いじめられている貴方と私の初恋

うさこ

第1話


 もう学校に行きたくない。

 私、ヒナタは平民であった。

 帝都にある魔導小学校は誰でも通える学校である。

 それでも魔力が強い生徒が優遇される。

 これは帝国が魔力至上主義だからだ。


 私は……、スキルも魔力も何もない。

 帝国民でも珍しい無能力者であった。


「あいつまたファイアーボールの詠唱失敗してやんの」

「マジキモいっしょ」

「あいつと仲良くする奴はハブるからな!」

「ていうか魔力なくて生きてられんの? ていうか、ケンザキ!! ジュース買ってこいや!!」


 一人ぼっちで教室の隅でお弁当のパンをかじる。

 私と同じくいじめられているメガネのケンザキくん。死んだような目で教室を出ていった。

 彼も魔力が無い……、私と一緒……。



 元々内気な性格をしている私がいじめられるのは明白であった。

 子供の世界はとても狭い。私を庇う人がいたらその人がいじめられる。

 私は小学校を卒業したら……魔力が無くてもできる仕事につこうと思う……。

 そんな仕事あるのかな? 畑仕事も事務仕事も今は魔法が必要な時代。

 魔力が自己の認識手段として確立されている。

 水晶通信タブレットだって自分の魔力がなければ起動できない。


 先の事を考えるだけで真っ暗になる。なんで……私は魔力が無いんだろう……。

 先生も私の事を馬鹿にする。

 両親も私の扱いに困っている。


 午後の授業は魔力を扱い実技だから私は見学しかできない。

 クラスメイトからは嘲りの笑い声が聞こえてくる。


 遊び半分で投げつけられたファイアーボールのやけどがジクジクと痛む……。

 ケンザキくんも服が焦げている。

 ……服の隙間から見える生傷が痛々しい。

 あれ? ケンザキくんってあんなに筋肉あったんだ。私はこの時は気にしなかった――





 もうすぐ放課後が終わる。


 終業のチャイムと同時に教室を出ていく私。

 だって、教室にいたら……嫌な事しか起こらないから……。


 私はゴミが詰められたボロボロの自分の靴を綺麗にして……、学校を出た。






「……嫌だな。自由都市だったら仕事あるのかな? ……魔力なんて全然わかんないよ」


 私には秘密基地があった。

 町外れの小さなボロボロの小屋。

 私の祖父が所有していた物件。嫌な事があるといつもここに来る。


 何もない小屋だけど、何もないから心が落ち着く。

 ……もう私も十歳、そろそろ将来の進路を考えないと。


 中学校に上がれるのは魔力があるか、特殊なスキルがある生徒だけ。

 そもそも魔力もスキルもない生徒なんてほとんどいない。


「はぁ……、パパもママもおじいちゃんも高名な冒険者だったのにな。私は才能なんてなにもないよ……」


 もういじめられるのは苦しい。一人ぼっちは心が死んでしまう。

 どうしていいかわからない。

 この苦しみを共感してくれる人なんていない。

 ……ケンザキくんの顔が思い浮かんだ。

 もしかしたら二人で友達になって……。

 私は頭を振った。


 ――お互い魔力が無いんだから……二人でいじめられるだけ……で、でも。


 うーん、悩んでいても仕方ない。

 よし、気分転換に掃除でもしよう。死んだおじちゃんも喜ぶもんね。

 両親はこの場所が好きじゃなくてあまり来ない。私が定期的に掃除をしている。

 掃除を始めてから違和感に気がついた。


「あれ? こんなところに……扉が?」


 床に……扉があった。私は何回も掃除していたからこの小屋は熟知している。

 ……気のせい? いえ、確かに床に扉がある。貯蔵庫? でも、今まで見たことないよ。


 扉がひどく怪しいものに感じた。でも、好奇心が抑えきれず私は恐る恐る扉を開いた。


「……階段だ。……お、降りてみよう」


 どうやら地下室になっているようだ。

 ……ど、どうしよう、ま、魔物とか出てきたら。……で、でも、きっと、おじいちゃんの形見とかあるかも知れない。


 私は勇気を出して階段を降りた。







「ふわぁ……、な、なんだろう? こ、この部屋?」


 階段を下りたらそこには広い部屋があった。

 よくわからない器具が並べてあって、超大国でしか見ないような魔導器具が置いてある。部屋の片隅には奇妙な形をした重りがたくさんあった。

 壁には……本がたくさんある。


 私はとりあえず本を手にとってみた。


「……絵が描いてある。……うん、なんでだろう? よくわからない文字なのに……読める?」


 見たこともない文字であった。でも、感覚的に読める。何故かわからない。頭がピコンとひらめく。もしかしてこれが私のスキル? 謎の言葉が読めるだけ?

 ……後で検証しよう。


 こんな本見たことない。……あ、超大国では確か冒険活劇が人気だ。あれと同じようなものかな?


 ぱらぱらと本をめくる。


「うんっと、題名は……『格闘王キバ』? 変なの。とりあえず少しだけ読んでみようかな……」




 結果、私は夜遅くまで本を読んでしまって、家に帰ったらパパとママこっぴどく怒られた……。

 でも――心がワクワクして、心臓のドキドキが止まらなかった。

 その夜、私は興奮して眠りに着くことができなかった。





 ************





「クズヒナターー! お前キモいんだよ!!」

「やーい、やーい、無能力者〜!」

「お前は俺の奴隷だから言うこと聞けよ! って、おい!? む、無視かよ!」


 私は馬鹿だった。

 あの本の主人公は子供の頃から戦いの連続であった。

 親から愛情なんてもらっていない。……コズーエちゃんという超可愛い幼馴染がいるだけ。


 いつも自分よりも強い漢と戦っている。時には魔獣とも戦っていた。

 最終目標は世界最強の親父……。


 はぁ……、胸のドキドキが止まらない。

 あんな世界があるなんて……、わたし、知らなかった。


 私はあの日から変わった。

 学校をこっそり早退して毎日のように秘密基地にこもっている。

 一日で全巻を読んだ。二日目は熟読して研究をした。

 三日目には行動を起こした。


 魔力が無くても――強くなればいい。

 私は、この世界の最強の漢を目指す。

 そう、私の師匠はあの本の主人公。

 私はあの人が行ったトレーニングを忠実に再現をすることにした。





「……なんのようだ。僕は塾があるから忙しいんだ」


 私は初めてケンザキくんに声をかけた。

 多分これで最初で最後。だって私はこれから旅に出る。いつ帰って来れるかわからない。


「いいから付いてきて」





「うおぉ!? 力強いよ!? ま、まて、付いてくから――」


 私はケンザキくんに秘密基地の地下室を見せた。

 ケンザキくんは口を開けたまま驚いていた。その目には好奇心が生まれていた。


 私は本棚に向かって一冊の本を手渡す。


「……これは? ……超大国にある冒険活劇書だ。いや、外国語で書かれている。それにこんなにうまい絵を見るのは初めてだ!! まて――、なんだこれは……」


 私はスキルを使って全部翻訳した。

 これでケンザキくんでも読む事ができる。


 私はケンザキくんに鍵を放り投げた。


「やるよ。私が帰ってくるまでよろしくな――」


「はっ? ま、まてよ!? お、お前どこに――」


 私は手をひらひらさせて地下室を出た。

 あとはお前次第だよ、ケンザキくん。いや、ケンザキ。


 漢になれよ。






 ***********





 月日は流れた。

 武者修行の旅は佳境に差し掛かっていた。

 ツワモノどもが私に襲いかかる――


「……貴様が帝国のヒナタか。……噂には聞いている。いざ尋常に勝負を」


 ある時は魔族領の魔人と――


「ははん、君がヒナタ君だね? 俺っちに勝てると思ってるの? 最強の座は俺っちのものだよ!!」


 ある時は王国のSランク冒険者と――


「かっかっかっ! 小癪なガキが生意気言うな! 儂の魔力は月をも砕く!! さあ今宵は宴じゃ!!」


 ある時は超大国の賢者と――


「セーラー服だと? そ、それをどこで手に入れた!? わ、私は現実世界に帰るんだ!! そ、その服を私に……、その服を着たらきっと帰れるんだぁぁぁぁ!」


 ある時は異世界からの召喚者へんたいと――




 そんな日常が楽しくてたまらなかった。筋肉をいじめると強くなる。筋肉があれば魔法なんて効かない。技があればスキルを使わせる前に瞬殺できる。

 戦いと通して、戦友ともができた。それは魂のつながり。


 第二回裏魔導武術大会の優勝者。

 それが私の今の肩書となった。






 ************




「ヒ、ヒナタちゃん、い、行ってらっしゃい」


 私はウィンクをしながら、片手をひらひらさせてママに返事をする。

 武者修行を終えた私に待っていたのは、魔導高校入学であった。


 魔力が無いのに入学できたのは、おじいちゃんと校長が友達だったからだ。

 それに校長は、裏魔導武道大会の委員長である。


 ようはコネだ。それは構わない。

 ちゃんと学校で勉強しないと困るからな。


 私が通学路を仁王立ちすると、大気が揺れる。

 懐かしいな――

 周りの生徒がざわつき始めた。


「お、おい、なんか身体震えてねえ?」

「あ、ああ、背筋が……」

「うげ……、吐き気が止まらねえよ……」


 おっと、少し気持ちが高ぶっていたな。……落ち着こう。

 私に気がついた生徒もいた。小学校の頃の同級生だ。


「お、おい、あれってヒナタだろ?」

「まじで……、俺……いじめた事謝りたかったんだ……」

「……ていうか、可愛いからいじめたくなるんだよな」

「よし、俺ちょっと話しかけて――あれ? 妙にでかくね? 遠近法?」


 一人の生徒が私に近づいてきた。


「よ、よお、お前、ヒナタだろ? ……い、今で何してたんだ? お、俺心配してた――」

「邪魔」


 それだけで話しかけてきた生徒がよろよろと後ろに倒れてしまった。




 私はその生徒の奥にいる、一人の漢を見据えた。

 私はその漢を知っている。私と同級生で、私と一緒でクラスメイトからいじめられていた。


 気弱そうに見えるその生徒――ケンザキはまっすぐ私を見ていた。

 思わず鼻で笑ってしまった。


 ――おいおいおいおい、なんだって、いい感じになってんだよ――


 ケンザキも私を見て微笑を浮かべていた。


「――優勝おめでとう。……でもね、僕がいない武闘大会に優勝しても――」


 ケンザキが言い終える前に私の拳がケンザキの腹に突き刺さる。

 ギャラリーのざわめきが悲鳴へと変わる。


 私の拳の威力は龍の装甲も突き破る――はずなのに。


 ケンザキは全身をくの字にしながらも私の一撃に耐えた。

 ケンザキは苦しいはずなのに、口角を釣り上げて笑っていた。


「――さーせん、先輩。いっちょ、僕に教えてくれませんか? 最強って奴をさぁ」


 私は悪鬼のような笑顔でケンザキを見た。

 ケンザキも嬉しそうに臨戦態勢に入る。


 胸がキュンときた。胸がドキドキする。

 拳が触れそうになるだけで全身に電流が走るようである。

 たまらない。こいつが欲しい――


 恋い焦がれる。わかった。これはきっと――初恋なんだ。

 もう私たちは止められない。


 私達に言葉はいらない。

 必要なのは拳で殴り合う《愛を語らう》だけだ――







 その日、魔導高校の生徒たちは――帝国の新しい歴史の瞬間に立ち会えた――



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