きつねとたぬきの姉妹

語部マサユキ

きつねとたぬきの姉妹

 家には秘密基地がある。

 もちろんそんなに大げさなモノじゃなく離れにある中身の入ってない空っぽの押し入れの事だ。

 本当に小さかった頃、お姉ちゃんと一緒になってそこに電気スタンドを持ち込んだのが始まり。狭くて暗い押し入れの中が明るくなっただけでも別世界になった気になり、そこはいつしか私たち姉妹にとって特別な場所になって行った。

 そこは二人で両親に隠れてイケナイ事をする場所でもあった。

 まあ悪い事と言ってもそんなに大それた事じゃない。

 暗くなった真夜中0時にこの場所に集合して、姉は一番好きな『赤いきつね』を、私は『緑のたぬき』を隠れて食べる……その程度の事。でもそんな小さな悪事が幼い時に私たちにはドキドキもので、親に隠れてイケナイ事をしている背徳感がクセになりそうでもあった。

 ただそんな秘密基地の概念はやっぱり年齢と共に薄れて行くもの……どちらも高校生になる頃には深夜のカップ麺で気にするのは体裁よりも体重だけ、食べたければ堂々と食べられて小さい時のようなワクワク感は感じなくなっていた。

 ただ、あの秘密基地は成長と共に役割を変えて、私たち姉妹にとっての『相談室』になっていた。

 それは両親は元より友達にだって不用意に話す事が出来ない、でも悩んでいるから聞いて欲しい相談を私がお姉ちゃんに聞いて欲しい時、お姉ちゃんが私に聞いて欲しい時にいつからか活用されていた。

 相談の内容は進路の事だったり、お父さんとの関わり方だったり、喧嘩した友達との付き合い方だったり……。

 この年になっても姉妹でそんな相談を出来る私たちは世間的に見ても仲の良い方なんだろう。お隣の幼馴染、トシヤの兄弟は最近じゃほとんど口も利かないって言ってたしね。 

 その日、学校から帰ると自分の部屋の勉強机の上にちょこんと『緑のたぬき』が置かれていた。


「おっと……久しぶりだな」


 私は好物の緑のラインのカップを手に取り心の中でお姉ちゃんに了解する。これが私たちの相談を持ち掛けるサイン、私から相談がある時は勿論お姉ちゃんの好物『赤いきつね』を机に置いておく。

 そして時間は深夜の0時、その時間に合わせてお湯を入れて離れの押し入れに赴くのである。面が伸びないように時間厳守で。

 ……そして深夜0時になる3分前に私は『緑のたぬき』にお湯を入れつつ既に明かりも消えた廊下を歩き離れへと向かった。

 小さい頃はこの時間でお母さんに見つからないように二人で忍び足をしていたものだが、生憎お母さんにはバレバレだったのを最近知ったけどね。

 離れに到着した時、その時点で既に押し入れの中から明かりが漏れていた。既にお姉ちゃんは中でた待機しているみたいだな……この辺は『赤いきつね』の待ち時間が5分だからか昔から私の方が後になってしまうのよね……こっちは3分だから。


「ヤッホー、お待たせ」

「…………」


 そんな事を考えながら押し入れを開くと、やっぱり既にお姉ちゃんが待機していた。

 でもいつも通りに体育座りになっているお姉ちゃんだったが、押入れを開いて私を見つめたその目は……何時もよりも暗い。

 何時も明るく美人で私の自慢であるお姉ちゃんだが落ち込んだ時は中々に深みにはまってしまう傾向がある。

 長年の付き合いから今回の相談事は相当にお姉ちゃんを悩ませる根深いものだってのがその瞬間に分かってしまった。

 私はその事を特に口にしないで『緑のたぬき』のおつゆを零さないように気を付けながら押し入れに入って襖を閉じる。


「やっぱり段々ここも狭くなってきたね~。昔はここでプロレスごっこだって出来るくらいだったのに」

「……そうね。私たちも子供じゃなくなったのね」


 軽くノスタルジーネタを振ってみてもお姉ちゃんの目の光は戻らない。


「ま、話が長くなるなら先に食べようか。適正時間を過ぎて麺を伸ばすのはマルちゃんに対する冒とくよボートク!」

「……うん、そだね」


 う~む軽いジョークにすらこの反応……こりゃ重症だな、何があったのやら。

 そして暫くの間深夜の押し入れの中で麺を啜る音、汁を啜る音だけが響く、一般的には奇妙な、でも私たちにとっては見慣れた光景が続いた。


「…………」

「…………」


 何時もながらの山車の風味、私はトロトロになった天ぷらを汁と一緒に啜る派で、お姉ちゃんはお揚げを最後まで取っておく派……この是非については一度大喧嘩した事もあるから、それ以降私たちの間に個人の趣向に正否を求めないという不文律が制定されている。

 あの時は若かったわ~お互いに……。

 そしてようやく食事の音が無くなった辺りでお姉ちゃんがポツリと消え入りそうな声で呟いた。


「……今日ね……私ね……告白されたんだ」

「…………うえ!?」


 思わず含んだ汁を吹きかけてしまった。

 ただまあ、お姉ちゃんは妹の欲目もあるけど中々の美人さんだ。

 告白を受けたのは今回が初めてじゃないはずなのに、私にワザワザ相談するのは……それに喜んでいそうなのにそれ以上に何だか悪い事をしているみたいな顔は一体。


「その……トシヤ君に」

「…………」


 お姉ちゃんが消え入りそうな声で呟い言葉で私は全てを察した。

 トシヤはお隣の同級生で幼馴染、そして私にとっては最も親しい男友達でもある。

 それこそ小さな頃から一緒で同い年だから学校行事も一緒、未だに交流は続いているし“条件付きで”一緒に遊ぶ事も珍しくない。

 そしてよくある展開だけど仲の男友達だから付き合っているって噂があったのも一度や二度ではない。


「私、どうしたら良いのかな? ずっとトシヤ君は貴女と仲良しだと思ってたのに、いきなり私が割り込むみたいに……」

「…………」


 呟きに告白された浮かれた空気は微塵も感じない、あるのは深い罪悪感。お姉ちゃんは昔から真面目で優しい人だ。妹の私のワガママを何度聞いて貰ったか数えるのもバカらしいくらい自分よりも私の事を優先してくれていた。

 二つの物を選ぶ時、お姉ちゃんは常に私に選択を譲ってくれていた。

 考えてみればこの定番化した夜食も小っちゃい時の最初は私に選ばせてくれたな……“赤と緑、どっちが良い?”ってね。

 私は衣の蕩けた良い感じになった汁を全て飲み干した。

 これからの展開に軽くほくそ笑んで。


「……お姉ちゃんはどうしたいの? 私がどうとか関係なくさ」

「そ、それは……」


 私のそんな質問に目を逸らして赤くなる……その姿だけでもう答えているようなもんだ。

 お姉ちゃんが今苦悩しているのは要するに私から好きな人を横取りするんじゃないかって事なんだろうな。

 やれやれトシヤ、互いに似たような兄弟を持ったものね。


「あ~確かにトシヤと一番仲の良い女友達は私でしょうね。去年なんかちょっと深刻な相談もされたしね。“兄貴が俺と仲の良い幼馴染を好きになったらしくて、その娘とお前は付き合ってんの? って聞かれて超ウザイって」

「……え?」

「お目当ては別の人なのに、兄貴の追及がスゲーめんどくさいからお前から言い寄ってくれね~か? ってね。ま~私も昔から狙ってたから渡りに船だったんだけどね~」

「え? え? え?」

「私今、トシヤのお兄さんと付き合ってんのよ? トシヤの仲介でね」


 私がそう言ってウィンクして見せるとお姉ちゃんは目を見開いてポカンとしていた。


「……んで、 お姉ちゃん? 私がトシヤとただ仲の良いお友達であるって分かった今、どうしたいのかな~?」

「!?」


 私に勝手に抱いていた罪悪感を取っ払ってやったお姉ちゃんはその一言でみるみる真っ赤になって行く。

 う~ん、我が姉ながらそんな顔もキュートである。

 次のここでの相談事は彼氏との進展具合の報告になるのかな?










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