第四期 契約解消編

EPISODE18 思いがけない再会

 どんなに嫌なことがあっても、平日は平等にやってくる。

 スカーレットに裏切られてから、翌々日。蹄人は何とか筒道高校に登校してきていた。

 あの日の翌日は本当に酷いもので。自宅アパートに帰るなり、発狂したように荒れ狂って。荒れ狂った後は自己嫌悪で死にたくなって。朝まで当然眠れるはずもなく、ただひたすらぼーっと天井を見つめていた。

 それでもメンタルリセットは得意な方であることが幸いし、夕方ぐらいになると気持ちもだいぶ落ち着いてきて。買い置きしてあった適当な少量で腹を満たし、若干破いてしまった布団で眠りについた。

 睡眠時間が狂ったせいで、寝不足が酷かったが。何とか遅刻せずに登校し、出来る限りちゃんと授業を受けて、今帰り支度をしているところだった。

 いつもなら放課後は巻のところに行くのだが、さすがに今、スカーレットと顔を合わせる勇気はなかった。

 まだスカーレットのことを考えると、怒りと悔しさが湧き上がってくるのだ。こんな状態で、会えるわけがない。

 自分が契約している人形である以上、いつまでも会わないわけにはいかないが。もう少しだけ、時間が欲しい。

「……今日は、どうしようか」

 教科書を詰め込んだ鞄を閉じて、学校指定のコートを羽織ると、蹄人は教室を出る。

 ミルキーウェイに見放されてから、半年間独りでいたはずなのに。このところずっとスカーレットと一緒だったせいか、放課後を独りで過ごすにはどうしたらいいかさっぱり忘れてしまった。

 図書館で勉強しようと思ったが、中間テストが終わった今、期末が近づくまでは勉強したくない。どの教科の点数も十分だったし、この眠い頭で勉強しても得るものは少ないだろう。

「……帰るか」

 アパートに帰っても、生活に必要なものと、人形決闘関連の資料ぐらいしかないのだが。選択肢が一つしかない以上、帰るしかない。

 下駄箱で靴を履き替え、校舎を出て校門に向かう。双矢との一件があって以来、陰口を叩かれることはほぼ無くなったが。人形と待ち合わせている生徒の多い校門付近は、出来れば早く通り過ぎたかった。

 俯いて蹄人は校門から校舎の外に出る。あとはこのまま駅に向かって、電車に乗るだけだった。

「う、うわっ」

 だった、のだが。俯いて歩いていたせいで、蹄人は前から歩いてきた人間と、思い切り衝突してしまった。

「ごめんなさい、すみませんでしたっ」

 思わず二回謝ってから、蹄人が顔を上げると。そこには良く見知った人物の顔があった。

「えっ……」

「よお、久しぶりだな、蹄人」

 蹄人より頭一つ背の高い彼は、歯を見せて笑うと片手を上げた。背後には長い白髪に赤い瞳をした女性型人形が控えており、パートナーが片手を上げると同時に頭を下げた。

「は、蜂山部長……」

「もう部長じゃねえって。ま、そう呼ばれて悪い気はしないけどな」

 いかつい顔つきと大柄な体格から想像できる通りに、豪快な性格のその男は、大きな手で蹄人の肩を叩いた。

 彼の名前は蜂山梅太郎はちやまうめたろう。背後に控える人形はハクライ。どちらのことも、蹄人は良く知っている。

 何せ梅太郎は、蹄人が中学時代に所属していた人形決闘部の、部長を務めていた男なのだ。

 別に彼に憧れて入部した、というわけではないのだが。人形決闘について、彼から学んだことが多いのは事実だ。

 実力のある人形決闘部の部長を務めるだけあり、梅太郎の実力は確かなもので。中学の三年回に数々の大会で実績を残している。

 そして何を隠そう、去年の全国大会決勝戦で、詩霜双矢を破ったのは彼なのだ。ラストホープ・グランプリへの調整で忙しかったものの、中学時代の恩人が念願の全国制覇を成し遂げたと聞いて、お祝いのメッセージを送ったのを覚えている。

 もっとも蹄人が三年に上がると同時に、卒業してしまって以来、疎遠になっていたのだが。地方の高校に進学した彼が、なぜここにいるのだろうか。

「久しぶりですね。こうして直接会うのは、蜂山部長の卒業式以来ですかね」

「だな。いやー時が経つのは早えもんだな」

「あれからお互い、色々あったものですのう」

 腕を組んでしみじみとする梅太郎の背後で、ハクライが天を仰ぐ。空はやや曇り気味だった。

「それで、蜂山部長はなんでこっちに?というかなんで僕のところに」

 蹄人が疑問を投げかけると、梅太郎はよくぞ聞いてくれたというように、再び歯を見せて笑う。

「実はな。こっちの方の学校と、俺の通う高校で交換編入があってな。元々は両校の生徒会から一名ずつ選ばれて交換編入するはずだったんだが、直前になって我が校の生徒会で不祥事があって、代わりに人形決闘で成績を出した俺に白羽の矢が立ったんだよ」

「へぇ、不祥事って何ですか」

「生徒会長と副会長が、生徒会室で不純異性交遊に及んだのを、書記が密告したんだとよ。ちなみに副会長は妊娠してたらしい」

「う、うわあ……」

「これだけの不祥事があって、よく交換編入の話が流れなかったよな。ま、人形決闘は割とどこでも出来るからいいけど。ということで、一か月ほどこっちの方の高校に通うことになったんだが、せっかくだから前に観光の案内でもしてもらおうと思ってな」

「でも、僕よりもっといい人がいるんじゃ……」

「それが他の奴らは大体地元の方で進学してるわ、下宿先の叔父上は忙しいわで、都合がいい奴がお前しかいなかのよ。ということで、案内してくれ。金は俺が出すから」

「分かりました……でも僕もあんまり詳しくないですからね」

 どうせ放課後も暇だし、おごってもらえるなら悪くない提案だった。金がない故にほぼ遊びに行かないものの、一応有名どころは知っている。

「それじゃあ僕一回帰って着替えて来ますんで、一時間半後ぐらいに駅で待ち合わせしましょうか」

「了解。俺は適当にその辺でお茶してるから」

「よろしくお願いしますわ、蹄人さん」

 手を振るハクライに軽く頷いて、蹄人は改めて駅に向かって歩き出す。思わぬ再会だが、気分を紛らわすにはちょうどいいかもしれない。

「そうだ、蹄人」

 なんて、考えていた蹄人の背後から、梅太郎の声が聞こえた。

「最近噂で、お前が新しい人形と契約したって聞いたんだが」

 ぴたりと足を止めて。蹄人はゆっくり振り向くと、顔に笑みを貼り付ける。

「ああ。生憎今メンテナンス中なんです。ちょっと長くかかりそうだから、紹介するのは多分無理だと思います」

 我ながらよくすらすらと、嘘が出てきたものだ。本格的なメンテナンス一か月とまではいかなくても、二週間ほどかかる場合もある。これでもしまた、梅太郎が契約した人形について言って来たら、「メンテナンスが長引いていて」で押し通せるだろう。

「……そうか」

 梅太郎は大して疑う様子もなく、頷いて見せた。真っ直ぐなのだが、よくも悪くも人を信じやすいところは、中学時代と変わっていないようだ。

「それじゃ、また後で」

 再び梅太郎に背を向けて、蹄人は小走り気味に駅へと向かう。せっかく気が紛れると思ったのに、また心が乱れてしまった。

 今は頭と心の中から、スカーレットを追い出したいのに。ついスカーレットのことを考えてしまい、またあの負の感情がない交ぜになったものが湧き上がってくるのを感じながら。

 蹄人は駅の改札を一人で抜けて、プラットフォームに降りて行った。


 暴れたせいでやや散らかり気味なアパートで着替えて、蹄人は改めて部屋を出る。

 思ったより早く支度が済んでしまったのだが、ラストホープ・グランプリでの一件があって以来、家族と巻以外の連絡先を全て消してしまったため、梅太郎に連絡する手段がないことに気が付いた。

 彼のいる店を探すのはちょっと面倒くさいと思いながら、アパートの最寄り駅から電車に乗り込み、待ち合わせ場所の筒道へと向かう。

 だが。筒道駅について電車から降り、改札を抜けると、ちょうどそこに梅太郎が立っていた。

「よっ、お茶飲んでたんだが、待ち遠しくて早めにきちゃったぜ」

「そうですか……あれ、ハクライはどうしたんです」

 蹄人がハクライの姿を探すと、梅太郎はどことなく恥ずかしそうに頬を掻く。

「実はあの後、叔父さんから呼び出しがあってだな。下宿先が飯屋なんだが、手伝えって言われてるのを無視して来てるんだよ。だからせめてハクライだけでもって思って、あいつには帰ってもらったんだ」

「なるほど……って、大丈夫なんですか部長」

「いいんだいいんだ、どうせ年がら年中閑古鳥が鳴いてる店なんだから」

 歯を見せて笑う梅太郎に、蹄人は呆れたため息を吐き出す。

「それじゃ、どこから行きましょうか」

「そうだな、まずはなんか、名所的なところ行きたいかな」

「じゃああそこ行きますか。展望台」

 地図を表示するため、蹄人がスマートフォンを取り出すと、梅太郎は蹄人の背後に回り込み、肩に大きな手を置く。

「頼むぜ、案内人さん」

 任せてください、と言えるほど遊び慣れてはいなかったが。それでも出来る限りのことはするつもりだった。

 男二人というのは少々むさ苦しいものの。誰かと一緒に遊びに行くのは悪くない。さらにお金の心配をしなくていいとなれば、なおさらのことだ。

 それから。蹄人は梅太郎と共に、周辺の有名なスポットを回っていった。ガイドブックに載るような有名な観光名所をいくつか訪れて、その後はゲームセンターやマニア向けのショップなど、都会らしい店にいくつか行ってみた。

 実をいうと、そのほぼ全てを初めて訪れたのだが。スマートフォンという文明の利器のおかげで、解説は何とかなった。時々ちょっと、ぎこちないところはあったかもしれないが。

 梅太郎はどこに行っても楽しんでいる様子で、宣言通り代金はすべて彼が出してくれた。そこまで高額ではないものの、高校生の財布では若干きつい額になったが。

平然と支払いを済ませる梅太郎を見て、蹄人はふと、中学時代に彼の実家が名門の空手道場だということを思い出した。

「そろそろ飯にするか」

 梅太郎の希望もあって来た、海外のゲームソフトを専門に取り扱っている店を出たところで。両手いっぱいに戦利品の入った袋を持った、梅太郎がそう言った。

「そうですね。もういい時間ですし、どこかファミレスでも入りましょうか」

 蹄人がスマートフォンで時刻を確認すると、時刻は午後九時半を回っていた。ちょっと調子に乗って遊びすぎたかもしれない。

「だな。じゃ、駅の近くにあったファミレスで飯食って、今日は解散しようぜ」

 梅太郎の言葉に、蹄人は素直に頷く。目いっぱい遊んでさすがに疲れたし、思い出したようにお腹もすいてきた。

 バスで筒道駅へと戻り、蹄人と梅太郎は駅前のファミレス「バルファール」に入店する。いつも前を通り過ぎているものの、入って食事をするのは、やはりこれが初めてのことだった。

 店内は思ったよりも空いていて、すぐに店員の人形がやって来た。梅太郎が「2名」だと伝えると、空いているお好きな席にお座りくださいと言って去っていった。

 なんとなく、一番奥の窓側の席に座って、梅太郎はメニューを手に取るとテーブルの上に広げる。

「ほら、おごりなんだから好きなもの選べよ」

「ありがとうございます……部長は何にするんですか」

「そうだな、とりあえずポテトと、あとはやっぱ肉だな、肉」

「じゃあ僕は、カルボナーラにします」

 ちょうど開かれたところに載っていた、カルボナーラの写真を指さすと、梅太郎は頷いて、テーブルに併設されている注文用の端末を操作する。長いこと外食していなかったのだが、最近の店はどこもこんな風に、各テーブルに注文用の端末が備え付けられているのだろうか。

「これでよしっと」

 注文を終えた梅太郎はメニューを閉じて元の場所に戻すと、腕を組んで顎を乗せ、蹄人のことを真っ直ぐ見つめる。

 その瞳が、真剣な色を帯びていることに気が付き。蹄人は自然と、姿勢を正していた。

「……飯を食う前に、蹄人。お前に一つ話がある」

「何ですか、部長」

 聞き返すと、梅太郎は一瞬天井に視線を向けてから、言った。

「お前、今のパートナーと上手くいってないんじゃないか」

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