第53話『月の神殿』



 ラクナレク大森林から一日かけて王都へ戻り、その翌日には慌ただしく準備をして馬車に乗り、月の神殿がある湖畔の街アレスへ向かった。


「つ、着いた……」


 俺とソラナは例によって馬車酔いでへろへろになったけど、今はそんなこと気にしている状況じゃなかった。


 馬車の次は小舟に揺られて運河を渡り、月の神殿に到着する。そのままの足でゼロさんが案内係の男性に話をつけてくれ、俺たちはついに月の神殿へと足を踏み入れた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ゼロさんに案内されながら、神殿内部を歩く。この辺りはまだ一般開放されている場所らしいけど、人っ子一人いなかった。


「なんか、寂れてるわねー」


 ソラナが率直な感想を口にする。薄い灰色の壁と床、そして天井。ほぼ同系色の建物の至るところに、神殿の謂れを説明する看板や、かつての発掘作業で発見された品が展示されている。だけど、そのどれもが、周囲と同じ灰色に染まっていた。


「寂れた観光地……って言ってたけど、人が全然入ってないのかな」


「そうらしいわよー。うぇ、このお土産とか、カサカサに乾いてんだけど。大丈夫?」


 ルナは何とも言えない顔をし、ソラナが古いお土産をつまみ上げる。そんな様子を見ながら、ゼロさんが「こりゃ、後々管理を徹底させねぇといけねぇな」と、ため息混じりに言っていた。全体的にほこりにまみれているし、無理もないよな。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 一般開放されている場所を一通り見て周ったけど、ルナの言う『祭壇』のようなものは見つからなかった。


「やっぱ、鍵のかかった扉の先にあるのかもな。この奥だぞ」


 そう言うゼロさんについていくと、やがて『この先、関係者以外立ち入り禁止』と書かれた立て札が見えてきた。その脇を抜けて、曲がり角を行くと、目の前に鍵穴のついた重厚な扉が現れる。


「そんじゃ、開けるぜ? 準備はいいか?」


 背中越しに言うゼロさんに対して、俺たちは頷く。直後にかちゃり、と音がして、重い扉がゆっくりと開いた。同時に、古く淀んだ空気があふれ出てくる。この扉、どれくらい開けられてないんだろう。


「……カビくさ」と呟いたソラナを追い越して、俺とルナは部屋の中へ足を踏み入れる。先程までと特に違いがあるわけでもなく、同じような灰色の空間が続いていた。


「以前受けた報告によると、奥には巨大な壁画があるらしい。祭壇とかの話は聞いていないが、まぁ、探してみようぜ」


 そう言って、ゼロさんが埃の積もった床に足あとをつけながら進んでいく。俺たちもその後を追うけど、なんとなくピリピリするような、変な感じがしていた。




 ……何とも言えない空気の中、この場所も一通り見てまわる。調査途中で放置された場所や、それに関する古ぼけた道具が散乱していたが、祭壇らしきものは見つからなかった。


 そして辿り着いた先。この神殿の最深部らしい場所に、思わず見上げるような大きな壁画があった。


 遥か上空に描かれた月から、俺たちの足元へ向けて光の柱が降り注いでいる。その光の先には、白く輝く建物があり、その中に魚のような蛇のような、異形なものの姿が描かれていた。


 その異形の額と思われる場所には、緑色の大きな宝石がはめ込まれている。


「すごいわねぇ。ここが一番奥?」


「ああ、ここが最深部だ。建物の大きさからして、もう少し奥がありそうなんだけどな」


 ソラナと並んだゼロさんがそう言いながら、腕組みをして壁画を見上げる。神々しい壁画だけど、所々に腐食の後がある。そして何か文字が書いてあるものの、古代の文字なのか、俺にはさっぱり読めなかった。


「……イクリプス・ガーディアン……って、なんだろうね」


 その時、壁画に近づいて刻まれた文字を指でなぞっていたルナが、そう呟いた。


「ルナ、この文字が読めるのか?」


「え? 皆、読めないの?」


 声をかけると、逆に驚かれた。ルナは続けて、不安そうな表情でソラナやゼロさんを見るけど、二人も揃って首を横に振っていた。


「この文字は、ラグナレク中の学者が長年研究しても未だ解読できてねぇ文字だ。まさか、読めちまうなんてな」


 ゼロさんも驚いた顔で壁画とルナを交互に見て、「やっぱり、月の巫女だからか」と、独り言のように言った。


「他に、何が書いてあるんだ?」


「うん……えーっとね……月の国、導く……守護者、力……」


 ルナは戸惑いながらも、壁画に張り付くようにして文字を解読していく。ゼロさんの言葉じゃないけど、やっぱりこの場所は月の巫女と関係が深い場所なんだと思う。


「……ごめん。所々文字が欠けてて、これ以上読めない。たぶん、このイクリプス・ガーディアンっていうのが、守護者なんだと思うけど……」


 そう話しながら、ルナの手が壁画に描かれた異形の中心、緑色の宝石に触れた。


 ……直後、光が弾けた。


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