EPISODE19 恩人からの忠告
あまりにも的を射すぎた梅太郎の問いかけに、蹄人は思わず押し黙る。
「なんで、そのことを」
しばしの沈黙が流れた後、やっとそう問い返すと。梅太郎は目を閉じて、静かに息を吐き出した。
「強いて言えば、なんとなく、だ」
「……」
「実をいうと、ハクライを先に帰したのは、叔父上に呼び出されたからじゃない。それも理由の一つだが、お前とサシで話したかったのと、ハクライにこれから話すことを聞かせたくなかったからだ」
一般的に、話し合いの席に人形を同伴させない理由は二つある。一つは話の内容が機密事項であるため、人間の質問に答えるよう作られている人形には聞かせられない場合。
そしてもう一つは、話の内容が人形の心を傷つけてしまう可能性がある場合だ。誰だって自分のパートナーに、嫌な思いをさせる話を聞かせたくはない。
今回の場合は、後者だということだろう。
「……お前は中学時代から『人形は道具だ』と言っていたが。俺は人形とお前自身がそれで良かったらと、部長として何も言わずにいた」
「そう、だったんですか」
「だが去年のラストホープ・グランプリで。テレビでお前の人形決闘とその後に起こった顛末を目撃して、俺はとても後悔したんだ」
目を開き、天井を仰いで。梅太郎は言葉を続ける。
「人形が道具として扱われることを受け入れているんだったらと、お前のことを見逃し続けてきたことを、死ぬほど後悔した。もし俺が部長として、一言でも忠告してやっていれば、あんなことは起こらなかったんじゃないかとな」
「残念ですが、多分忠告を受けたとしても僕は変わらなかったと思いますよ。あんなことがあったにも関わらず、未だ己の思想に変化はありませんから」
「そうか……」
そこでちょうど、店員の人形が料理を運んできた。梅太郎の頼んだ山盛りポテトとハンバーグに、蹄人のカルボナーラがテーブルの上に並べられる。
「では、ごゆっくりどうぞ」
空になったトレーを抱えて、一度頭を下げてから。店員の人形が去ってゆくと、梅太郎はフォークの入った箱へと手を伸ばす。
「続きは、食ってからにするか」
蹄人も頷いてフォークを手に取ると、カルボナーラの上に載った半熟卵を潰して混ぜる。
二人ともしばらく無言で、届いた料理を腹の中に詰め込んでいった。このファミレスの料理を食べるのは初めてだったが、思っていたよりも美味しかった。
皿の上のカルボナーラが片付いたところで、途中で持ってきたセルフサービスの水を一口飲んで。蹄人はフォークを置いて、軽く手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
顔を上げると、既にハンバーグを平らげた梅太郎が、ポテトにオーロラソースを付けてかじっていた。
「……それじゃあ、話の続きだけど」
ポテトを口の中に放り込んで、咀嚼して飲み込み。梅太郎は冷めきった鉄板皿の前で、大きくごつごつした両手を組む。
「別に俺は、お前の思想を否定するわけじゃない。人形に対してどう思うかは、個人の問題だと思うからな」
「同感です」
「だが。お前は良くても、人形の方はどう思っているのか。お前は考えたとこがあるか」
それは蹄人にとって、心に突き刺さる問いかけだった。胸の痛みと苦痛に、目を伏せてしまいながらも、蹄人は即座に答える。
「ええ、もちろんです。人形師として、パートナーである人形が何を思っているか、考えないわけがないじゃないですか」
もっとも。考えていたつもりで、理解していたつもりで。結局は何も分かっておらず、すれ違って、歪み切った末に、ミルキーウェイに見捨てられることになったのだが。
スカーレットについても、自分なりに考えて、想いやっていたつもりなのだが。またきっと何か、決定的なことを見落としていて、だからこそ裏切られてしまったのだろう。
道具として扱って欲しいと言いつつも、実際そうされてみると不満だったのかもしれないし。逆にその場限りの、気の迷いだったのかもしれない。
だがどちらにしろ、自分がスカーレットの気持ちを理解できず、道具として制御することが出来なかったために、今回の悲劇は起こってしまったのだ。
道具を上手く扱うのには、道具のことをしっかりと理解するのが一番なのに。自分にはそれが出来なかった。出来ていなかった。
ミルキーウェイに見捨てられた時と、何も変わっていなかったのだ。
やっと忘れかけてきた、憂鬱な思考が再び戻ってきそうになり。蹄人はグラスに残っていた水を、勢いよく飲み干して誤魔化す。
「だったら、さ」
しばし間をおいて、梅太郎は蹄人に切り出した。
「お前が本当に人形のことを思っているんだったら。そのうえで人形と上手くいってないっていうんだったら、やるべきこと、取るべき選択肢は一つじゃねえかな」
「……それは」
梅太郎の言いたいことは分かっていた。だが敢えて問い返した。
自分の口から言うにはあまりにも残酷であり。かといって怒り言い返す自信も気力も、今の蹄人にありはしなかったから。
「パートナーとの契約を、破棄してやれよ、蹄人」
諭すような声で、梅太郎は言った。
「お互いの思想が噛み合っていない契約を、いつまでも続けていたら、きっとまた悲劇が起きる。だからその前に、すっぱりと終わりにしてやるんだ。それが、お前にもお前のパートナーにも、良いことだと思う」
いつもなら。いつもの蹄人なら、「人形との契約を破棄しろ」なんて言われて、怒らないはずがなかった。
相手が中学時代に世話になった先輩とはいえ、他人に己の人形と契約を破棄しろなんて言うなんて、とんだお節介だと言い返し、店を飛び出していたことだろう。
だがそれは、隣にスカーレットがいたらの話であり。スカーレットに裏切られて、一人で傷つき悩む蹄人には、梅太郎の言葉を素直に跳ね除けることはできなかった。
「……確かに」
俯いて、テーブルに付いた小さな傷を見つめながら。蹄人はらしくない弱弱しい声でつぶやく。
「確かに、そうかもしれませんね」
スカーレットがそう望むなら。ミルキーウェイの時のようにこじれて、どうしようもならなくなる前にいっそ、契約を破棄してしまったほうがいいかもしれない。
いやきっと、スカーレットもそう望んでいるはずだ。だから自分の命令に逆らって、独断でタイルを攻撃したのだ。
結局は前の酷いパートナーと違って、自分のことを大切にしてくれるなら、誰でも良かったのだろう。だったら人形を道具として扱う奴より、仲間として扱ってくれる奴に従いたいはずだ。
「ま、全てはお前と、お前の人形次第だ。よく話し合ってから、決めるようにしろよ。契約も契約破棄も簡単に出来るとはいえ、それはお前たちにとって大きな意味を持つことなんだからな」
「分かってますよ、もちろん。身に染みて痛いぐらいに」
言いたいことを言い終えて、再びポテトを食べ始める梅太郎に、蹄人は静かに頷いて見せる。確かに契約破棄の話は、パートナーの前ではしたくないことだろう。
「僕も、一本貰っていいですか」
蹄人が梅太郎に聞くと、梅太郎は頷いて、まだ半分以上ポテトの乗った皿を差し出した。
スカーレットの意識が戻ると、そこには己を覗き込む巻とカットの顔があった。
「これでよしっと。どこか調子が悪くなったら、遠慮なく言うんだぜ」
「ありがとう、巻」
メンテナンスの礼を言って、スカーレットが体を起こすと。巻は腕組みをして、ため息を吐きだした。
「それにしてもティトの奴、いつまでスカーレットを残しておくつもりなんだっての」
「……申し訳ない」
スカーレットが謝ると、巻は慌てた様子で頭を振って見せる。
「いやいや、別に責めてるわけじゃないんだから。謝る必要なんてないぜ」
「でも、こうなったのは私のせいだ。私が蹄人の道具に、徹しきれなかったせいだ」
蹄人が一人で帰宅した後。巻に何があったのかと問われ、スカーレットはドーム内部で起こった出来事の一部始終を話した。
巻は黙って聞いていたが、話が終わると「とりあえず、ティトが落ち着くまでここにいていいから」と言って、スカーレットの滞在を了承してくれた。
そして翌日。起床した巻によって、せっかくだからとメンテナンスを受けて、今に至るわけなのだが。
「あの時私が99の挑発に乗らず、蹄人の道具に徹していれば、彼の指示に従っていれば。蹄人の心を、傷つけてしまうことはなかった」
胸に手を当てて、悔しそうに呟くスカーレットに。巻は少し考え込む素振りをしてから、顔を上げて、工房の出口を手で示す。
「スカーレット、少し話したいことがあるから、服を着て部屋に戻ってくれないか」
巻がそう言うと同時に、隣に立っていたカットが、畳んだ服を差し出す。蹄人が選んで買ってくれた服だ。
素直に従い、スカーレットは服を着て部屋の方に戻る。巻がカットに目配せすると、カットは手際よくお茶の準備を始める。
「そこ、座ってくれ」
いつも蹄人が座っている椅子を、巻は指さす。言われた通りにスカーレットが座ると、巻は近くにあった箱の中から乾パンを取り出して、ソファーに腰かけながら蓋を開ける。
カットが巻の分のお茶だけ淹れ終えると。巻は乾パンを一つ口の中に放り込んでから、部屋の片隅に置かれた、衣服の入ったプラスチックのタンスへと視線を向ける。
「……上に、写真乗ってるだろ」
確かに巻の言う通り、タンスの上には埃を被った写真立てが置かれていた。そこには二人の少年少女と、二体の人形が映っている。
片方の男性型の人形の方には見覚えがある、というか今目の前にいるカットだ。
そしてもう一体、虹色の髪と瞳をした、美しい女性型人形を見た瞬間。スカーレットは写真の中の少年が、幼い蹄人であることに気が付いた。
「十歳になって、初めて人形を貰った時に、一緒に撮ったんだよ。ティトも私も、今よりずっと可愛げがあるだろう」
確かに写真の中の巻は、若干ボーイッシュではあるものの普通の少女という感じで、蹄人は眼鏡をかけておらず、顔には今の彼からは想像が出来ないような、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「……蹄人の隣にいる人形が」
「ああ。ミルキーウェイだ」
新たな乾パンを口の中に放り込んで。ゆっくりと時間をかけて咀嚼し、お茶と共に飲み込んでから。
「ティトは絶対自分から話さないだろうから、私から話しておくけどな……」
巻は藍葉蹄人という一人の少年の過去について、スカーレットに話し始めた。
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