第25話 神様、仏様、美形様



 言うなれば、美青年。

色恋には疎い私なれど、美醜感覚くらいは持ち合わせている。


 彼の額にかかる磨き抜かれた艶やかな髪も、優美な曲線を描く眉も、切れ長の涼しげな瞳も、スッキリとした鼻筋と顔の輪郭も、間違いなく整っている。

加えて口元には人好きのする笑みを浮かべているのだから、非の付けようがなかった。


「あ……ありがとうございます」


 美形様が間近におられる。

美形様のご尊顔が、吐息が感じられるくらいの至近距離から、私を見つめている。

花のような顔かんばせが、私の為だけに笑みを浮かべておられる。


 キラキラと神々しささえ感じさせるほど輝いて見える美形様をこのまま直視していたら、目が潰れてしまいそうだ。


 惨めで無様に倒れる近未来を予想していた私は、いきなりの美形様との邂逅に戸惑った。

いっそ、ビビったという方が正しいかもしれない。


 光の速さで飛び退こうとしたが、美形様の両腕がそれを阻む。


「離して……」

「お怪我はありませんか?」


 傍にいるのが畏れ多いような気がして、手を離してくれと言う私をなおも捕まえたまま、美形様は気遣いの言葉を紡いだ。


「ええ……」

「そう、良かった」


 すっかり気圧されてしまった私が問われるがままに答えると、美形様は笑みの色を深め、そっと私の肩と腰に添えていた手を外す。

ようやく解放されてホッとしたのも束の間、彼は手を差し出してきた。



「えっと……?」


 ダンスのお誘いを申し出る紳士のような仕草に、首を傾げる。


 ここは、社交場は社交場でもお上品な紳士淑女の集まる華やかなパーティー会場では無い。

荒くれ者どもの集まる場所だ。

それは例え、キャーキャー黄色い声を上げる乙女な顔をした魔法使いの女子一同が視界の端にちらついていようとも、だ。



「どうかなさいましたか、お嬢さん?」


 まごついている私に美形様は再度、手を示してきた。

私がその手を取る事を微塵も疑っていない。


 自信に満ち溢れている。

そう思うと同時に、厄介な相手だと思った。


 身をもって経験済みだから判るが、この類いの人は自分の思い通りに事が運ぶまで絶対に引かない。

だけど、ここで私が美形様の手を取れば後々恐ろしい目に遭うのは目に見えていた。


 学園時代にも師匠絡みでやっかまれる事は多かった。

落ちこぼれの癖に大賢者に指導してもらえるのはおかしい、と。


 実際は私には選ぶ権利も何もなく、亡き両親の知己であり、また両親亡き後は私の親代わりだった師匠の弟子になったのだが、そんな事は誰も聞いてはくれない。

大賢者とのコネを求めて私をストーキングしてくるお金持ちのボンボンも数人いたが、それすら女子の僻みの対象となった。


 あの頃と同じ視線を全身の肌に感じる。

主に、女子の視線が突き刺さって痛い。


 さりとて前を向けば美形様の放つ謎の輝きで目が潰れそうになる。

このまま逃がしてはくれないだろう。


 だからといって後ろからは救援など来そうになかった。

ナツメに動く気配はなく、見守るつもりのようだ。



 まったく使えない後衛おとこね!



「お嬢さん?」


 美形様が三度目のお誘いを掛けてくる。

なよなよと女々しい男も嫌いだけれど、しつこい男も嫌いだ。


 逃げられないのなら、さっさと終わらせてしまおうと思った。

何の目的で私に近付いているのか知らないけれど、手を取るだけでいいのなら取ってあげればいい。


 さいわい、今の私は魔女っ子たちから村八分にされようとどうでも良かった。

もともと除け者にされているのだから、関係無い。

……自分で言っていて少し悲しくはなるけれど。


 ええい、ままよと気合いを入れ直して、相変わらずキラキラと眩しいオーラをさんざめかせている美形様の手に己の右手を添える。


「……は?」

「え……?」


 これで満足だろうと美形様の顔を窺えば、想定とは異なる表情がそこには貼り付いていた。

そればかりか、美形様の口から耳を疑うような不機嫌そうな声が飛び出してくる。


 左手の方が良かった、とか?

そう思って大事な麻袋を持ち替えて手を入れ替えると、美形様は今度ははっきりと花の顔に青筋を立てた。



「君さ、犬じゃないんだからお手はないだろう? おかわりもいらない」


 一気に氷点下までトーンを下げた声で美形様はそう言うと、私の手を振り払う。


 どういう事だろうか?


「今のって、お手をどうぞっていうアレじゃないの……?」

「は? 何を寝惚けた事を言っちゃってんの? 君が家畜みたいな声を出して無様に転がりそうになったところをわざわざ助けてあげたんだから、御礼をくれって言ってるんだけど? そのくらい普通、わかるだろう」


 分かるだろうって……。



「分かるかーっ!!」

「新手の当たり屋かよ……」


 さも当たり前かのように言われて当然納得出来ない私が叫べば、それに呼応してナツメも呟く。

当たり屋、言い得て妙だ。


「いい? 由緒正しき当たり屋というのはね、こうやるのよ。……イタタタタッ。これは肩の骨が砕けているかもしれないわね。か弱い乙女をキズモノにしてくれちゃってお兄さん、この落とし前をどうつけてくれるの?」

「シャンヌはちっともか弱くないけどな……」


 正当なる当たり屋というものを実演も交えて説明してやれば、美形様はこれまた柳眉を顰められた。

その前にナツメから要らぬ茶々が入ったけれど、無視だ無視。


「当たり屋なんて無粋で下世話なものと一緒にしてほしくないな。僕には僕の信念がある」


 暴露の前後。

キラキラしいのは変わらない。

それなのに何故だか美形様の纏うオーラさえ、先程とは全くの別人のもののように思えた。



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