廻り出す歯車

「さて、じゃあとりあえずここから移動するか」


僕は緩慢な動作で足を前に出した。


「行く宛てはあるのか?」


そう、ラルフは聞いてきた。逆に、行く宛てがあると本気で思って聞いてるのだろうか?多分、否だろう。だから聞きたいことはこの後どうするんだ?ということだ。


「そりゃ…しばらくは逃げるしかないんじゃない?」


それに巴御前はしかめっ面をする。当然だ、逃げないと言いきった瞬間に逃げると発言するんだ。そう思われても仕方ない。


「いやいや、そんな顔しないでよ。ともちゃん」


「…殺すぞ貴様!」


その怒気たるや髪が逆立ちそうなほどだ。僕も流石に驚いた。だが、それを顔に出さずへらへらしながら言い返す。


「あれ、気に入らなかった?でもさ、僕だって貴様じゃないよ。ヴィヴィド・メサイアって立派な名前がある」


そして、当然の事実を伝える。


「それに、まさか今から挑もうとすると本気で思ってたの?」


僕のせせら笑いと彼女の怒気がその場を埋め尽くす。僕はそのひりついた空気を少し楽しく感じた。


彼女の怒りの表情は収まらない。余程あの呼び方が気に食わなかったらしい。


「巴御前でいい?君は馬鹿じゃないから僕とラルフの2人ないしは君を含めた3人で正面から挑もうが勝てるはずがない、それは分かるでしょ?」


「だが、逃げていても何も始まらないだろう」


そういうのはラルフだ。この中では1番計算高く、論理的で冷静な思考ができる彼の意見は無視できない。だから、伝える。


「なら、そこに何年も暗殺をしてきてる人間がいる。偵察だってお手の物だろ。まずは情報だ」


「何を言ってる?国の守りがどれだけ堅いのか分かっているのか?そも、私が一言でも貴様らの仲間になると言ったか?」


ラルフの冷静さを見て我に返ったか、彼女はため息をつきながらそう答えた。確かに、国の守りの堅さは如何ともし難い。然し、彼女は仲間になる。なぜなら彼女は冷静になったからだ。


今現在も彼女は僕たちの行いを見て値踏みしている状態だ。彼女は別に僕らの味方になるという選択肢ひとつでは無い。1人で逃げる生活だってプライドを捨てれば可能だし、僕らの首がなくとも死ぬとは限らない。だから戻るという選択だってありえる。寧ろ上手く立ち回れるならそれが最適ですらある。


だが、それを踏まえても彼女は僕らの側につく。


「なるよ、君は確実に僕らの仲間になる。根拠は掲示できないけど、これは絶対だ」


今の僕の顔はどんな表情をしているだろうか、少なくともこの先に対する不安も、恐怖もない。ただ、逆転することすら困難なこの状況を心から楽しく思う。それを分かち合える仲間がここに2人もいる事が嬉しくてたまらない。もちろん、彼らは楽しいとは微塵にも感じてないだろうし、この先もきっと楽しいと思えることはないだろう。


だから決めた。思ったことを言うことにした。今まで合理的ではないと考え、一切口にした事の無い思いを言うことにした。


「今まで散々虐げられてきた。僕の住んでいた街を破壊したのはラルフじゃないし、当然僕でもない。なのに言われのない罪を背負わされ、こんな惨めな生活を半ば強制されてきた。それはおかしいだろ?」


「仮に、それが本当だとしても貴様らを放置する理由にはならない」


ご最も、だから感情的な言葉で反論する。


「そうだ。僕だってそれくらいは分かる。なら、厄介なものは殺せばいいの?違う、それは違うと思う。それはただただ弱者を虐げているだけだ」


一呼吸おき、言葉を続ける。


「これは私怨だ。だけど、僕は弱い立場を知っているから、弱い立場の人を救いたいって気持ちも含まれてる。そして、今回救うのはラルフだ」


そう言ってラルフに顔を向ける。


「それが、実際に誰か無辜の人々を傷つけるような存在なら僕は助けるつもりなんて毛頭ない。だけど、ラルフが一体何をしたって言うんだ?何もしていないじゃないか」


彼らは黙って話を聞いている。ラルフは神妙な面持ちで続く言葉を待っている。


「僕は、決して褒められた人間じゃない。ラルフと初めて会った時、我が身可愛さに人を瀕死に追いやった。確認していないから定かじゃないけど、もしかしたらその人は僕の下した命令によって死んだかもしれない。そして仮に命を落としたのなら、直接手を汚したのはラルフだ。そうなると、僕を責めることこそすれ、ラルフを責めるのは間違っている…だから、身を持って間違えていると分からせる」


僕は俯き気味でそういった。声のトーンも少し下がる。


僕は言った通りろくな人間じゃないと自己評価しているし、目的だって支離滅裂だ。弱者を救う為に国家を転覆させ、ましてその後は自身でなにかコンサルタントして補助するわけでもなんでもない。


ただ既存の腐りきった、政に託け人をコケにするような奴らに目にものを見せたいという自己中心的な思想。そして、それらに虐げられたもの達に反逆の機会、言うなればその為の力、その為の知恵を与えたい。


これは人から見ればものすごく邪悪であまりにも身勝手な考え方だろう。でも、それでしか助からない人だっていると思う。


巴御前は僕の顔を凝視する。何を秘めているか分からないが、一心に僕の顔を見つめている。


「…見返りはなんだ?」


「え?」


あまりにも唐突なその言葉に少し驚いた。僕は聞き返すことしか出来ず、その後に来る巴御前の言葉を待つしか無かった。


「今回、貴様らに加担して私が得られる見返りだ。私の生涯を賭けるに等しいものだ、なのに、話を聞けば貴様らしか得をせず、私には莫大なリスクを背負わせ、リターンは生き残り貴様らに付いていくだけの微小なもので、私の欲しいものは何一つ手に入らない」


「その通りだ。でも、僕に払える報酬なんてない。だから、何も与えられない」


彼女は少し目を泳がせ逡巡する。そして、要望を口にした。


「なら、この後私の母国も堕とせ。私にだって当然気に食わないことがいっぱいあるんだ」


その顔は少し晴れやかで、僕の言葉に影響されたのかほんとに少しだけ、自由を得られたようだ。

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