第2話 僕は赤が嫌いだ



二○十五年 春




千尋?ねぇ千尋?

朝の珈琲をドリップしていると、

寝室の方から

龍斗の呼ぶ声が聞こえた。


龍斗の声に喜んだ愛犬のジャミーが、

僕の足元から龍斗が寝てる

ベッドに走って行った。



今日の珈琲は上出来。 





★ 僕は赤が嫌いだ




毎日のように遊んだ。

光希とは専門学校卒業後、

それぞれ違うサロンで下積みを重ねて、

ようやく同じ位置でスタイリスト

になることができ、

共通の知り合いを通じて

同じサロンで働けるようになった。


この時はもう、

同じ細胞を遥かに超えソウルメイト、

同じ運命を共に歩んでいたな。


仕事終わり

新宿のアルタ前で靖浩と待ち合わせした。

今の僕はアルタ前に行く事すら

少し抵抗が出てきたな。


サロンは高円寺にあった。

その当時、家賃六万のアパートを

同じ高円寺に借りていた。


光希は新宿に住んでいた。

新宿と本人は言い張っていたが、

実際は大久保の端っこにある

マンションだった。


光希に大久保の端っこのマンション

と言うと睨まれていたので、

新宿にしとこう。


だいたい、朝まで飲んで踊った日は

光希のマンションに行き

夕方まで寝てしまい、

火曜日一日が終了してしまう。


若さって、偉大だな。

今はもう、こんな事したら

一週間は疲れがとれないし、

休みを無駄使いしたことに後悔が背いじる。




その当時、

僕はある男性に片思いをしていた。

ゲイクラブでDJをしていた拓也。


拓也は体育大学に通いながら

週末よく二丁目のクラブで曲を回していた。

僕はその少年のような笑顔で

レコードを流す精悍な眼差しにやられ、

一目惚れした。


かなり猛威的な攻撃で

拓也にアタックしては振られ、

しては振られ。

何度振られたことだろう。


その都度、

拓也の優しい断り方に更に萌えて、

あきらめきれない、

エンドレスな片思いだった。


ある日また案の定、

振られ泥酔した。

記憶がない…。


濃霧の様な泥酔から目覚めると、

横に拓也が居た。


まだ夢の中かと思った。


拓也は少年のような笑顔で、

おはよう。

と言った。


何故にたっくんが居るん?


ここ俺ンチだよ(笑)

と拓也は言った。


どうやら泥酔した僕が、

大声で猛烈に告白しながら

暴れたらしい。。


そしてクラブの店長に、

拓也の名前を叫びまくる

僕を押し付けられたようだ。

拓也は優しい笑顔で、

その状況を説明しながらゲラゲラ笑ってた。


笑うなよ。


自分の馬鹿野郎…

自分、死ねばいいのに…

と本気で思った。


拓也は笑いを止め急に真顔になった、

そして僕を見て言った。


本当に千尋の事、信じていいのかな?

俺は千尋を好きになっちゃダメなんだ。


最初は、

その言葉の意味がわからなかった。


急に泥酔明けの顔を見られているという

恥ずかしさで目をそらしたが、

拓也は精悍な眼差しで

僕の顔を覗き込み言った。


俺も千尋の事が本当はずっと好きだった。


ただ俺じゃ、

きっと千尋を幸せに

出来ない気がするから。


でももう千尋の事、

止められないくらい

好きになっちゃったんだよね。



泥酔万歳!

自分、死なない!生きます!(笑)

本気で嬉しかった。



その時は幸せなんて、

これからいっぱい作れば

いいさって思ってた。



僕らはその日、細胞を重ね活性化させた。



練馬に住んでた拓也が

高円寺の僕の家に転がり込む形で

半同棲し始め、

一年が経ち、

大学を卒業した拓也と

本格的な同棲を始めた。


高円寺から離れるのは寂しかったけど、

二人で決めた新境地は新宿。


新宿と言うか、大久保。


光希の家から御汁が冷めない距離だ(笑)


拓也との生活は本当に楽しかった。

DJをする拓也のレコードを

カートに乗せて運ぶ、

それを理由にずっと一緒に付いて歩いたり。

サロンでインターン生の未熟な技術で、

拓也をパンチパーマに近いスタイルに

仕上げてしまった事もあった。


拓也は絶対、怒らなかった。

いつも僕の事を優しい笑顔で見つめていた。


パンチパーマになったのに、

ゲラゲラ笑って、

アフロっぽいじゃん、

逆にオシャレ!


でも、やっぱボウズにしようかって。(笑)


君が僕の作ったコロッケを

嬉しそうに食べる横顔が大好きでした。


状況が突然変わったのが、

付き合い始めて二年経った

ある朝だった。

前の晩、DJの仕事をし、

打ち上げで呑まされ

泥酔して帰ってきた拓也が

ベッドになだれ込んできた。


僕は寝ぼけたまま、

拓也の背中を抱きしめた、

拓也の腰から下が冷たく濡れていると

気づくまでかなり時間がかかった。

朝の光がカーテンの隙間から

僕のシャツを捉えた。


真っ赤だった。。

血⁈


拓也は泥酔したまま、

震えてる。

下半身から足元まで

血便で真赤かった。


救急車に運ばれていく拓也。

一緒に乗る僕。

その時の状況がショック過ぎて、

記憶が薄い、ただ僕は赤が嫌いになった。


その日から拓也は検査の為、

入院した。

一週間後、

検査の結果が出た。


HIV陽性、エイズ発症。


自分の身に起きた事だと

自覚するまで、

周りが見えない程

真っ白になった。

今思うと、

お先真っ暗って言うけど、

本当に意識が飛ぶと

真っ白のほうが的確ではないかと

思うほど辺りが白かった。

貫くような耳鳴りで

かろうじて意識は残っていた。



拓也は保有者だったが、

発症してエイズという

ウィルス細胞に変化していた。

当時の医学では、末期。


拓也、ちゃんと食べてるか?

僕が居る日は美味いもん作ってやるな。


拓也、なんでそんなにすぐ痩せるん?


僕の口癖を反芻する。


そして反省する。


何故、不調に気づかなかったのか。

辛かったよな。


俺じゃ、千尋を幸せに出来ないから。


僕はあの時の拓也の言葉が、

解ってしまった。


確かに拓也は神経質なほどに

セーフだった。

最初は本当に僕の事、

愛してるか不安だった。

同じ細胞になりたかったが、

拓也が冷めてると思っていた。


ごめんな。


愛してるからこそ、

僕の細胞を守ってたんだね。


拓也の元彼がエイズで亡くなってから、

三年後に僕が現れた。

拓也は自覚があった、

自分もそうだと確信していた。

でも僕を愛してくれて、

充分に安全で幸せを

与えてくれた生活だった。



半年後、拓也は旅立ちを迎えた。

享年二十七歳。


僕が二十六歳の夏だった。


その日の猛暑は

東京の街を真っ赤に染めていた。

心臓まで溶かすようなキツイ、

赤だった。


だから僕は赤が嫌いになった。



こんなに愛した人なのに、

こんなに毎日一緒にいたのに、

当時の僕は拓也の世間体を重んじて、

最期を看取れなかった。

葬式も親族の意向で参列できず、



拓也の残した最後の洗濯物を

たたみながら大声で泣いた。


拓也を喪った事を受け入れられず、

拓也のPHSに何度もコールしたり。

朝目覚める度に、

拓也が横に居ない事に気づき、

絶望感に襲われた。



光希と靖浩が何も言わずに

ずっとそばに居てくれた。





拓也、コロッケ食うか?


うん。



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