EPISODE32 勝手な告知
瑛との人形決闘に勝利した翌日。
蹄人はスカーレットを連れて、筒道駅の近くにある、ゲームセンターにやって来た。
薄暗い中で筐体の放つ光が怪しく輝き、やや柄の悪そうな青少年がひしめく店内を見回して、蹄人はお目当ての人物を探す。
果たして、蹄人をここに呼び出した人間、萌木極はすぐに見つかった。彼はパートナーである99に呆れた視線を向けられながらも、音ゲーのプレイに熱中しているようだった。
「クソッ、今のやつ逃したのは痛いね……」
お洒落なインストゥルメンタルの曲をプレイする極の様子を眺めつつ、蹄人は隣に立つ99に片手を上げて見せる。気づいた99は即座に手を上げ返してくれた。
きっちりと最後までプレイして、ノルマは達成したもののパーフェクトは逃したリザルト画面にため息を吐きかけると、極はやっと蹄人を振り向いた。
「やあ、蹄人くん。待ってたよ」
「わざわざ呼び出して、一体何の用なんだ、極」
ポケットに手を入れて、呆れた顔をする蹄人に対し。極は相変わらず胡散臭い笑みを浮かべて、ポケットから二枚のコインを取り出した。
「まずはなんか飲もうよ、僕がおごってあげるから」
「……仕方ないな」
99がため息を吐きだしたが、それが極と蹄人のどちらに向けられたものかは分からなかった。
ゲームセンターの片隅に設置された自動販売機コーナーで、極は二杯のコーラを買うと、片方を蹄人に差し出した。
「あ、蹄人くん炭酸大丈夫だった?」
買ってから聞くところに少々イラっとしたものの、蹄人は何も言わずに頷いて、カップを受け取った。飲めなくはないが、どちらかというとコーヒーの方が良かった。
「……実は君に、話さなくちゃならないことが一つあってだね」
コーラを一口飲んでから、極はそう切り出した。
「君に負けた明星院瑛が反乱狂で戻って来たかと思えば、『僕の本来のパートナーなら負けるはずがない』だのほざいて、君に再戦を申し込もうって意気込んでるみたいだよ」
「なるほど、それを警告しにきたってわけか」
蹄人に対し極は頷くと、コーラをまたもう一口飲む。ふと、蹄人は彼が微かに汗をかいていることに気が付いた。
今回の一件が想定外だったのか、それとも自分と再び対面することに緊張していたのか、あるいはさっきまでプレイしていた音ゲーの余韻が残っているのか、またはその全部なのかは分からない。
分からないが、蹄人はスカーレットと顔を見合わせてから、長いため息を吐きだした。
「緊張するなよ、極。お前のやったことは、確かに一度僕たちを引き裂いたけど、前にも言った通り今はもう乗り越えたさ」
「……ありがとう、蹄人くん」
「ただしもし乗り越えてなかったら、お前の顔面を格ゲーの敗者並みにぼこぼこにしてやっていたところだ。あと巻から僕のアカウントを勝手に聞き出した一件は別だから」
蹄人が指を鳴らすと、スカーレットが極の頬をつねった。ひとまずはこれで、許してやることにしよう。
「痛たた……いやあ、どうしても君の連絡先が知りたくてね」
「……正直ちょっと引く」
大袈裟に頬をさする極の横で、99が呆れたため息を吐きだした。これはため息を吐かれても仕方ないだろう。
頬をさするのをやめると、極は気を取り直したように、蹄人に真剣なまなざしを投げかける。
「でも、瑛の本来のパートナーである『メリッサ』は、言うだけあってなかなかに強力な人形だ。もし君がこの挑戦を引き受けるなら、気を付けておいた方が良い」
「そうか、ありがとう」
「僕としては、明星院瑛ほど面倒くさい奴はいないと思うから、断ることをお勧めするけど……」
極も蹄人の答えを分かったうえで言ったのだろう。でなければ、こんな風に事前警告なんてしようと思わないはずだ。
「望むところだ。僕たちは常に、対戦相手に飢えている。それが強い相手ならなおさらのこと」
「前の一戦は歯ごたえが無かったからな。もっと強い相手との戦いを楽しめるというのなら、私も大歓迎だ」
「……やれやれ」
楽しそうに、だが闘志を漲らせて目を輝かす蹄人とスカーレットに、極と99が同時にため息を吐きだした。
「まったく、二人ともとんだ戦闘狂だねえ。ま、僕は蹄人くんに賭けてるんだから、頑張って頂戴よ」
「は?ここにきて静観決め込むなんて、許さないからな」
蹄人は炭酸の抜けたコーラを一口飲むと、コップを片手で持って、もう片方の手を極の肩に回す。顔に出来る限りの、悪い笑みを浮かべて。
「いい話があるんだ、萌木極くぅん」
「絶対ろくな話じゃない言い方なんだけど、蹄人くん」
「お前が言うな……真面目な話、お前にもメリットがあることだから、一枚噛んで欲しい」
さっと手を離すと、蹄人は萌木極と99に対して、スカーレットと一緒に予め考えていた「提案」について語った。
蹄人の「提案」を聞いた極は、さっきとは打って変わって、心底楽しそうな表情を浮かべて蹄人を見返す。
「いいねえ、あのイキった中学生坊主を叩きのめすには、これ以上ない舞台じゃあないか」
「だろ。じゃ、準備はよろしく頼む」
「了解。それにしても蹄人くん、随分と当時の勘を取り戻して来たんじゃないの」
にやにやとする極に、蹄人は静かに頷いて見せた。
「数か月で、随分と揉まれたからね。そりゃあ昔の勘ぐらい取り戻さなきゃ、やってられないよ」
「いい答えだ、それでこそ蹄人くんだねえ」
「……それでこそって、お前は僕の何を知ってるんだ」
呆れる蹄人にわざとらしく笑って、極は紙カップの中に残ったコーラを一気に飲み干した。飲み干しむせた彼の横で、99が本日何回目になるか分からないため息を吐きだした。
高級住宅街の中でも、ひときわ目を引く洋風の豪邸。それが明星院瑛の暮らす自宅だった。
紅茶とマドレーヌの乗ったトレーを持って、緩やかにカールした紫の長い髪の女性型人形、メリッサは主の部屋の扉をノックする。
少し待っても返事は返ってこなかったが、否定の言葉がなければ、入っていいということである。
「失礼しますわ」
メリッサが扉を開くと、部屋の中は相も変わらず酷い状態だった。部屋中に物が散らばり、家具はどれも傷だらけで、壁には文字にもならない落書きがびっしりと書き込まれている。
そして部屋の中央に、メリッサの主人である明星院瑛が座っていた。彼は破れて綿の出たクッションに座って、スマートフォンの画面を一心不乱に眺めている。
「おやつをお持ちいたしましたわ。ここに置いておきますわね」
近くに積み重なった、分厚い本の山の上にトレーを置いて、これ以上主人の邪魔をしないようにと、メリッサは立ち去ろうとしたのだが。
「待って、メリッサ」
スマートフォンから顔を上げた瑛に呼び止められ、メリッサは立ち止まって振り向く。
「どうしたんですの、坊ちゃま」
「一緒にこれを見てくれないか」
瑛が手に持ったスマートフォンの画面を、言われた通りメリッサが覗き込むと、見覚えのある人形と少年の顔が映っていた。
「ちょっと待って、今巻き戻すから」
シークバーを操作して、動画の最初から再生を始めると。フリー素材らしい軽やかなメロディと共に、チャンネル名が表示されて、丁寧な編集と共に先程映っていた人形と少年、99と萌木極の映像へと切り替わってゆく。
「ハローみなさん。まずはご視聴ありがとうございます。視聴者数のカウントがぎゅんぎゅん増えていくのを見ているだけで、もうにやにやが止まらないものですよ」
「はあぁ……のっけから下種さが隠しきれてないですよ、マスター」
掴みといった感じのトークを終えた後、極が手元で何かを表示させると、画面に「重大発表」と大きく表示されたモニターが表示される。
「本日は皆さんに、重大発表があるということで、こうして枠を取らせていただいたわけですけどねえ」
「もったいぶってないで、さっさと発表してくださいよ。あまり引き伸ばしすぎても、ウザがられるだけですよ」
ため息を吐き、急かす99に参ったというように笑いかけてから。極は再び手元を操作する。
すると画面の表示が切り替わり、中央に表示された「VS」の文字の左右に、二組のシルエットが現れた。
「実は今回、超突発で特別企画をおっ立てることになってねえ。今回の配信は、その発表ってわけだよ」
「企画の内容は、実力ある人形師と人形による、人形決闘となります。司会及び諸々の準備、そして配信は本チャンネルが務めます」
はきはきとした口調で概要を説明する99の横で、極は片手で操作を続けながら、もう片方の手をパチンと鳴らした。
「肝心の対戦カードだけど……まず一組目は、一度どん底まで落ちた彼が、新たなパートナーと共に復活を果たした。その先に待ち受けるのは、希望か、絶望か。藍葉蹄人&スカーレットオォ!!」
画面の片方に、蹄人とスカーレットのイラストが表示される。二人とも、強気で不敵な表情を浮かべていた。
「そしてもう一人は、我が愛しの後輩君にして、中二病真っ盛りな全国覇者のお坊ちゃま。明星院瑛&メリッサアァ!!」
もう一度極が指を鳴らすと、もう片方に瑛とメリッサのイラストが表示される。蹄人の希望か、極の好みかは知らないが、蹄人たちよりもずっと悪い表情を浮かべている。
「日時は今週日曜日の午後一時から。先程もお知らせしたとおり、人形決闘の様子は本チャンネルで配信いたしますので、チャンネル登録していない方は今すぐ登録すると良いと思います」
「その他詳しいことは、概要欄にリンク張ってある僕のブログに書いてるから、そっちも是非読んで頂戴ね」
「……まったく、商魂逞しいですね、マスター」
「さっきチャンネル登録勧めてた、君には言われたくないねえ……それじゃ、ご視聴ありがとうございました!」
きっちりと締めのトークをした後、関連動画と登録ボタンが一定秒表示され、挿入された広告が流れて動画は終了した。
スマートフォンの画面から顔を上げた瑛は、露骨に不愉快な顔をして舌打ちをする。
「まったく、忌々しいことだよ……僕は一言も許可してないっていうのに」
「でも坊ちゃまは藍葉蹄人とスカーレットに、再戦したいって言ってたじゃないですか」
「だからってこんな勝手な真似をされたら、むかつくに決まってるだろ」
トレーの上に置かれたカップを鷲掴みにして、瑛は冷めた紅茶を勢いよく飲む。このまま飲み干してしまおうと思っていたようだが、半分ほど飲んだところで手元のスマートフォンが着信を告げた。
「げほっ……はい、もしもし。明星院瑛ですが」
『やあ瑛くん。僕の配信見てくれたかな?いや見てくれたよね?どうだった?』
まるでタイミングを見計らっていたかのようにかかって来た、萌木極の電話に嫌悪感を隠さず、瑛はカップを置くとスマートフォンを持ち直した。
「なんなんですか、あれ。僕に許可も取らずに、勝手に」
『いやあ、君が蹄人くんと再戦したがってるようだったから、色々とお膳立てしてあげたまでだよ。お気に召しただろう?』
「どうせ藍葉蹄人の差し金なんでしょう。こんなふざけた挑戦、僕が受けると思うんですか」
『受けなくてもいいよ、別に。僕が勝手にやったことだからね、引き留めはしないさ』
「だったら―――」
『ただ、その場合君には楽しみにしてくれている視聴者諸君から、「戦いから逃げた卑怯者」のレッテルが貼られることになるけど、いいね』
電話の向こうで、極がにやついているのが見えるようだった。だが、彼の言うことはまた事実であり、瑛は悔しそうにこぶしを握り締めた。
「……分かりましたよ、引き受けてあげます」
『さすが瑛くんだねえ、君なら絶対にそう言ってくれると思ったよ』
「ありがとうございます。お礼に藍葉蹄人をぶっ潰したら、次はあなたを粉砕してやります」
『おお怖い怖い。じゃ、開催場所とかレギュレーションとか、諸々の情報はチャットの方に送っておくから、後で確認しておいてね。それじゃ、期待しているよ』
通話が切れると、瑛はスマートフォンを画面が割れんばかりに握りしめる。
「メリッサ」
「はいなんでしょう、坊ちゃま」
傍らに控えていたメリッサへと顔を向けた瑛は、先程のイラストにも負けず劣らずの、憎悪に満ちた笑みを浮かべて言った。
「絶対に、藍葉蹄人とスカーレットに勝ってやるからな」
「もちろんですわ、坊ちゃま」
殺意にも似た闘志をたぎらせる、己の主に対して。メリッサは微笑むと、紫色の頭を静かに下げた。
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