8.誰かに幸せになってほしいなら。








「それで、話ってなんなんだ?」

「んー、っとね? ひとまず、良い雰囲気だし告白していい?」

「お断りします」

「あらら。する前にフラれちゃった~」



 ――すっかり日も落ちた頃合い。


 ミュラー家のみんなとの歓談を抜け出して、ボクと知紘は庭先に出て話していた。

 夏の名残を感じる風を受けながら、冗談を言い合う。しかしその後は、結局のところ彼女の目的が分からないので、ボクは黙って言葉を待つのだった。


 そうやって、数分の時が流れた頃。

 知紘は大きな伸びをしてから、こう言うのだった。



「アタシね、たっくんのこと――好きだよ。すごく」

「……………………」



 それは、先ほどのふざけた口調ではなく。

 だからこそ、正真正銘の告白だった。でも、ボクは――。



「……ごめん、知紘」



 静かに、それを断る。

 たしかにボクも、知紘のことは好きだった。

 それでも、彼女に対する好きは、間違いなく友人としての好き。恋愛感情による好きとは、また別のものだと分かっていた。



「あ~……この短時間に二回もフラれたかー!」

「バーカ。それはそっちが、分かってて言ってるからだろ?」

「その通りだね」



 こちらの答えも予定に織り込み済みなのだろうか。

 知紘は少しだけ気落ちした様子を見せたが、すぐにいつもの調子に戻った。そして今度は、ふっと声の調子を変えて訊いてくる。



「じゃあ、さ。――えっちゃんに、告白されたら?」

「え……?」

「えっちゃんに告白されたら、たっくんは何て答えるの?」

「………………」



 知紘のその声には、こちらを逃がさない響きがあった。

 本心からの言葉を口にしなければ、簡単に見透かされてしまう。それは分かっていたが、ボクの答えはとても曖昧なものになってしまうのだ。



「……分からない」



 分からない。本当に。

 たしかに、ボクはエヴィのことが好きだ。間違いない。

 好きになったキッカケはどうあれ、彼女のことを考えると胸の高鳴りを隠せなかった。柄でもなく感情的になってしまうし、笑顔にしてあげたいと思ってしまう。


 だけど、なにかが心に蓋をするのだ。

 なにかが。――いいや、本当はその正体に気付いている。



「ねぇ、たっくん……?」



 そう考えていると、知紘が空を見上げながらこう口にした。



「えっちゃんは、もう覚悟を決めてるよ」

「え、それって……?」



 ボクはそれを聞いて、胸の痛みを覚える。

 驚き、呼吸が止まって、名状しがたい焦燥感に襲われた。

 そんなこちらの様子を知ってか知らずか。知紘は、さらに続けるのだ。



「アタシは決定的な言葉は言わない。それは、えっちゃんのものだから。でもね、杉本拓海――アンタは、いつまで過去を引きずってるつもりなの?」



 鋭い言葉で、ボクに迫るのだ。

 思いもしなかった彼女のそれに、思わず沈黙してしまう。

 そして、数秒の間を置いたのちにようやく、こう訊き返すのだった。



「誰かから、聞いたのか?」

「聞いてないよ。アンタの様子を見てたら、イヤでも気付いたの。このバカの中にはきっと、もう一人の女の子がいる、ってね?」

「…………そっか」



 指摘されてボクは、一度ゆっくりと夜の空気を胸に吸い込んだ。

 その上で、知紘の言葉に対して答える。



「アイツとは、別に付き合ってなかったんだ。ただ、ボクが一方的に好きだった、って言った方が良いかもしれない」



 奥歯を噛み締めながら。

 今まで蓋をしてきた思い出に、触れながら。



「でも、さ。だからこそ、忘れたら駄目な気がしてしまうんだ。アイツが傷ついたのは、アイツを守れなかったのは、ボクの責任だから」



 おのずと、声が震えた。

 思い出したくないという気持ちと同時に、思い出さなければならない、という気持ちが沸き起こった。本能を理性で必死に抑えつけて、どうにか言葉にする。



「ボクは、誰かを幸せにしたい、って願いながら――」



 胸の奥。ずっと、奥深く。

 そこにある、どす黒い呪いのような感情を。



「ボクは幸せになったら駄目だ、って思ってるんだ」――と。






 エヴィには、幸せになってほしい。

 彼女のことが好きだから、誰よりも幸せになってほしい。でも、その相手はきっとボクではなく、もっと素晴らしい誰かが相応しいのだ。

 そう思っていると、胸が辛くなる。

 苦しくなる。


 だけど、それがボクの本心で――。



「ねぇ、たっくん? 少し痛いけど、我慢してね」

「え……?」




 ――パアンッ!



 気持ちの良いほど乾いた音が、夜の街に響いた。

 ボクは一瞬、自分がなにをされたのかが分からない。だけど、次第に痛くなってくる左頬の感触に、自分が知紘にはたかれたのだと実感した。

 唖然としていると、いつの間にか前に立っていた彼女はボクの肩を掴む。

 そして、いつになく怒った顔をして言うのだった。




「逃げんじゃないよ、杉本拓海……!」――と。




 知紘は、必死に感情を堪えながら続けた。




「自分は幸せになったら駄目……? なに言ってんの。そんな考えでいるのに、誰かを幸せにしたいだなんて、偉そうなこと言ってんじゃないよ」




 しかし次第に、どんどんと思いが溢れていく。




「誰かを幸せにしたいなら、まずは自分が幸せになれ! それで誰かが傷ついても、それで過去を裏切ったとしても、その責任を背負うくらいの覚悟を決めろ! その責任から逃げてたら、アンタは絶対誰のことも幸せになんかできないから!!」




 知紘は、最後には泣いていた。

 悔しくてなのか、悲しくてなのか。ボクにはまだ、その理由が分からなかったけれど。少なくとも彼女は、ボクのために涙を流していた。



「知紘……」

「たっくん、自分で分かってる? ――アンタ、ホントに辛そうだよ」

「……………………」



 それを言う彼女が涙して。

 それを聞くボクが涙しない。



 この時、ボクたちの感情は凸凹になっていた。

 今の知紘はきっと、ボクの感情を映す鏡になってくれている。

 誰かのために泣ける彼女は、やっぱり素晴らしい友人で、女の子だった。



「ありがとう、知紘」

「…………ばか」



 それに感謝を伝えると、知紘は短く答えた。

 でも、たしかにボクは『バカ』なのかもしれない。

 だから言い返せないし、言い返すこともしない。だから――。



「少し、考えてみるよ。自分がどれだけ、思い上がっていたのかを」



 素直に、そう言った。

 すると彼女も納得したらしい。

 涙を拭いて一つ頷くと、いつものように明るい笑顔を浮かべた。



「りょーかい! それじゃ、先に戻ってるね!」

「あぁ、ありがとう」

「良いってことよ! そんじゃ!」




 そして、そう言い残して部屋の中に戻っていく。

 ボクはその後姿を見送ってから、ゆっくりと夜空を見上げた。



 まだ少し雲のかかったそこには、薄ぼんやりとした月が浮かんでいる。

 それを見て、ボクは静かにこれからを考えるのだった……。









 

――――

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