12

 廃屋で少年を見送ると、しばらくスズメはその場にたたずんでいた。少年に嘘をついてしまった。あたしの判断は間違っていなかっただろうか。


 ところかまわず飛び回っていたスズメは、ある日、逃げるあの少年とぶつかって弾き飛ばされた。


「ごめんよ」

悪気はないんだ。今逃げるのに忙しくって……そう言って半ば目を回していたスズメをそっと、誰も踏みつけたりしない場所に降ろしてくれた。


 せた指が冷たくて、スズメはすぐに気を取り戻していた。置かれたときには目を覚ましていたんだよ。ごめんよ、もう一度そう言って少年は走り去っていった。


 探すと路地裏で少年はこっそりパンを食べていた。


 そうか、それを盗んで逃げていたんだね、お腹が空いてどうしようもなかったんだね。スズメはそう思った。


 近づいてパンくずのお相伴しょうばんにあずかろうとしたら、少年は自分の食べる分から千切ってスズメに寄越してくれた。実は腹減りだったスズメは、どれほど嬉しかったことか。


 その時、スズメは決めた。少年を見守ろう、と。


 少年と少女の出会いもスズメは見ていた。少年と親方の出会いも見ていた。


 八百屋にも様子を見に行った。少年は野菜くずをいつもスズメに投げてくれた。


 親方はいい人でほかの人もいい人で、きっと少年はこのまま平和に暮らせると、自分が見守る必要はないとスズメが思い始めたのに、何であんな男、親方は引き入れちゃったんだろう、とスズメを嘆かせた。スズメは心配で少年の家に潜り込んだ。


 あの男はきっと少年が邪魔だったんだ。どこかに追っ払いたくてうずうずしてた。親方のお金を盗むには少年がいない方が絶対都合がいいはずだ、とスズメは思った。


 心配は的中した。逃げろってスズメは騒ぎ、少年はそれに気づいてくれた。だけど、まさか、あの女の子があんなことになってるなんて、スズメは思ってもいなかった。


 少年に気を取られてうっかりしてた。あの女の子にも見守る誰かが必要だった。と、スズメは泣いた。


 少年があの少女のために人を呼びに行ったとき、スズメはこっそり、そこに残った。少女が気になって、仕方なかった。


 頑張れ、頑張れ、スズメは懸命に少女の頬をつついた。けれど少女は少年がいなくなるとすぐに息を引き取った。ごめんよ、役立たずのスズメで、と更にスズメが泣いた。


 すうっと辺りが薄暗くなり、急に神様の声がして、願いを一つ叶えてやるとスズメに言った。なんで、神様? と思ったけれど、どうでもいいやとスズメは思った。


 少女を帰して、ってスズメは叫んだ。けれど、それはできない相談じゃ、と、神様は取り合わない。ちょっと考えさせて、とスズメは少年の家に飛んだ。


 スズメが見たのは、親方にこの街を出るよううながされている少年だった。


 それでスズメは

「あの空き家にあの男の子を連れて行くから、そしたらあたしをあの少女の姿にして」

と、神様に願った。今度は神様もお安い御用と引き受けた。


 少年が去った空き家でスズメは思う。


 なんであたしはあの少女にけたかったんだろう。あんたに女の子の死を知らせたくなかったんだろうか。それとも違う理由だろうか。


 うん、知らせて悲しませたくなかった。知ればこの先、生きていくのに、あんたが後悔を背負うことになりそうで、あたし、きっとそれが嫌だったんだよ。


 そろそろ国境につくころかな。本当はあたし、まだまだあんたと一緒にいたかった。スズメを連れた旅はイヤだった? それとも歓迎してくれた?


 あんたがスズメのあたしを連れてくつもりだったこと、本当は知ってる。ごめんね、一緒に行けなくて。この寒さに、あたしはもう耐えられない。


 ―― 闇がさらに暗くなる。やがてスズメの姿は雪に包まれて見えなくなった。

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幸せな少女 寄賀あける @akeru_yoga

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