△▼身命を賭して、魔性の麺に挑む!△▼

異端者

『身命を賭して、魔性の麺に挑む!』本文

 これだ!

 小説投稿サイト、カクヨムで『「赤いきつね」「緑のたぬき」幸せしみるショートストーリーコンテスト』を見て、そう思った。

 長文が書けない、長いストーリーが書けない状態の自分にとって、800文字以上ならば応募可、しかも……し・か・も、30というのは非常に魅力的だった。

 しかし、ライバルは多い。既に応募総数は800作品を超えている。この中で評価されるとするならば、尋常ならざるアイデアでなければいけない。私の場合、文章力はないので発想の転換、アイデアで勝負するしかないのだ。

 ふと、そこであることに気付いた。

 なかったのである。

 ここ数ヶ月、他のカップ麺は食べたことがあったが、肝心の「赤いきつね」も「緑のたぬき」も食べた記憶がなかったのである。

 これはどうにも……非常にまずいのではないか?

 私は、定期テストにテスト勉強なしで挑む学生が如く、背中に冷や汗が流れるのを感じ取った。

 もういっそのこと、伊勢うどんの感想で代用してしまうのはどうだろう。太くてふにゃふにゃの麺。濃くて黒いつゆ。…………どう考えても駄目である。これならまだ、味噌汁をシチューと偽って出す方が良心的である。

 やはり現物を買ってくるより他はあるまい。私は近所のスーパーに買いに走った。


 数十分後、ダンボール箱一杯の「緑のたぬき」が置かれていた。

 なんというか、こうも「でん!」と置かれていると威圧感がある。いやカップ麺如きに威圧されてはならぬならぬ、そう理性では考えているのだが感性はそう感じてしまうのだ。

「さて……見せてもらおうか、緑のたぬきとやらを」

 誰に言うともなく、そう呟いた。

 過酷な戦いが待っているという予感があった。毎年、星の数程の新製品が登場しては消えていくカップ麺業界…………その中で40年以上を生き残ってきた猛者の中の猛者、その貫禄が確かにあった。

 私はその貫禄に気圧されつつも、やかんで湯を沸かし、蓋をあけた緑のたぬきに粉末スープを入れてお湯を注ぐ。単純な作業だが、黙々としているとこれは神聖な儀式のように思えてくる。

 そして、ひたすら待った。


 3分後、私は勢いよく蓋をはがすと、その中身にかぶりついた。

 うん、美味い。美味い――あれ?

 なかったのである。

 器の中は既に空で、スープの一滴も残っていなかった。

 私は両手を握りしめて天を仰いだ。

 ――なんたる無念! これでは感想が分からぬではないか!

 いや、まだだ! まだ終われぬ!

 そうだった。まだ私にはダンボール箱に大量の緑のたぬきがあるのだ。


 その後も私は毎日、緑のたぬきを食べ続けた。

 だが、毎度毎度食べているだけで感想を論ずる前に中身は消えていった。

 私はこのように感想を書かせない姑息な手段を使う緑のたぬきに怒りを感じつつも、なんとかその実態を捉えられないかと苦心した。

 もはやコンテストなどどうでも良かった。この「魔物」の正体を掴めなければ人類は敗北したこととなるのだ、それだけは避けねばならぬ――そんな崇高な使命感に突き動かされていた。

 こうして、緑のたぬきのダンボール箱がとうとう空になった。

 私は下書き用の原稿用紙に向き合うと、さらりとこう書いた。


 美味かった。

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