第30話 1件のメッセージが届いています

 二度目ともなれば記憶が曖昧になることもなかった。

 ただ、相変わらず娘たちの名前は思い出せない。

 こればかりは自分の記憶力の問題というより、世界の制約だと考えた方がいいだろう。

 冷静にスマホで日付を確認する。

 二月十五日。バレンタインの翌日だった。

 時間は正午過ぎ。平日だから学校がある。

 しかしながら学校に行くわけもなく、すぐさまゲーム実況を始める。

 ここで焦っても無駄だ。ホワイトデーさえ忘れなければ恋愛的には大丈夫だと思いたい。

 コイツ、バイトはしてくれるのにソシャゲのログインは全然してくれなかったからな。



 再び昔のような登校頻度に戻して学校に行くと、桃山ももやまに絡まれた。


「おっす、だーろくパイセン。何だか超久しぶりって感じですね。体調不良の原因になったチョコってどれだったんですか?」

「体調不良で休んだわけじゃない、ただのサボりだよ。あと、チョコありがとな」


 少し恥ずかしそうにしながら、


「じゃあまた、ゲームしてください」

「ああ、暇な時にな」


 昼休み、大岡部おおおかべ先輩にも声を掛けられた。


「あなた、調子は戻ったみたいね。整髪剤とかも使ってないみたいだし。外見的にはあっちの方が彼氏っぽさはあったけど、中身は今の方が面白いと思うわ」

「褒められてるって認識でいいの?」

「ええ。卒業まであまり時間が残っていないけど、存分に楽しませてもらいたいものね」

「あ、ああ。頑張るわ」


 相変わらず発言内容が理解しきれないが、契約破棄には至ってないらしい。

 それにしても、卒業か。

 吹き抜ける寒風に身体を震わせた。

 大岡部先輩の攻略は多分不可能だけど、それでも卒業前に一矢報いれるような結果を残したい。せめて、それぐらいは……。

 放課後には吉川よしかわに呼び出された。

 ビンタされた時とは違って、普通に図書室だった。

 完全に無人だったが、小声で話す。


黒田くろだくん、また戻ってきたようですね。修学旅行の前だったかしら。あの時からまた毎日学校に来るようになっていたから驚きました」


 吉川にはこっちの事情を話していたので理解が早い。

 それにしても毎日学校に行くだけで怪しまれるのってどうなんだ?


「それで、娘さんのことはどうなりました?」


 学校で同級生から娘について尋ねられると複雑な気分になる。他の人たちに聞かれていなくて助かった。


「あいつらは全員バラバラの一人っ子らしいってさ」

「なるほど。でも、悩みが解消されたはずなのに浮かない顔ですね」

「率直に言うと、俺はあの三人の母親に振られた……というわけでもないものの、将来三人が産まれるほどの親密な関係にもなれなかった」


 驚くこともなく吉川が肯定した。


「そうですね」


 しかしそこには侮蔑もなかった。


「じゃあ何故戻ってきたのですか?」


 さすがに逃げてきたとは言えない。

 実際、逃げるために来たわけじゃない。

 定められたと言われた運命に抗うためだ。

 だが、そのまま伝えても面白くない。


「昨日ゲームをしながら気付いたからだよ」


 対面に座る吉川が視線で促す。

 何に気付いたのか、と。


「ゲームをやってない俺って俺じゃないと思うんだよね。なのにそいつに俺の娘の母親を探させたって無理があるんだよ。いや、男女の関係とかよく分かんないから、逆にゲームをやってない方が上手くいく場合もあったかもしれないけど、俺に限ってはそうじゃないな、と」

「いい答えだと思う。私も、ゲームをやっている黒田くんの方が好きかな」


 ハッと視線を上げると苦笑された。

 一瞬だけ救世主のように見えたのだが。


「そういう意味ではありませんので」

「だと思ったよ」


 荷物をまとめて立ち上がる。


「これからどうするつもりなの?」

「細かいことは決めてないけど、俺なりにやってみるつもりだ」


 吉川がふっと微笑んだ。

 相変わらずメガネで瞳が見えないので何を考えているのか把握しにくい。


「そう。頑張って」


 少し他人事みたいな響きだった。

 まあこれが義理チョコしかくれない親密度ってやつだろう。

 しかし、ここで何かが引っかかる。

 確か、娘たちの分析によれば吉川は謎に好感度が高いという話だったはず。

 娘たちの勘が外れている可能性ももちろんあるし、好感度が高いといっても所詮義理チョコ程度だったという見方もできるが、問題は修学旅行の一件。

 今の吉川の態度には、あの時のような積極性が全くなかった。

 元の地味なイメージから言えば落ち着いている方がデフォルトなのだが、じゃあアレは何だったのか。

 その辺りに現状を打破するためのヒントがある気がするのだが、どうしたものか。



 結局、打つ手を見出せないまま卒業式の日を迎えた。

 俺も一応出席し、式が終わった後には大岡部先輩に一声掛けに行った。

 まあ、めちゃくちゃ人だかりができていたので、そいつらが散るまでは近付く勇気が出なかったのだが。

 とりあえず月末まではあの契約を続け、更新するかどうかはその日に判断するということになった。

 まずは数日後に控えたホワイトデーの準備をしなければならない。

 ただ、俺だけだとアイデアが出てこないという問題は根深い。

 ゲームやってたら何か思い浮かぶだろ、とダラダラゲームをしていると、スマホに一通のメールが届いた。差出人は「愛する娘たち」。

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