Quasi identity

「具体的にどうすればいい?」


彼女はそう聞いてきた。確かに、無駄に莫大な情報を調べ上げさせても本来の目的を見失いかねない上に必要のない情報ばかり集まる可能性がある。労力を減らす為に必要な情報はなにかを明確にしなければならない。


如何せん、事前の知識が無さすぎる。先程の『プルチック』とやらも初めて聞いたし、誰がどういう目的でその機械の破壊を望んでいるのかも分からない。危険だから破壊する、それは自分でもご最もな推論だと思うが、それが正解かと聞かれれば判断材料が少ないからなんとも言い難い…が、本当に大事なのはそれらの情報は現在の状況とこれからの方針を定めるのに必要かどうかだ。


今の指導者は、果たしてそれらの事実をどう認識しているのだろうか?機械が人に危害を加える恐れがある、それを破壊する為なら何をしてもいいと考えているのだろうか?


何をしてもいいのなら、その際にどれだけの犠牲を払ってもいいのだろうか?


「…巴御前。1つ、機械についてどう考えているのか、2つ、実際にそれが危害を加えてきた時にどんな対処をするのか、最後に、国民のことをどう考えているのか」


「その3つを調べればいいんだな?」


僕はこくりと頷き、付け加えた。


「ただ、そこら辺を調べて僕が納得しなければもう少し調査内容を増やす可能性はある。それは了承してくれない?」


「…疑問形にするな。どうせ調べろと言うだろう?」


僕が間違いないと笑うと彼女は廃屋から飛び出して行った。


僕もなにか行動しないといけない。今の目的と合致するような行動といえば、街を歩いて人の様子を見る?それとも巴御前の行動を支援するようなことを行う?さぁ、何をするのが正解か…


市街地にでも赴いてみるか、そこならなにか面白いものも見られるかもしれない。


然し、じれったいのが僕が行動するならラルフが居なければならないということだ。僕一人だと何も出来ない、誰かに襲撃されれば間違いなく殺される。抵抗する力すら僕には無いのだ。


「ねぇ、どうするのが正解だと思う?」


僕はラルフに問いかけた。彼なら合理的な決断をしてくれると信じて、聞いた。


「分からない、俺からすれば逃げるのが最適解なのに、それを拒んだ。そこからもうメサイアの思考が読めない」


愕然とした。そんな下らない事でこの機械は思考を停止したというのだ。


だが、ラルフからすれば自分たちの生存確率の高い選択を常に続けてきて、それを僕が急な方向転換で舵を切り、やもすれば破滅を招く恐れのある択を選んだ。そう考えると彼がそんなふうに悲しむのはよく分かる。


「そうだな、それは悪かったと思う。でも、ベターを取り続けても…ローリスクを選び続けても先は破滅だ。どこかで勝たないといけない」


「その勝負は、本当にここでするべきだったのか?」


彼は心底不安そうにそう言った。


「そんなこと、僕が知るわけないだろ」


あまりにも辛辣に、それでいて残酷に、軽薄な笑みを湛えてそう言った。


「僕はラルフみたいに未来予測できるほどの計算機能は付いていない。まして、巴御前のように優れた身体能力や技術があるわけでもない。そんな一介の人間が、勝てる確信を持ってこんな博打を打つと本気で考えてるの?」


当然納得しない。そんなことは百も承知だ、だからつけ加える。


「ラルフや巴御前は、リスクを見てるね。でも僕はリターンを見てる。リスクリターンを考えるのはすごく大事だ。でも、見すぎるのもダメだ。決断する時にしり込みしてしまうからね、だからこそ僕はそのリターンを得るためにベストだと思える選択を取り続けないといけないんだ」


「それは、あまりにもリスキーだ。凡そ、人の上に立って指揮する人間の所業とは思えない」


「そうかな?世の中の偉大な人達はリスクを承知でリターンを取りに行くこともあるよ?」


「それは意味合いが違う。彼らには彼らにしか見えない根拠となる具体的理由が存在する」


「それは分からないさ。その『彼ら』にしか見えないならそれは説明しても理解されないものじゃないのかな?」


彼は考え込むように視線を泳がせ、一言こういった。


「それは、一介の人間が口にするセリフではない」


それに僕は腹を抱えて笑い、大いに同意した。


「間違いない、僕からすれば普通ってだけで他人からすれば僕は異常者なのかもしれない」


それは当然のことで、自分の事はわかってるつもりに過ぎなくて、僕自身を正しく見る資格があるのはその周りなのだろう。その人が正しく見るかは置いておいてだが。


「よし、わかった。行こうか悩んでたけど、街に出てみよう」


「何故お前はそうもリスクを自ら背負い込むんだ」


彼は頭を抱えながらそう言った。


「そう言わず、今まで通り守ってくれるよね?」


心底鬱陶しそうな顔で僕を見る。僕はそれにヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべそれを流した。




フランスの市街地、予想以上の活気だ。それぞれの目的のため、忙しなく人が行き交う。僕には、彼らほど大それた理由がある訳では無いし、それ故の客観視をしてしまう。


働きアリ、それがよく似合いそうな様子だ。当然、ビジネスが目的では無い人もいる。それを含めてなお、働きアリはいい表現であると言える。


そんなアリが行き交う喧騒的な街並みとは対照的なカフェに1人、この街にそぐわない人間が居た。


その男はカフェの椅子に腰掛け、足を組み、1人でチェスを楽しんでいる。しかも、表情は嬉々としていて、少し怖い。


見たところ、スラリとした高身長。僕より背が20cmは高そうだ。顔は優しげでどこか胡散臭い。優しげとは言ったものの、つり目で紺碧の瞳。鼻は高く、如何にもここらの国の血を引いてそうな顔だ。つややかな金髪のパーマが尚のことその流麗な顔立ちを引き立てている。ただ、漂う道化師感がそれらの良さを帳消しにしているくらい、どうしようもなく胡散臭い。


チラリ、とこちらを見てからはにかむように笑みを湛えて、おいでおいでと手招いている。


ラルフは少し警戒しているようだが、相手は人間だ。緊急時も逃げる程度は可能だと僕は判断するが、そうなった場合騒ぎになる。それだけは避けたい。


「無視だ」


僕は小声でラルフに伝え、そのまま何食わぬ顔で歩いて立ち去ろうとする。


見ないふりをして前へ進むが、後ろからバタバタという音が聞こえ、次の瞬間には肩に手が掛る。


「待ってよ!見てたじゃん!」


彼は被害者面と泣きそうな顔でこちらへ訴えかけてくるが、そんなものは知らない。


「警察呼びますよ?」


「それはあとが面倒だから、許して?」


気さく、フレンドリー、だけども底が知れない。何故、僕に声をかけたのかが分からない。


本当に見ていたから、声をかけただけか?だが、この状況だと無下に断る方が不審がられる。それに、こいつは絶対に何かを知っている。


「で、なんですか?」


「なんで見てたの?普通は、チラリと流し目で見て、終わる。君は長い時間こちらを見ていた。まるで観察しているかのようにね」


へらへらとしていて、のらりくらりと掴みどころがない。だが、指摘は的確で確実にこちらの意図を探っている。何故、こちらの意図をわざわざ探る?それとも、本当に気になっただけ?


「君、よく変人とか、変わった人って言われない?」


彼はキョトンとした顔で首を傾げた。そこで話の主導権を奪取する。


「そういう人って大抵その場に居るだけで変な人って思われる。人によってはそれが気になって仕方ないって人もいるんだよ。僕みたいにね」


「あー、なるほど。俺確かによく変わってるって言われるわ〜」


彼は頭を掻きながらそう言った。そして、急に表情が変わり、真剣な眼差しでこう呟く。


「ちょっと、見てくれない?」


そう言って、僕達を先程の座席へと誘った。

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