EPISODE33 注目の一戦

 日曜日は生憎の大雨だったが、レンタルスペースの室内は、壁紙の綺麗な青空が広がっていた。前回と違って今回は通常の部屋であるため、内装や設備はずっと簡素なものだが、蹄人からすればこちらの方が馴染み深い。

 蹄人がスカーレットと共に部屋の中に入ると、中では極と99が、配信用の卓設定を行っていた。99がてきぱきと配線をつなぐ横で、目の下にうっすらとクマを作った極は、ノートパソコンのキーボードを鬼気迫る勢いで叩いていた。

「よう……って、話しかけない方がよさそうかな」

「やあ蹄人くんおはよう。いや、こんにちはの方が良いかな。お昼は食べてきたかい。申し訳ないね、作業しながらで」

「べ、別に構わないけど……」

「すまないね。一週間あれば余裕だと思ったんだけど、ついさっき確認したら配信設定に重大なミスがあったことに気づいてね。今マッハで修正してるところなんだ」

 カタカタとキーボードを叩き終えた極は、ノートパソコンをテーブルの上に置くと、近くに設置されたマイクとウェブカメラを調整し始める。

 極のチャンネルで配信するとはいえ、準備を全て任せてしまったのは、さすがに申し訳なかっただろうか。そう思った蹄人は機材を弄る極に、片手を伸ばす。

「その、何か手伝おうか」

「いや、何も触らないで、そこで待っててちょうだい。それよりもこれから明星院瑛とやりあうんだから、スカーレットと一緒に精神統一でもしておいてくれればいいから」

「そ、そうか」

 言われた通り、蹄人はスカーレットと共に、近くのソファーに腰かけた。ソファーもVIPルームのものとくらべて、硬く安っぽい感触だった。

「瑛とメリッサは、まだ来ていないのか」

 スカーレットが蹄人にそう言った直後、まるで狙いすましたかのように、部屋の扉が開いて瑛が入って来た。傍らには紫の長髪をした、やや大人びた雰囲気のある女性型人形が立っている。おそらくあの人形が、本来の瑛のパートナーであるメリッサなのだろう。

「こんにちは、蹄人さんに極先輩。申し訳ないですね、少し遅れてしまって」

「……対戦よろしく」

 部屋の中を見回す瑛に対し、蹄人が近づいて片手を差し出すと。瑛はわざとらしく鼻を鳴らして、蹄人の手を取った。

「こちらこそ……そうだ、紹介しますよ。僕の『本当』のパートナーの、メリッサです」

「ごきげんよう、蹄人様」

 本当をわざわざ強調して言うところが、生意気極まりないものだが。この程度の安っぽい挑発で動揺して見せるほど、自分たちは弱くはない。

 蹄人の横からスカーレットが進み出ると、メリッサのことを真っ直ぐ見つめてから。先程蹄人がやったのと同じように、片手を差し出して見せる。

「初めまして、メリッサ。藍葉蹄人のパートナーである、スカーレットだ」

「メリッサですわ、以後お見知りおきを」

 お互い敵対心を微塵も隠さない握手を交わし、スカーレットとメリッサが離れた直後。いつの間にかそこに立っていた99が、二体の両肩を叩いた。

「それじゃ、挨拶も済んだみたいだし、こっちの準備も終わったから、さっそく対戦開始と行きましょうか」

 言うが早いが、99は蹄人とスカーレット、瑛とメリッサを、卓の上に置かれたボトルの傍へと案内してゆく。

 向き合うスカーレットとメリッサの傍らで、蹄人と瑛も操作糸の繋がる手を構える。

「本当はしっかりとインタビューしたいところだけどね。残念ながら準備時間が押しに押しまくってるから、放送開始と同時に戦闘開始だ」

 実況用のヘッドセットを装着した極が、片手でパソコンを操作しながら、もう片方の手の人差し指、中指、薬指を立てて見せる。

「それじゃカウント、スリー、トゥー、ワン」

 経てた指を全て折り、さっきまでの余裕のない顔から、さっといつもの不敵でむかつく表情を浮かべたて。極がパチンと指を鳴らすと同時に、スカーレットとメリッサは、まったく同時にボトルに触れた。


 差し込む月光により、頭上のステンドグラスが虹色に輝いているのと対照的に。辺りにはひっそりとした闇が立ち込めていて、厳粛と表現するのに申し分のない空気が広がっていた。

『教会フィールドか。悪くない舞台じゃないか』

 撃鉄を下ろすスカーレットの頭の中で、蹄人がどこか楽しそうにそう言った。

 前回の天文台フィールドのように、レアなものではないのだが。確かにこの美しいステンドグラスと、静まり返った雰囲気には、胸が高鳴るものがある。

 ただ美しさの代償というべきなのか、教会フィールドは動ける範囲が狭いのが難点である。それが有利に働くか不利に働くかは、メリッサのタイプ次第なのだが。

『まずは敵の位置を把握したいところだな……スカーレット、索敵弾を一発頼む』

「了解」

 蹄人から送られてきた指示に従って、スカーレットは引き金に指をかけ、弾丸にマジックポイントを込める。

 索敵弾は天井に向けて撃てば、効果範囲内の敵の位置を判明させられることが出来るものなのだが。

 銃口を上に向けて、引き金を引こうとしたその瞬間。

 少し離れた所から、細い何かが勢いよく飛んできて、スカーレットに襲い掛かった。

「な―――」

 それはスカーレットの体に叩きつけられ、ヒットポイントをさっくりと削り取ってゆくと、風切り音を響かせながら戻っていく。

『スカーレット、近くの長椅子の陰に隠れろ!』

 蹄人が頭の中で叫ぶと同時に、次の一撃が来る前に、スカーレットは近くにあった長椅子の陰に飛び込む。直後、ついさっきまでスカーレットのいた場所を、追加の一撃が通り過ぎて行った。

『なるほど。メリッサは、鞭タイプの人形か』

 相変わらず役に立たないアナライズ機能が、「鞭タイプ」の結果を叩き出すと同時に、協会の中に足音と声が響き渡る。

「そこにいるのは分かってますわよ、スカーレット」

「移動して追撃するつもりか」

 こちらも移動したいところだが、下手に動くと鞭の格好の餌食になってしまうだろう。かといってこのままここに居続けるのも、相手の思うつぼだ。

『あの鞭、かなり範囲が広そうだな』

 忌々しそうに、蹄人が呟く声が聞こえた。

 鞭タイプの強みは攻撃範囲の広さである。遠距離攻撃の人形にはさすがに及ばないものの、近接タイプとしては圧倒的なリーチを誇る。

 そのため相手に近づかせず、一方的に攻撃し続けるのがセオリーなのだが。押し切られたり、必殺技などで対応されたりすると、途端に不利になるのが玉に瑕である。

 また必殺技に癖があるのも鞭タイプの特徴であり、いかに使いこなせるかが初心者と熟練者の違いであるとも言われている。

「いつまでもそこに隠れているつもりですの、スカーレット」

 叫びながら高速で鞭を振るうメリッサに対し、スカーレットは静かに意識を研ぎ澄ます。

『確かに鞭タイプの範囲は広い。だが生憎、こっちは遠距離攻撃の人形なんだよ』

 蹄人から送られてきた「閃光」の命令に従って、スカーレットは研ぎ澄まされた意識の中、弾丸にマジックポイントを乗せる。

 陰でコツコツ練習を重ねてきたとはいえ、実戦で使うのはこれが初めてだ。上手くいくか、不安でないと言えば嘘になるが、同時に不安と同じだけ自信もあった。

『今だッ』

 鞭が戻るタイミングで、スカーレットは長椅子の陰から顔を出して、離れたところに立つメリッサに対して引き金を引いた。鞭で絶え間なく攻撃してくる分、相手の位置を特定し狙いを定めることは非常に容易い。

 撃った直後、スカーレットはすぐにまた長椅子の陰へと身を隠す。隠したのと同時に、鞭の一撃が頭上をかすめて行った。

 直後、教会の中に光が走った。スカーレットの撃った、閃光弾の効果によって、辺りの闇に一瞬で明りが広がる。

「きゃあああぁぁぁ」

 メリッサの悲鳴が響き渡る中、スカーレットは即座に移動を開始する。

 基本的に自分の攻撃で効果は受けないため、向こうと違ってこちらの視界はクリアだ。光が消える前に、スカーレットは送られてきた「攻撃」の命令に従って、メリッサに対し更なる弾丸を叩きこむ。

 といっても短い一瞬に撃てるのはさすがに二発が限界であり。光が消えると同時に、移動を終えたスカーレットは祭壇の陰に飛び込んだ。

「くっ、やりますわね」

 きっちりとヒットポイントを2つ削られたであろうメリッサは、悔しそうな様子でまた鞭を振り始めた。

「どこにいったんですの……出て来なさい!」

 占い師のような紫のヴェールを身に纏った戦闘衣装を揺らしながら、メリッサは再び鞭を振り始める。

「もう一回、同じ方法で行けそうか」

 祭壇の陰からメリッサの様子を伺いながら、スカーレットが蹄人に尋ねると、蹄人は悩ましそうに唸る。

『うーん、基本的に同じ手を二度使いたくはないけど、もう一度二発叩き込めれば、あと一発追尾弾で削ればゲームセットなんだよなあ』

「どうする、蹄人」

 スカーレットが蹄人に聞いた時、鞭の連打がぴたりと止まった。何か、とても嫌な予感がする。

 刹那の静寂の後、メリッサがうっとりしたような声で喋るのが聞こえてきた。

「このままじゃ埒があきませんわね。仕方ないですわ、切り札の一つを、切りますわよ!」

「切り札……?」

 一体何なのか、答えはすぐに判明した。何かが燃える音が聞こえると同時に、炎を纏った鞭が、スカーレットの隠れていた祭壇に直撃する。

「スカーレット、そこにいるのはわかっていますわ。いつまでも隠れていないで、もっと積極的にやりあいましょう」

 鞭の纏った炎は、祭壇に直撃すると火の粉を散らし、掛けられたクロスに瞬く間に燃え広がってゆく。あの炎には、間違いなくダメージ判定があるだろう。

『このままじゃ不味い、スカーレット、もう一発戦光弾を撃て!』

 蹄人の叫びに応え、スカーレットは若干回復したマジックポイントを乗せて、二発目の栓光弾を放つ。

 再び教会の中に広がる光。燃える祭壇の陰から飛び出したスカーレットは、メリッサに対して素早く狙いを定めると、右の銃に残った弾丸を全て叩き込む。

 だが、さすがに同じ攻撃を、二度も素直に食らう相手ではない。腐っても、全国王者なのだ。

 弾丸を放った直後、真っ直ぐ伸びてきた鞭がスカーレットの体に叩きつけられ、ヒットポイントを削り取ってゆく。

「くっ―――何ッ?」

 素早く身を引いて、スカーレットはさらなる追撃から逃れようとしたのだが。そんなスカーレットの体に、鞭が巻き付いて縛り上げてゆく。

『鞭の……必殺技かッ』

 教会の中の閃光が消えると同時に、燃え上がる祭壇の前で縛り付けられたスカーレットを見て、鞭を持ったメリッサは勝ち誇ったような顔をしてみせた。

「勝負ありましたわね、スカーレット」

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