僕は、赤が嫌いだ。

CHIHIRO

第1話 僕の中の細胞


★ プロローグ





消えてほしい、奴がいる。

自分の中に、

その煩悩が生きてるという残酷。

眠りの中だけは、

その恨みから解放される。


このままずっと

眠ったまま

終わればいいのに。

だがそれも叶わぬまま、

漆黒の闇が渦を巻き、

その中心から光が射す。


目が慣れてきたせいか、

それが家の天井だとわかるまで

しばらくまた漆黒に身を任す。


天井がはっきり見えた時、

僕は現実の重たさに胸を突かれる。

漆黒のまま

死んでればいいのにとまで思う

朝を迎えるようになったのは、

あの日あの時、

君を助けてしまったから。


君を見てほっとけないと

思ってしまったから。


今はもう遅い。

生活も親友も失い、

最愛の人も傷付けられ、


それでものうのうと

笑って生きている

奴が憎い。


最高の幸せを、奪われたから、

いつの日か、最高の復習を。



全てを返してくれとは言わない、

それはもう二度と築けないもの。

ただひとつ願うのは、

僕の視界から消えてくれ。

僕と同じ苦しみを味わってくれ。



大嫌いだ。


無限大、嫌いだ。









★ 僕の中の細胞




昨日の夜飲んだ、

龍斗との酒がまだ残ってる、

酷い倦怠感と頭痛で地面が歪む。


かろうじて船酔いのような

吐き気は無いので、

いつもの朝の身仕度をはじめる。


脳内にはまだアルコールが残っていたが、

細胞レベルの記憶が体を

勝手に動かして

一通りの作業を無意識に

クリアしていく。


人間の慣れって凄いなと

急に冷静になって笑ってしまう。


龍斗は休みでまだ寝てる。

龍斗と付き合い始めて、十年。

同棲を始めて、八年。


僕の働いて居るサロンに髪を切りに来た

大学生の龍斗に僕の方から

積極的にアプローチした。


僕はゲイというカテゴリーで

授かった運命を必死に生きていた。




自分がゲイと気づいたのは早かった。


幼稚園の頃、

僕はドッチボールが強くて

好きな男の子にワザとボールを当てたり、

気になる男の子を舎弟にして

常に行動を共にさせ、

機嫌が悪ければ泣かす、

嫌なクソガキだった。



本当は好きなのにね。

好き過ぎて、泣かしてしまう。


それでも僕は、

二十歳になれば自然と女性に興味がでる、

時期的な病気なんだと

子供ながらに考えていた。


その考えが不治の病だと自覚したのが

十五歳の時に親友を溺れるほど

愛してしまってからだ。


終わったなと(笑)


その恋は、

二十歳まで続く長く苦しい片思いだった。


当時は、

いまみたいな世の中では無かった。

カミングアウトなんて言葉も

日本では浸透してなく、

真実を打ち明ける気持ちさえも

押し殺し、ひたすら隠し続け、

嘘をついていく。


が、その嘘にまた嘘を重ね、

大きな嘘の塊になり、

本当の自分がわからなくなり

自身の性格までも見失っていた。


ひたすら自分を責め、

人に抵り、全てを憎んだ。

世間的に悪いと言われてる事は

一通り通過し、生き抜いていた。


いつかあの新宿という街で

僕と同じ細胞の仲間達と出逢い、

生きて行くんだろうと漠然と思っていた。


十九歳、

美容師専門学校を卒業した日、

親友の光希が僕に言った。


千尋も俺と同じ細胞な気がするんだよね?


細胞?


俺、愛してる人いてさ、

おじさんなんだよね。。



!!(笑)


その時の光希の言葉が

僕に光をくれた、


その時から、

僕の細胞は光合成を始めた。

光希が同じ細胞で、

心底嬉しかった。



一九九五年


この時から、

光希とはお互いの

苦しみや喜びを分かち合い

一緒に進んで行こうと誓いあった。


僕の細胞を本当の意味で

ゲイというカテゴリーに導いてくれ

生きている細胞に

変えてくれたのが

光希である。


光希が新宿の二丁目に

初めて連れ出してくれた。

いままで狭い世界しか知らなかった僕は、

正体のわからない喜び、

味わった事のない興奮を知り

覚醒してしまった。



三十年前にディライトという

クラブがあった。

きっと、そこから

僕のゲイライフが始まった。


そのクラブで毎日のように遊んだ。


踊りまくり朝を迎えてしまった日、

始発で帰るかと汗臭い自分のシャツに

香水をつけまくっていた。


ふと視線を感じ、

辺りを見回すと少し先に

僕を見てニヤつく奴が立っていた、

僕と目が合うなり鼻で笑いやがった。


僕は酔ってたせいで、

笑うなよ、汗臭いんだもんよ!

思わず心で言った事を

口に出して言ってしまった。


急に恥ずかしくなり、

顔が赤くなるのが分かるくらい、

熱くなってしまった。

そいつはついに、大声で笑って。


お前、見てて飽きない、

面白いな。

と近寄ってきた。


俺もその香り好きな香りだよ、ほら!

そいつは自分のリュックの中を弄り、

僕と同じ香水の瓶を見せてきた。


靖浩との出逢いだった。


靖浩は僕より五歳上で、

この世界の事を色々教えてくれた。

怒られたり、褒められたり、

色々教えてくれた。


それから毎日のように

靖浩や光希とつるむようになった。

毎日が新鮮でゲイの世界の

知識やマナーをどんどん身に付けていった。




いつものディライトの帰り道、

朝日を浴び光希と靖浩と並んで帰る。


朝日は僕らの細胞を浄化してくれる。

昨晩の汚い言霊やアルコールを

ろ過してくれた。


僕は歩道の

黒と白のマス目の

白いマスの上を

選んで歩く、

黒のマスは地獄。


自分流のルールだ。


ふと後ろを向くと、

光希は歩道の

白い線の上を

橋を渡ってるかのように歩いてる。


どうやら光希にも

白い線の両側は地獄らしい。


同じ細胞だ。




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