顔。老将軍が、ぬうう、と頭を抱えた。

 姉や召使いたちは、もう背を向けて、祭壇のある方角へ向け、手を合わせたりしている。

「お父様、なにとぞバーツをよき方向へとお導き下さい」

 低いが、屋根よりは高いピラミッドは、この家の祖先代々の霊を祭る小神殿だ。

 老将軍の息子でバーツの父は、先の合戦で戦死して、ピラミッドに入っていた。

 つまり今、老将軍の跡継ぎはこのバーツ。何故なら父の後継者だった三人めの兄も、父と同じ戦で死亡していた。その上の次兄とさらに長兄との二人は、もっとずっと幼くして、暗い事情で逝っている。

「うーん、ではちっと、名誉挽回。お客人に、いいものをお見せするでござるよ~」

 ご機嫌に言って、また手をひらめかせ、服の下から書物を取り出した。

 竜舌蘭の芯をほぐした繊維で作られた紙でも、極上の品質。表紙は、精緻な紋章の連続でびっしりと埋め尽くされている。

 絡み合うデザインの中、よく見ると中央に土の魔神。背景は、世界の四方の四つの色、赤・黄・黒・白に塗り分けられていた。

 なんとも立派な装丁の書物に、祖父が、だらっと下あごを落とした。

「な……、そ、それは……!!」

「エブ様、まさか、あ、あ、あ、あれは、軍の機密文書ですか?」

 召使いの少年の言葉に、こくこく、と老将軍は、うなずく。顔が真っ赤になったり、反動で真っ青になったり。

「子供がいたずらで持ち出すものではない!! いつ盗った!! この国の頂点の大将軍たちのみで極秘に練られ、わしが仕上げたばかりの地図だ!!!」

「キレイだな~、と思っただけでござったが。それなら、見てみたいでござるな」

「い、い、い、いいわけないだろう!! これから厳重にある場所に仕舞う地図だ。国防上の秘中の秘だぞ!!! い、いいいい、いかんいかんいかん!! 見たら見た者の身に危機が迫るほどの秘密じゃ!!! ちょっとでもだめだ!!」

「そっか~、じゃあちょっとだけ」

 ぴらり、とめくろうと指を動かした途端、老祖父が、耳をつんざく絶叫をあげた。

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