地獄にて、歩き出す

霜野 由斗

目覚め、そして邂逅

「んっ・・・ん?」


 目が覚める。

 昨日はいつも以上にずいぶんと仕事が立て込み、家に帰ってきても中々寝付けずにいた。

 しばらくしてようやく寝れたと思ったが、少々不快な寝心地と自宅では鳴ることがないような音のせいで嫌にでも目覚めるしかなかった。


「ん・・・え?」


 おかしい、どう見てもおかしい、昨日は確かに自宅の布団の上で寝ていたはずだ。

 しかし、絵具を乗せたように黒色に染まった空、そこに浮かぶ奇妙な程に綺麗な満月、 それに照らされる黒い木々や草原。

 どう見ても自宅とは思えないような場所だった。

 もしかしたらやけ酒を飲んで酔っぱらってしまい、道の途中や森に迷い込んで寝てしまったのだろうか。

 俺はそう考えたが、持っている記憶では昨日はやけ酒を飲まなきゃやってられないような失敗をしたわけでも、日ごろからストレスを抱えていた覚えもない。

 確かに自宅に帰った後、布団の上で眠りについたはずだ。

 だが、やはり現実として目の前に広がっているのはこの奇妙な景色だ。

 下手に動いて遭難するよりかは、朝になるまで待って動き出すのも悪い選択では

ないだろう。

 だが、こんなどこかもわからないような場所に長居はしたくないし、第一そもそも救助や他の人が来るかどうかも非常に怪しい。

 腹が減って動けなくなって餓死したり、凍死したり、あるいは獰猛な動物に

襲われてしまうよりかはマシだろうと考え、俺はこの地獄のような場所から無事に生還するために歩き出した。



 それから数分後。

 先ほどの場所から歩き出したはいいものの、方向がわからないせいで

今進んでいる方向が正しいのか、それとも森のさらに奥地へと進んでしまっているのかがわからずどうにもこうにも不安はなくならない。

 また、景色がずっと同じようなものが続いているため、もしかしたら同じ場所を回り続けている可能性もあった。

 草木を取って目印を付けることもできたが草木を引っこ抜いた結果、犯罪として扱われたり、もしくは地面から化け物が目覚めてしまうかもしれなかったために目印を付ける勇気もわかなかった。

 もしかしたらこの地獄は永遠に続いているのかもしれない。

 そう思った時だった。

「ひいっ!?」

 とっさに悲鳴を上げてしまった。

 十数メートル先に確かにこの世の者とは思えないような奇怪な格好をした生物が歩いていた。

 少なくとも人間ではない。

 もしもこちらの存在を気付かれて捕まってしまえば何をされるかわかったものではない。

 できる限り音を立てず、かつ奴らの視界に入らないように、慎重に動く。

 しばらく木々の背後を伝いながら奴らからは見えないほどの距離が離れたことが確認できた。

 どうにかこうにかひとまず一安心し、また歩き始めようとした時。

「おい」

 鈍い声で呼び止められた。


(嘘だろ、まさかいつのまにか背後に回られていた?

それとも見つかってすさまじい速さで向かってきた?)


 考えた。

 だが、今現実としてあるのは確かに誰かが俺に対して声をかけてきたことだ。

 慎重に声がした方へ振り返る。


「あっ・・・あっ・・・」


 人間っていうのは本当に恐怖を感じた時は、声があがらない事を今身をもって知った。

 さっき見た化け物とは見た目が違った。

 そこにいたのは深緑色の肌に、耳や鼻は鋭利な程に尖っており、ところどころ骨が浮き出て、しかしやけに屈強な筋肉を持った小学生程の身長である人型の化け物がこちらを見つめていた。


「うっ・・・うがっ・・・あっ」


 無意識のうちにうずくまってしまった。

 悲鳴を上げたら確実に他の化け物も寄ってくる。

 悲鳴を上げてはいけないと思うが、しかし悲鳴を上げなければ

心が耐えられそうにないような状況が葛藤し、変な声が出る。

 そして化け物の足音と思わしき音はどんどんと近づいてくる。


(もうだめだ。俺はこいつにつかまって煮るなり焼くなりされて

好き放題に調理されたり、拷問されてこいつらの遊び道具にされるんだ。)


 そう思った時。


「おい」


 また鈍い声をかけられた。


「頼む!食べないでくれ!お、お願いだ!」


 何とかして声を上げ命乞いをする。


「別に食う気もねえよ、あんまりおいしくなさそうだし。」


(おいしそうだったら食う気だったのか?)


 しかし突っ込んでいる余裕もない。

 なんとか必死な思いで声のするほうから離れようと這いずる。


「んな離れなくたっていいじゃねえかよ。」

「今の自分の格好を知ってからそれを言ってくれ」

「へえへえ」


 結局木々の間をいくつか挟んだ状態でお互い顔を向き合って話すことにした。


「にしてもお前、人間のこと食わねえのか、てっきり見つけた瞬間

食い殺すものだと思っていたが」

「少なくともおれはんなことする気ねえよ、んなのはなあ、偏見っていうんだよ」

(なんでこんな化け物に道徳を説かれなければいけないんだ)

「ん?今化け物に説教されるなんてごめんだ、とか思ったような顔だな」

(!? 心を読む能力でもあるのか? こいつは)

「意外とそういうのわかるからな。まあ俺は雑食だからな、今お前が死にたいなりなんなりで俺の事を食えっていうんだったら普通に食えるが」

「仮にもしも俺が今死にたかったとしてもお前みたいな化け物に苦しみながら食い殺されるのはごめんだな」

「ああ安心しろ、安楽死できる薬はあるから楽には死ねるぞ、お前が死んだあとは血抜きとかして、薬を抜いて食べるから。」

「なんでそこの文明は無駄に進んでるだ、ここは、・・・にしてもお前、言葉喋れるんだな、そんな見た目で」

「そりゃあなあ、だからさっきも言っただろ、偏見だって」

「ああわかったわかった」

「それともなんだ?英語でしゃべった方がわかりやすいか?」

「日本語で頼むよ、というかどんだけ喋れるんだ」

「多分3か国語は喋れると思うぞ。というかそもそもの話、なんでお前ここにいんだ?少なくともここの奴じゃねえだろ」

「こっちが聞きたいよ」

「その感じ、多分色々あってここに迷い込んじまった感じか」

「その色々を知りたいんだが」

「それは俺も知らんよ、だって本当に色々な要因があるんだから」

「じゃあここから帰る方法は知ってるのか?」

「ああ、あっちに行けば時空の門があるからそこに入ればいい」

「ああそうか、教えてありがとう」

「んじゃ、気を付けてなあ」


 嬉しくもない歓迎をされ、再び歩き出した。

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