月明かり

 さっき会った化け物に見送られてからしばらく、あの化け物が指した方向へと向かっていた。

 道中で何人か似たような格好の化け物を見たり、もしかしたら方向がずれてしまっているかもしれないといった不安があったが、それでも俺にとっては目指すべき場所、方向がわかっているだけでも心の支えには十分なった。

 しかし同時にいくつかの疑問を抱いてもいた。

 ここは一体どこなのだろうか?

 何故あのような化け物たちが跋扈しているのだろうか?なぜ日本や諸外国はこのような場所を発見していないのだろうか?

 もしかしたら発見自体はしているが危険性が高いがゆえに調査が行われていないのだろうか?

 それとも完全に別の次元の世界なのか?

 疑問を上げていけばきりがない。

 まずは自分の身の安全の確保ということでしばらくはただひたすらに

突き進んでいた。

 しかし安心できるような状況は長くは続かない。

 しばらく歩いていると


「あの」


 今度は女性のようなたおやかな声をかけられた。


(今度こそやばいか?)


 そう思ったが、しかし下手に無視をして化け物であろう相手を怒らせては逆に危ないと思い、再び慎重に振り返った。


「うっ」


 慣れないものだ。

 そこにいたのは皮膚は薄緑色をした、ところどころ肉が腐り落ち骨が見え、

全体的な軟弱な体つきをしたゾンビのような化け物であった。

 とっさに後ずさった。

 すると


「あらあら、そんなに恐れなくても

大丈夫ですよ、あなたを食べたりはしませんから」


 なぜか体が腐っているにも関わらず、普通に喋ることはできるようだ。

 もしかしたらのどやおなかの部分は腐っていないからだろうか。


「残念ながら俺はあなたのような恰好をした人物と好き好んで話すような人間じゃないのでね」

「あら、意外ですね、以前ここに訪れた漫画家の方は私の話に興味を示してくれたのですが」

「俺はそいつみたいな度胸も好奇心も持ち合わせていないんだ。ただ、俺はもといた世界に帰りたいだけだ。」

「やはりそうでしたか、ということはあなたは今その世界に帰る方法や物を探しているということでしょうか?」

「まあ時空の門とやらを探しているのは確かだが」

「では私とお話しするついでにその時空の門の方も御教えしましょう。それでいいですか?」

「・・・」

「それとも私の気が変わってあなたを食べることもできますが」

「はいはい、わかったよ、食べられるのはいやだしな」

「それでは」


化け物は木のそばへと手を差し向け、その方へと歩き座る。

化け物も近くにある別の木のそばへと歩き座る。


「それで、話したいことってのはなんだ」

「いえいえ緊張なさらず、それにそこまで難しい話でもないので、ただこんな場所ですからあなたのような方とお会いする機会もなかなかないので、あなたのことについて色々聞きたいのですが」

「別に特に話すようなこともないですよ」

「それじゃあちらでの職業の方は?」 「普通の会社員」

「そうですか、仕事の調子の方は?」 「それなりだ、まあ忙しくはあるが」

「やめたい、とは思わないのですか?」

「働かなきゃ生きていけねえし、別にやめたところで他の所に行ってもあんま変わんねえと思うからな」

「不思議な方ですね」

「そうか?」

「あちらの世界に住んでいる方は大体が、もうあの世界からいなくなってしまいたいだとか、仕事をやめて何もかも置いてひとりでひっそりと生きていきたいという方が多いのですが」

「俺は少なくともこんな場所で生きていくよりかはいいと思うんだがな」

「やはり不思議な方ですね」

「そうか」

「・・・私は時に思うのです、様々な方から聞くあちらの世界、それはいったいどのような景色なのだろうと」


そういうと化け物は俺の方へと少しだけ手を伸ばしてきた。


「やめろ、少なくとも今の俺はお前に体を上げる気はねえぞ、俺はまだいろいろとあっちの世界で生きたい理由があるんだ」

「あら、それは素敵なことで。それに私にはあなたを殺して体を奪うようなことなどできません、もしもできたとしても私はあちらの世界で生きることなどできませんよ」

「はあ、なんでだ?」

「あちらの世界は、・・・あまりにも明るすぎるのです。物理的にも、精神的にもあまりにもです。今のあの月明かりですら私にとってはまぶしすぎるくらいなのに」


空を見上げる。その空に奇妙な程にきれいに浮かぶ満月は

確かに俺にとっても少々まぶしかった。


「あちらの世界に住む方たちの話を聞く限り、確かにあちらの世界は人々にとって、あまりにも時間の流れや技術の発展や様々なものが早いものなのでしょう。

しかしここは、あまりにも遅すぎるのです。いや遅いのではないのかもしれません。止まっている、止まってしまっているのです。もしかしたらこの月は永遠に沈むことがないのかもしれない、少なくとも私はあなたたちの言う日差しというものを見たことがないのです、いやたとえ見れるようになったとしてももしかしたらその日差しはあまりにもまぶしすぎて私は消えてしまうかもしれません。確かに時間の流れが速いというのは非常に疲れることでしょう、自分の大切なものが置いて行かれてしまい寂しくもあるでしょう。しかしそれよりも時間の流れが止まっているよりかはまだいいことだと思います。何十年も同じ景色を見続けるよりかは、何十年と変わることのない人生を送るよりかは、まだ変化を楽しむことができるのですから。だけれど私たちはこうするしかないのです、それ以外に生きる道を見つけることができないのですから。」


 不思議に思った。

 葛藤した。

 普通ならこんな異世界の化け物の身の上話など至極どうでもいいことなはずだ。

 しかし俺はそれを他愛もない、と切り捨てることはできなかった。


「そうか、そうなのか」

「すみません、こんな話を聞かせちゃって。時空の門についてですが方角はあちらのほうですよ。」


化け物がそう指を指すと、そこは俺が進もうとしている方向と概ね合っていた。


「教えてくれてありがとう、それじゃ俺はそろそろ行くよ。」

「それでは、あなたのような方と久しぶりにおしゃべりできたことは面白かったです。無事を祈っています。」


こうして俺は化け物に見送られながら再び歩き出した。

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