第22話『謎の少年』
「……月の巫女、発見」
洞窟の入口からゆらりと現れた少年は、俺の指先に灯る僅かな明かりにその白い顔を照らされながら、歪に笑う。
その口ぶりからして、間違いなくこいつは敵だろう。俺とゼロさんに一層の緊張が走る。
「お前、村を襲った兵士どもの仲間か?」
俺がルナを背に庇った直後、ゼロさんが一歩前に出て、そう問いかける。
「そうだよ。その様子だと、ガルドスのアニキからは逃げ切ったみたいだね。ここを見張っていて正解だったよ」
そう言いながら肩をすくめる。そういえばあの黒騎士、井戸の底で撒いて以後は姿を見ていない気がする。
「月の巫女さ、今更ながら聞くけど……大人しくついて来てくれるつもりはない? 言うこと聞いてくれたら、君にも、他の二人にも危害は加えないよ?」
右手の人差し指を立てて、そんな提案をしながらルナに視線を送る。俺の背中に張り付くようにしていたルナの身体が、びくっと震えた。
「む、村の皆にあんなことしたのに、今更信じられません」
「そりゃそうだよね。ボクも焼き討ちはさすがにやりすぎだと思ったんだけどさー」
ルナの回答を聞いた少年は苦笑を浮かべながら、めんどくさそうに首を鳴らす。
「……でも、言うこと聞いてくれないなら、無理矢理連れていくしかないかなぁ」
次の瞬間、奴の顔中に文様のようなものが浮かび上がった。なんだあれ。
「とりあえず、月の巫女以外の二人には大人しくなってもらおうかな」
そして腕を掲げると、奴の周囲に青白い煙のような物体が無数に出現した。
まるで意志があるように怪しげに揺らめく煙の中央には、無数の顔のようなものが浮かんでいる。
「……あいつ、ネクロマンサーか」
その様子を見て、ゼロさんが警戒心を強めながら言う。
「え、ネクロ……何?」
聞き慣れない言葉に、俺は思わず聞き返してしまう。
「ネクロマンサー。所謂死霊使いだ。力量は知れないが、低級な死霊なら操れるみてぇだな」
「ふぅん。商人のくせに、そんな知識もあるんだね」
「お褒めにあずかり光栄だな。こう見えて、色々修羅場をくぐり抜けて来たんでね」
そう言いながら、ゼロさんも拳に魔力を集める。どうやら、やるしかないみたいだ。
「こいつらは触れるだけで魂を食らうからね。どれだけ耐えられるかな」
……直後、奴が手で合図すると、二体の死霊が俺とゼロさんの方へそれぞれ向かってきた。
「き、来た!」
「そう狼狽えんな。一度死んでる奴は炎に弱いと相場が決まってる。動きも遅いし、落ち着いて狙え」
ゼロさんはそう言いながら、颯爽と死霊の前に飛び出す。
「なぁ、一度死んでる相手を殴り倒せるのか!?」
「さっきも言ったろ。俺の拳は魔力を宿した拳だ。むしろ、鎧で身を守る奴より殴りやすいぜ。見てな!」
そして魔力を宿した拳を一閃すると、煙が霧散するように死霊は消え去った。
「な? こいつらは見かけ倒しだ。ウォルスでも十分に戦える」
ゼロさんは俺の方を振り返りながら余裕顔だ。夜の闇の中でも、その腕に宿した魔力は七色の煌きを放っていた。
「よし……くらえ!」
俺も眼前の死霊に視線を戻し、掌に生み出した火球をぶつける。
するとまるで枯草に火が燃え移ったかのように盛大に燃えて、そのまま呆気なくかき消えた。ゼロさんの言う通り、生身の人間を相手にするよりやりやすい気がする。
「……低級死霊を倒したくらいで、良い気にならないでよね」
僅かな手ごたえを感じていると、奴は大袈裟に肩をすくめながら、今度は立て続けに3体の死霊を呼び出した。先に呼び出された残りと合わせると5体。せっかく倒したのに、また数が増えた。
「こういう場所だと、代わりの死霊はいくらでもいるんだ。ご希望なら、まだまだ増やせるよ」
昔はこの山道も沢山の人が行き来していただろうし、遭難や滑落事故も多かっただろう。それで亡くなった多くの人の魂が、未だ中を彷徨っているというんだろうか。
「なるほどな……これは、本体を倒さないと駄目ってやつだな」
ゼロさんは両の拳を突き合わせて気合いを入れる。確かに、このままだとジリ貧だ。
「はは、やれるものならやってみなよ」
再び奴が合図を送ると、周囲全ての死霊が一斉にゼロさんへと向かっていく。
「雑魚散らしは引き受けるぜ。ウォルス、本体は任せた!」
そう言うと、自らその中に飛び込んでいく。
「え、さすがに一人でその数を相手にするのは無茶じゃないか!?」
「心配無用だ!」
俺の心配を余所に、ゼロさんは魔力を宿した腕で先頭の死霊を殴り、続く奴には蹴りを加える。
勢いそのままに群れの真ん中まで無理矢理突っ込むと、軽く跳んでから自分の身体を軸に一回転。足に宿した魔力で、数体の死霊をまとめて薙ぎ払う。
まるで踊るようにしながら、文字通り死霊の群れを蹴散らしていた。すごい。
「……っと、見入ってる場合じゃない」
俺は死霊を操っている少年に向き直り、右手に炎の槍を生み出す。もし仮に別の死霊を呼び出して盾にしようとしても、貫通力のあるこの槍なら貫けるはずだ。
「……舐められたものだね。まさか、僕が死霊を使役するしか能がないと思ってるのかい?」
奴は俺の動きに動じることなく、その場で右手を掲げる。直後、その掌に無数の氷の槍が出現し、巨大化しながら俺の方に向かって飛んできた。
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