第32話 ホワイトデー前日

 問題はこの情報をいつ使うかだ。どう使うかも大きな問題ではあるが、目下はタイミングの方が重要である。

 ホワイトデーは大岡部おおおかべ先輩と妥当な理由付けで会えるほぼ最後のチャンス。

 その前に誰かを攻略しておきたいが、これを使えば確実に攻略できるというわけではない。

 逆にこれがきっかけで避けられる可能性も十分ある。

 ならば、まずは桃山ももやまを攻略してホワイトデーに大岡部先輩、最後に吉川よしかわという順番で行こう。

 実際に接触するのはまだ先だとしても、そのための準備は今から始めておく。

 適当にアカウントをつくり、ダイレクトメッセージを送りつける。


『えむこさんがプロフィールに書いてあるのと同じく高校生です。今度会えませんか?』


 送ってからほぼ一日経ったが、全く返答なし。

 ここはやはり下半身の画像を送るべきだったのだろうか。

 この手のアカウントはそういう画像を大量に送り付けられると聞いたことがあるし。

 しかし、俺がそれをやってもその他大勢に埋もれてしまうだけだ。大きさとかで目を引く自信があるわけでもなし。

 ならば。


『来週の土曜にここで会えませんか?』


 メッセージに、俺がビンタされたコーヒーチェーン店の位置情報を添えておく。

 このアカウントがマジで吉川のものだった場合、これは「お前を知っているぞ」というメッセージにもなりうる。

 だから、何かしらの反応を得られると思うのだが……。


『高校生というのなら、学生証を見せてもらえませんか』


 食いついてきた。

 ただ、個人情報を大量に流すわけにはいかないので、学校名だけが分かるように加工した写真をアップする。

 ほどなくして、


『私もそれほど遠くない場所に住んでいるのでいいですよ。よろしくお願いします』

『ありがとうございます!』


 これで別人だったらどうするべきか。まあいいか。

 仕込みを終わらせ、ホワイトデーの直前に学校へ向かう。

 教室に入った時や移動の時などにそれとなく吉川の様子も見てみたが、平常通りにしか見えなかった。

 アレが吉川の裏垢ではないからなのか、歴が長くて慣れているからなのか。

 予想通り、放課後に桃山が話しかけてきた。


「だーろくパイセン、最近また休みがちになってますけど、明日は来るんですか?」

「いや、行かない予定だけど」


 大岡部先輩は卒業しているので学校に来ない。

 よって、ホワイトデーのプレゼントを渡すためにわざわざ学校に行く必要はないからである。

 桃山のテンションが露骨に下がり、表情がしわしわになった。


「おっと、そんな顔するなよ。言いたいことぐらい分かってるって」


 鞄の中からお菓子の袋を取り出す。

 むすっとした表情で、


「でも、大岡部先輩にはそういうの渡さないでしょ?」

「そりゃまあ、経費で落としてくれるらしいから高いやつ買うけど。てか、わざわざそういうこと言ってくるってことは庶民がよく食う安物は持ってくるなって意味なわけじゃん」

「露骨に格差を見せつけて、他の女子には失礼だと思わないんですかぁ?」

「高いのもらったら高いの返すかもしれないけどさ」

「はいはい。手作りは原価だけで判断していいって考え方ですか? 加工コストは完全に無視ってワケですか?」


 ポカポカと腕を叩かれる。


「そこまでは言ってねぇよ。まあ食えって。ウマいぞ」


 スーパーの少し高いチョコを食べさせると、すぐに表情が緩んだ。

 俺含めて庶民はチョロい。

 そのまま俺の腕を引っ張りながら歩き始めた。


「でも、これだけで満足すると思いましたか? 相場は三倍返し。これでは等価交換かそれ以下です。よって、ここからは身体で払ってもらいますよ、パイセン!」

「それってゲームするって意味で合ってる?」


 キョトンとした顔で聞き返される。


「そうですけど、他に何か?」

「だって、身体で払えとか言うからてっきり……」


 数秒後、自分の放った言葉の意味を理解して顔を真っ赤にさせながら殴ってきた。

 体重が軽いのでそれほど痛くなく、逆に微笑ましい。

 マンションの一角にある桃山の家に移動する。

 ワンルームではなかったため家族と一緒に住んでいるものだと思っていたのだが、娘の情報によると基本的に一人で生活しているらしい。

 今まで通りリビングでゲームをする。


 やはり今まで通りボコボコにされた。

 マジで勝てん。

 ゲーセンのゲームで勝てていた理由がイマイチ分からない。ゲーム内の俺くんがゲームウマ男なのか、ゲーセンでは桃山にデバフが掛かるのかの二択だとは思うが真相は分からない。

 あっという間に時間が経ち、世間では一般的に夕食の時間と言える時間帯になった。


「あれ? だーろくパイセン、いつもの門限大丈夫なんですか?」

「報告しておけば大丈夫だと思うが……」


 スマホを取り出しながら視線で質問する。

 まだ滞在した方がいいのかどうかを。或いは、まだ滞在してもいいのかどうかを。

 そわそわきょろきょろして返事がなかったのでこちらから切り出す。


「とある情報筋から聞いたんだけどな、お前、基本一人暮らしなんだって?」

「え、いや、別に……って、どこから聞いたんですか?」


 桃山が対戦を再開させ始める。

 やや動きのキレが悪くなった桃山のキャラを攻撃しながら、


「親が何時に帰ってくるからそろそろ帰れ、みたいな話がまだ出てこない時点で隠しても無駄だって」

「あっ。それもそうですね。……ええ、少なくとも今日明日は誰も来ないはずです」


 ふぅん、とわざとらしく返事をして続ける。


「んで、俺のバレンタインデーの返済はもう済んだのか?」


 桃山のキャラが俺のキャラの攻撃を受けて吹っ飛んでいく。

 勝敗が決まったところで、コントローラーを軽く投げながら隣に座っていた俺の方に倒れ込んできた。柔らかい感触が布越しに伝わってくる。


「あ~あ、クソザコの先輩に負けちゃいました。心が傷ついたので慰謝料請求しないとなぁ~」


 なだめるために頭を撫でると、少し気持ちよさそうに目を細めた。

 どことなく猫っぽさがある。


「はいはい。んじゃ、親と交渉してみますかね。放任主義だから大丈夫だと思うけど」


 親に連絡を取ると、犯罪に巻き込まれていなければ別に構わないと言われた。


「許可が下りたから、とりあえず飯にしようぜ。手伝うし」

「そうですね。でも、キッチン狭いですから、手伝いの代わりにちょっと買い出しに行ってください。……男物の服とかないので」


 ボソッと付け加えられた言葉に心臓が跳ねた。

 ようやく女子の家に泊まることが実感を帯びてきたからだ。

 攻略とか飛び越えてこんな展開まで来てしまったのだが大丈夫なのだろうか?

 ゲームの方ではそういうイベントがないと公言されていたが、ゲームの世界じゃないからセーフなのだろうか?

 買い出しを終え、一緒に晩ご飯を食べ、交互に風呂に入って眠くなるまでゲームをする。

 桃山が眠気に襲われるまではほぼ勝てなかったが、夜も更けてフニャフニャになってきた辺りからようやく勝てるようになった。

 やがて桃山が寝落ちしてもたれかかってきた。

 電気を消すために立ち上がろうとしたが、抱き着かれて動けない。仕方ないので俺もソファに横になった。

 温かい体温と心地いいリズムの寝息が伝わってきて、俺の意識もすぐに闇へと溶けていった。

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