第26話 5万ゴールドの笑顔




「なっ……」

「そこまで言うなら聞いてやろう。お前の信念とはなんだ?」


 あまりにも自信たっぷりに美形様が言うものだから、私は唖然としてしまった。

そんな私の援護射撃をするかのように、ナツメは前に出る。

いいわね、もっとやりなさい。


「フンッ、僕の信念はただ一つ。拝金主義さ」

「拝金主義?」

「……ああ、この世は金っていうタイプの事な」


 いきなり出てきた難しい単語にナツメがこっそりと解説をしてくれる。

つまりは守銭奴か。


「そう、分かったら早く謝礼をくれ」


 美形様が手を出してくるのはこれが4度目だった。

謝礼と一応ほんの僅かに言葉を濁してはいるものの、今となってはそれもあまり意味が無い。

彼は感謝しているなら金をくれと言っているのだ。


「ちなみにおいくら?」

「おい……」


 状況が呑み込めた事に対してふむと頷いて美形様に聞き返すと、隣から肘が入る。

言うまでもなく、ナツメのだ。

付け入る隙を与えるなと言いたいらしい。


 しかし、私の意見は違った。

いつもの私なら金をくれと言われたところで、「無い」と言うしか無かったが、今の私にはお金がある。

さっき褒賞金としてもらったお金をナツメと半分に分けたとしても、25万ゴールドはあるのだ。

謝礼金と言ってもどうせ100ゴールドくらいだろう。

それでロックオン状態が解除されるのなら、安いものだ。


 というのはまあ建前で、実際は言い値を出すわよ的な、お金持ちごっこをして優越感を味わってみたいのが本音だったりもする。



「そうだな。単純に助けてあげた事に10万ゴールド、笑顔と紳士な台詞のオプションで各5万ゴールド。おさわりオプションで10万ゴールド。計30万ゴールドかな」

「高っ!!」

「だから言っただろう、やめとけって……」



 目を剥くとはこの事だった。


 高い、高過ぎる。

たかだか、転びそうになったところを支えてもらっただけで、10万ゴールドとは何事か。

ナツメの分と合わせても、さっきの褒賞金の半分以上が吹っ飛ぶ計算になる。


「おのれ、守銭奴め……」


 うわ言のように呟く。

笑顔はプライスレスではないのか?

勝手に色んな高額オプションサービスをつけられて、ぼったくりもいいところだ。



「ほら、30万ゴールド」


 天井に向けた掌をヒラヒラとさせて、さっさとお金を寄越せと美形様は言う。


「そんなの、ポケットマネーで持っているわけないでしょう!? おいそれと払える金額じゃないわ!」

「それは君がオプションを利用するからだろう?」

「頼んでないわよ!」


 不当請求だと訴える。

今ここに偶然50万ゴールドがあるが、半分はナツメのものだ。

自慢じゃないが、どんなに貧しくとも借金だけはびた1ゴールドたりともした事が無い。

故に、借金だけはしたくなかった。


 それに、大金を手にいれたと思った瞬間にどうして根こそぎ掻っさらわれなければならないのか。



「そんなものは頼んでいないし、払うお金も無いわ」

「お金ならあるじゃないか、君の持っているその袋に。音から判断して、中に入っているのは全て金貨。その膨らみ具合なら、50枚というところだろう?」

「ウソ、でしょう……?」


 声が喉でつかえたようになって、うまく出てこない。


 はっきり、きっぱり、さっぱり。

そんなお金は無いと告げたつもりだった。

しかし、美形様はまるで袋の中を透視したかのような発言をする。


 いや、音がどうとか言っていたわね。

それにしたって笑えない。

音で銅貨か金貨か見破る事の出来る人間などいるのだろうか?

その能力は先天的な才能由来のものなのか、訓練して身につけたものなのか。


 チラッと見ただけで枚数までピタリと当てるだなんて、切りの良い数字とはいえ、背中に冷たいものを感じる。



「何だ、やっぱり持っているじゃないか。……仕方無い。そうまで言うなら、初回限定で40万ゴールドにして差し上げよう」

「逆に額面が吊り上がってるわよ!?」

「じゃあ、45万ゴールド」

「また増えた!?」


 美形様はえげつない。

本当にえげつなかった。

会話する度にどんどん金額が引き上げられていくなんて、悪夢だ。

こんな具合に畳み掛けてこられては、必要以上にあたふたと焦ってしまう。


「なんて恐ろしいの……。金の亡者よ、金の亡者がいるわ」

「俺的にはお前の食欲も同じくらい信じがたいけどな……」

「そんな事言ってないで助けなさいよ!」

「何で俺が?」


 慌てふためいた末、私が助けを求めるのは、ナツメだった。

そんな私をナツメは実に煩わしそうな視線で抱きすくめてくる。


「私はこういう交渉には向いてないんだもの。どうしよう? 払える金額のうちに払ってしまった方がいいかしら?」

「馬鹿。足元を見られているに決まってんだろう?」

「じゃあどうすればいいのよ!?」

「だから関わるなって言っただろうが……ったく。あー、悪いんだけどこいつが持ってるその金、半分は俺のなんだわ」


 不平不満を溢しながらも、ナツメは美形様との交渉に乗り出してくれる。

仕方無いから、使えない男と心の中で罵倒したのは取り消してあげてもいいわ。

ただし、このピンチを無事に切り抜けられたら、ね。



「じゃあ君が半分払ってくれればいいんじゃないか? どうやら知り合いのようだし」

「ふざけんな! 俺はこいつの連帯保証人じゃねーよ!」

「責任を取る気構えも気概もないのに、口を挟まないでもらえませんか?」

「はい、そこまでですわ」



 美形様はああ言えばこう言う。

膠着状態の議論に割って入り、一息で決着を付けたのはクレアさんだった。



「サイラス様。常々申し上げておりますが、ギルド内での許可無き商業行為は禁じられております。これ以上、警告を無視されるようなら当ギルドと致しましてもそれ相応の対応をさせていただかなくてはなりませんわ」


 にっこり笑うクレアさんと忌々しげに彼女を見つめる、美形様。

美形様、改めサイラスは自分の足元と背後を振り返った。


 彼の足はちょうど一歩分、ギルド内に踏み込んでいる。



「今日のところは僕の負けのようだな」



 鬼畜受付嬢VS守銭奴美形。

争いを制したのは鬼畜だった。






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