第3話:恋人になって

 二年生になると、こんな噂を耳にするようになった。


『黒王子、最近なんか表情が明るくなった気がする』


『あれは恐らく恋してるな』


『やっぱあれかな。いつも一緒にいる幼馴染のあの子と付き合ってるのかな』


 海の側にはいつも一人の男の子がいた。鈴木すずき麗音れおん。海の幼馴染らしい。私は彼が苦手だった。特に理由はない。生理的に無理というやつだ。良い人なのは分かる。分かるけども。

 その嫌悪感の正体に気付いたのは、応援していたアイドルが結婚したニュースを見た時だった。


「結婚……」


『同性同士は子供が出来ないから結婚出来ない』『恋愛は異性間でするもの』いつしか母に言われた言葉が蘇った。そして気付いた。私は異性と恋愛できないのだと。月子が好きなのだと。いや、とっくに気付いていた。目を背けていた。

 鈴木くんは、分かりやすかった。海のことが好きだと顔に書いてあった。そのことでよくいじられていた。彼は彼女に対する恋心を否定しなかった。隠そうとしなかった。それが気に食わなかったのだ。

 そう。私が苦手だったのは彼じゃなくて、異性愛者そのものだった。異性愛者が妬ましくて、憎かった。

 だけど、鈴木くんにはいくつか感謝していることがある。

 まず一つ目。海がレズビアンであることを教えてくれたこと。直接教えてくれたわけではないけれど、彼の態度から察した。あれだけ好き好きオーラが漏れているのに告白しないのは、海に本命の女の子が居るからなのだと。海が特定の女の子と仲良さげに話している時の鈴木くんはいつも切なそうな顔をしていた。海はきっとその女の子が好きなのだろうと仮説を立てて、私は勇気を出して海に自分のことを打ち明けた。ビンゴだった。海は私と同じく、レズビアンだった。


「僕、そんな分かりやすいかな……」


「君というか、鈴木くんが分かりやすすぎるんだよ」


「あぁ……麗音か。……そっか、麗音の態度で察しちゃったか」


「まぁ、私は昔から勘がいいってのもあるし、自分自身が女の子好きだから気づけたんだと思う。……みんな、当たり前のように目の前の人は異性愛者だと思ってるから。私もきっとそう。自分が異性愛者だったら、君が同性愛者かもしれないって発想はきっと、出てこなかった。だから……大丈夫。きっと、バレないよ」


「……ありがとう。で、誰が好きなの?」


「白王子」


「白王子って……天龍月子?」


「そう。月子」


 好きな人を打ち明けると、彼女は目を丸くした。そして、くすくすと笑いながら言った。

「告白して大丈夫だと思う」と。


「……でも、向こうは男の人が好きかも知れないじゃない?」


「大丈夫大丈夫。てか、月子からも同じ相談されたし」


「同じ相談って……」


「両思いってことだよ」


「信じていいのね?」


「いいよ。信じて」


 私は彼女を信じて、月子を家に呼び出した。

 そして自分がレズビアンであることを告白すると彼女は目を丸くして「私も海に同じ相談したの」と打ち明けてくれた。


「そうなんだ。じゃあもしかして月子も……」


「うん。女の子が好き」


「仲間だ」


 海の言ったことは嘘ではなかったことがわかり、ホッとする。


「好きな人いるの?」


「うん。居るよ」


「……そうなんだ」


 自分で聞いておきながら、ショックを受ける彼女。そんな姿が可愛くて、少し意地悪したくなってしまい、海から先に話を聞いていることは打ち明けず、好きな人の特徴を挙げた。


「その子、見た目は背が高くてカッコよくて、王子って呼ばれてるんだけど、本当は凄く可愛い人でね」


「そうなんだ……」


 こんなにも分かりやすくに彼女の特徴を挙げているのに、彼女は気付いていないようだった。ハッとする。王子はもう一人いたことを忘れていた。


「海じゃないよ」


「えっ。じゃあ誰? 私の知らない人?」


 何故そうなるのだろうか。鈍感にも程がある。自己肯定感が低いせいで自分が好かれると思っていないのだろうか。


「もー! なんで分からないかなぁ! 私が好きなのは、海じゃない方の王子様! 白王子の方!」


「へ? 白王子って……えっ、わた、私?」


「そう。私、月子が好き。可愛い月子が好き」


「わ、私は可愛くな——」


 彼女の口から出かけた否定の言葉は聞きたくなくて、唇を塞ぐ。離れると、彼女の真っ赤な顔が視界に入る。胸が高鳴った。やっぱり彼女は可愛い。そして私は、彼女が好きなんだと改めて確信した。


「月子は可愛いよ。可愛い。分かるまで一生言い続けるから」


「そんなこと——「そんなことなくない。月子は可愛い。誰がなんと言おうと、私はそう思ってる」


「私は可愛くなんて——んっ……」


 彼女が自分を否定するたびに、私の彼女の言葉を奪って囁いた。「可愛い」「好きだよ」と。


「も、もう……分かったから……」


「分かったならよろしい」


 彼女を解放してやる。離れてもまだ心臓は鳴り止まない。


「……私も帆波が好き」


 彼女が小さく呟いた。


「気づいてた」


「い、いつから気づいてたの?」


「海から聞いた」


「へっ」


「相談したら、月子からも同じ相談受けたから告っておいでって」


「ず、ずるい!」


 彼女がぽこぽこと私を叩く。けど、全く痛くなかった。痛くないように手加減してくれているのが伝わった。


「あははっ。けど、こんな鈍いと思わなかった。あんなにアピールしてるのに。女が好きって聞いたらもう察するでしょ」


「……私以外にも可愛いって言うじゃん」


「言ったっけ?」


「……言ってたよ。なんか、アニメの……女の子に」


「……えっ。そこに嫉妬するの? なにそれ。可愛い」


「……」


「可愛いよ。私の月子」


「わ、私のって……!」


「私のになって。月子。私、月子が欲しい」


「ほ、欲しいって言い方……なんか……やだ……私、物じゃないし……」


「ふふ。ごめん。じゃあ、言い方変える。

 私の恋人になって。月子」


「……うん」


 こうして私たちは恋人同士になった。

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