第18話『急ぎ、教会へ』



 ……それから数秒後、俺は地面に叩きつけられた。


 それなりの高さから落ちたにもかかわらず、全く怪我をしていないのは地面に生い茂る植物がクッションになったかららしい。


「おいコラ! 待ちやがれ!」


 頭上から先のガルドスの声がした。誰が待つか!


 俺はその声を振り切るように駆けだす。目指すは、近くにある古井戸だ。


 これは直感みたいなものだけど、ルナは教会にいると思う。大方、この騒ぎを聞きつけたソーンさんが『ベッドの下に隠れていろ』とか言って、様子を見に行ってたりさ。ルナはその指示を律義に守っているはずだ。あの二人の性格なんて、知り尽くしてる。


 あの兵士たちに見つかるより早く教会でルナと合流して、村を脱出する。街道を通ればすぐに隣村だ。きっと大丈夫。なんとかなる。


 そんなことを考えながら走ると、すぐに目的の古井戸が見えてきた。


 ここは子供の頃、冒険と銘打ってダンとよく入っていた場所だ。


 今は水も枯れ、井戸の底に足首が浸かるくらいの水しか残っていない上、大人でも十分歩ける空間が広がっている。


 そして何より重要なのは、この古井戸は地下で教会の裏にある井戸に繋がっていることだ。


 水源が繋がっているのだから、そっちの井戸もとうに枯れているわけで。結果、誰も知らない秘密の地下通路のようになっているわけだ。


「よし、いくぞ!」


 ……そんなことを考えながら、俺はすっかりくたびれたロープを掴むと、一気に井戸の中へと飛び込む。


「てめぇ、待ちやがれ!」


 ……飛び込んだ直後、頭上から声が降ってきた。俺は下を向いたまま、手のひらに出現させた火球を頭上に向けて撃ち放った。


 当然、直撃してくれるなんて思っちゃいない。少しでも怯んでくれればそれでいい。


 「くそぉっ」と叫ぶ声を聞き流して、俺は一気に井戸の底へと到達する。長く使われていないためか、途中で穴が狭くなっている場所もあったけど、

なんとか通り抜けることができた。


「よし、急がないと」


 俺は魔法で指先に小さな火を灯して明かりの代わりにすると、暗闇に向けて駆けだした。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……それからしばらく走ったけど、背後から足音は聞こえてこなかった。


 井戸の底はかつての地下水によって浸食され、細い横穴がいくつも伸びている。


 まるで迷路みたいになっているのが幸いして、うまく追っ手を撒けたみたいだ。


「まぁ、小さい時に散々ダンと一緒に遊びまわった場所だし、俺は迷わないけどな!」


 俺は一度も行き止まりに当たることなく、教会裏の井戸へと辿り着いた。


 息つく間もなく、俺は頭上からの月明かりに照らされているロープを掴み、渾身の力で地上へと這い上がる。


 登った先の古井戸は無数の木々に囲まれていて、教会の方からも見えない状態になっていた。


 その間を抜けて教会に近づくと、建物に火がついている様子はなく、これまた不気味なほど静まり返っていた。


 俺はできるだけ物音を立てないようにしながら建物に近づき、ルナの部屋を探す。これまで裏から回り込んだことはないけど、大きな窓があるからすぐにわかるはず……。


「……!?」


 やがて視界に入ってきた窓の向こうに、兵士に腕を掴まれているルナの姿が見えた。


「やめろーーー!」


 次の瞬間、俺は木製の窓枠を力任せにぶち破ってルナの部屋に飛び込む。同時に、手の中の魔力を練るようにイメージを膨らませる。


 目の前にいる兵士の鎧は先のガルドスと同じ色をしているから、また魔法が効きにくいかもしれない。普通に火球を放つだけじゃ駄目だ。もっと貫通力に特化した形にしないと。例えるなら、槍のような。


「え、ウォルスくん!?」


 ……そして部屋に飛び込んだ俺の手には、炎の槍が握られていた。


「ルナから離れろ! こいつ!」


「ぐわぁぁっ!?」


 俺は飛び込んだ勢いのまま、持っていた炎の槍を投げ放つ。


 その槍は完全に不意を突かれた兵士の左肩に命中。兵士はルナの手を放しながら吹き飛び、部屋の扉に後頭部をしこたま打ち付けて気絶した。


 ……気絶した、だけと思いたい。


「ルナ、大丈夫か? 怪我ないか?」


「う、うん。平気……」


 その兵士の様子を気にしながら、ルナに声をかける。腰が抜けてるっぽいけど、俺が手を差し伸べるとゆっくりと立ち上がった。


「ねぇ。ウォルスくん、何が起こってるの……?」


「俺にも正直、よくわかんないけどさ……今は安全な所に逃げないと」


「そ、そうだね……逃げなきゃ……」


 未だ現実味がないのか、目を泳がせているルナの手をもう一度強く握りなおし、二人一緒に窓から外へ出た。


 どこまでも、10年前のあの時と同じだった。どうしてこんなことになったんだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る