EPISODE5 一か月の特訓

 巻とカットのバディに敗北した、翌日のこと。

 蹄人は乾いた制服と鞄を持って、いつも通り筒道高校に登校した。

 学校には巻が気を利かせて、病欠の連絡を入れておいてくれたおかげで、休んだことに対するお咎めは特になかった。なんだかんだで気遣いの上手い巻のことが、蹄人はとても大好きだった。

 ただ学校には基本的に、放課後までは人形を持ち込むことは禁止であるため、スカーレットは巻のところに預けたままにしておいた。別に一人暮らしであるため、自宅に置いておいてもいいのだが。どうせ学校帰りに巻のところに寄るつもりであるため、預けておいた方が都合がいいのだ。

 学校では相変わらず、クラスメイトから白い目で見られて陰口を叩かれたが。新しい人形と契約したのだと、わざわざ言い返してやることはしない。良い道具を手に入れたからと言って、得意げに見せびらかすのは愚か者のすることだ。

 今はクラスメイトの陰口をどうにかするよりも、大切なことがある。授業の合間、休み時間になると。蹄人は昨日おろしたばかりのノートと筆記用具を持って、図書室に直行した。

 高校に進学してから、何となく通い詰めていた図書室だが。明確な目的を持って利用するのは、今日が初めてのことかもしれない。

 ノートと筆記用具をいつも使っている席に置くと、蹄人は並んだ本棚から、銃タイプの人形について書かれた本を数冊引き抜いて戻る。

 昨日ある程度ネットで調べたものの、浅く広いネットの知識だけでは足りない。もっと深く狭いところの知識も、しっかりと身につけなければ。

 ノートと本を開き、銃タイプの人形について書かれたページを探して、書かれている内容をじっくりと読み込むと、要点をまとめて書き写してゆく。

 場合によっては図やイラストも描き込むのだが、もともとあまり絵が上手くないせいで、若干歪んでしまうことも多い。

 こんな時に描画機能のオプションを搭載した、人形がいれば便利だと思うが。自分で描くから身につくのだと言い聞かせ、蹄人はひたすらシャープペンシルを動かす。

 休み時間終了のチャイムが鳴り響くまで、蹄人はひたすら銃タイプの人形について勉強し続けた。

 人形を道具として使うなら、すべての責任は使い手である己にある。使い手に道具を使いこなせる技術と才能がなければ、宝の持ち腐れも甚だしい。

 授業がすべて終わった後の、放課後に。図書館で読み込んだ本の数冊を借りると、濡れてごわごわになった教科書の入った鞄に突っ込んで、蹄人は筒道高校を後にした。

 銃タイプの人形に関しては、それなりに理解できた。次はスカーレットと共に、武器の扱いや命令の処理を練習しなければ。

 本で得た知識をぶつぶつと呟きながら、蹄人は街中を駅に向かって歩いて行ったが。ふとある一軒の店の前で、ぴたりと足を止める。

「そうだ、スカーレットの服も用意しなくちゃな」

 いつまでも巻に借りているわけにはいかない。というかあの趣味の悪いTシャツを、いつまでも自分の人形に着せておきたくはない。

 ということで、蹄人は目の前にある人形用衣類の量販店に足を踏み入れた。お値段は良心的とはいえ、高校生の財布には若干重めだが、必要経費として割り切るしかないだろう。

 ミルキーウェイと一緒にいた頃は、大会の賞金で可愛い服を見繕ってやったものだが。あの日に見放されて以来、この手の店には訪れていなかった。

 あまり変わらないように見えて、案外変化の多い店内で。とりあえずジーンズ風のズボンと、アイビーグリーンの長袖のシャツを買った。

 出来ることなら、深紅の髪が映えるデニム地のジャケットも買っていきたかったが。模造繊維でないものは値段が跳ね上がるため、泣く泣く諦めて店を出る。

 紙袋を抱えて電車に乗り、雑居ビルの地下にある巻の工房兼自宅にたどり着いてインターホンを鳴らすと、扉が開いてスカーレットが顔を出した。

「お帰り、蹄人」

「ただいま、スカーレット。お前の為に服を買ってきたから、早くそのクソダサなTシャツから着替えてくれ」

「せっかく貸してやったのに、クソダサとはあまりにも酷い……それ、『モダン仏像展覧会』で買った限定品なんだぜ」

 部屋の中から聞こえてきた巻の反論を無視して、蹄人はスカーレットに紙袋を押し付けると、入室してソファーに鞄を投げ置いた。

「マッキー、練習用のセッティングボトルを用意してくれ」

「そう言われるんじゃないかと思って、もう用意してあるぜ」

 巻が指を鳴らすと、工房からカットが姿を現し、取っ手が一つしかついていないセッティングボトルをテーブルに置いた。

 スカーレットが買ってきた服をてきぱきと身に着ける横で、蹄人も着込んでいたコートを脱ぐと、眼鏡の位置を調節して腕まくりをする。

「それじゃ、頑張ってらっしゃい」

 手を振る巻に頷くと、蹄人は着替えの終わったスカーレットにアイコンタクトを送る。スカーレットは頷いて、ボトルについた取っ手を握った。


 展開されたドームの中は、真っ白な四角い部屋だった。

 だが何もないわけではない。正面には六つの的が設置されて、中央の上部には電子モニターが埋め込まれている。

『まずはすべての弾丸を、すべてあの的の中心に的中させられるようにする。銃の撃鉄を起こしてくれ』

 蹄人の言葉にスカーレットは頷いて、撃鉄を起こすと、引き金に指をかける。

『撃てっ』

 蹄人の言葉通りに右から左へと右手の銃を、左から右へと左手の銃を、六つの的に対して発射していく。

 結果は十二発のうち、右三発左一発の四発が的中。しかも四発中三発は、的の中心から大きく外れた位置に当たった。

『やっぱりそうか。両手持ちの場合、主人の利き手の方が射撃の精度が高くなるんだな。何とかしてこのムラをなくして、なおかつ的の中心に当たるようにするのが最初の課題か』

 蹄人が考え込んでいる間に、弾丸が自動的にリロードされていく。

『……リロード時間は、約十二秒。弾丸一つにつき一秒ってところか。リロードが完了するまで銃は使えないのか?』

「ああ、すべての弾丸が装填されるまで、銃は撃てないようになっている」

『なるほど。全弾装填しなくても撃てるようにするには、マッキーにカスタムしてもらうしかないか』

「カスタムするのか」

『いや、しない。基本の状態で使いこなせていない道具を、改造して使いこなせるわけがない』

 リロードの終了と共に、再び「発射」の命令が下される。右から左へ、左から右へ。今度は十二発中五発的中した。

『……銃タイプの人形は、「扱いは難しいが使いこなせば強い」と言われているらしいけど、確かにその通りだ』

「扱いが難しい人形で、がっかりしたか」

『まさか。ミルキーウェイの時だって死ぬほど試行錯誤したんだ。このくらいで根を上げてちゃ、人形師失格だ』

 リロードが完了して、全弾発射。今度は六発的中。再びリロードして、全弾発射。今度は三発的中。

『そう簡単に、上達するわけがないよな。スカーレット、これから夜までひたすら練習を続けるけど、覚悟は出来てるよな』

「もちろん。私は人形だ、君が音を上げるまでとことん付き合ってやれる」

 返答の代わりに、「発射」の命令が来た。頷いて銃を構えて、走りながら引き金を引く。

 それから、蹄人とスカーレットの射撃練習、もとい特訓の日々が始まった。

 初めは動かない的の中央に、全弾命中させる練習。最初は当たらないことも多かったが、何日か繰り返すうちに、全弾ちゃんと命中するようになってきた。

 一週間後にはすべての的の中央に当てることが出来るようになり。的を小さくして同じことを繰り返して。豆粒ほどの小さな的にも当てられるようになったら、次は動く的を使って練習する。

 さらに一週間かけて動く的にも全部当てられるようになったら、次はドーム内部を変化させて、様々な地形に配置された的を撃ちぬく練習をする。

 変化する戦場での射撃に慣れてきたら、カットと巻にも協力してもらい、実際の戦闘に近い形の練習を行う。

 もっともいちいちドームを展開して、正式な人形決闘を行っていたらコストが馬鹿にならないため。使いまわしのできる練習用ボトルを改造して、ヒットポイント無限の模擬試合ができるようにして練習を重ねた。

 約二週間、実戦とほぼ同じ形の模擬戦を繰り返し戦い続け、最後の方では無傷のまま、カットのヒットポイントを全て削り取るまでになった。

「人形決闘のコツは、指示を送る人間と、対戦相手と戦う人形が、どれだけ一つになれるかにかかってるんだ」

 ある日の夜、練習を終えてカットの用意した夕食を食べながら、蹄人がスカーレットにそう言った。

「例えば人間がちゃんとした射撃の技術を身につけようとすると、とてもじゃないが数週間じゃ足りない。人形が戦術を学ぶには、多大なコストをかけて中枢部分を大きく調律しなければならない。でも人形決闘で一つになれば、お互いの欠点を補える。あとはどれだけ、すり合わせが出来るのかにかかっている」

 蹄人は決して自分から口には出さないし、わざわざ見せようともしないのだが、スカーレットは知っていた。

 鞄の中に入っている、人形決闘のための勉強ノートが、いつの間にか二冊目になっていることを。その二冊目も、もうすぐ埋まってしまうということを。

 もっとも口に出せば、蹄人はきっと嫌がるだろうから、絶対に喋りはしないのだが。人形を「道具モノ」だと言っている割には、その「道具モノ」に対して随分と熱心になってくれることが、スカーレットは少しだけ嬉しかった。


 人形決闘の練習を始めてから、一か月後。

 いつも通り学校から、巻のところに向かった蹄人は。部屋の中に入るなり、出迎えたスカーレットに言い放った。

「実戦、やりにいくぞ」

 だいぶ形になってきたとはいえ、カットとの模擬戦では限度がある。それに短剣タイプのカットとばかり戦うことで、変な癖がついてしまうことも避けたい。

 だからこそ、実戦で様々なタイプの人形と戦うことによって、より技術とセンスを磨いていくのが、今後は一番合っているだろう。

 そう思っての、発言だったのだが。一番大きなリアクションを見せたのは、スティック状の乾パンを食べていた巻だった。

「そりゃ、確かにここから先は実戦で鍛えるのがいいと思うけどさ。ミルキーウェイの一件で、ランキングへの参加権は永久剥奪されてるだろ。勝ってもランキングが上がらない相手と、人形決闘してくれる人形師なんかそうそういないぜ」

 人形管理協会が運営している、人形決闘のスコアランキング。管理協会の会員アカウントから簡単に参加・登録出来て、この順位をもとに公式大会の参加者が決められることも多い。

 かくいう蹄人も一年前、連日の人形決闘でランキング第三位のスコアを叩き出し、ラストホープ・グランプリの出場権を勝ち取ったのだが。

 準決勝におけるミルキーウェイの一件で、公式大会の出場権と共に、スコアランキングへの参加権も剥奪されてしまったのだ。

 ランキングに登録していない人間が、人形決闘の相手を見つけるのは難しい。問題を起こして参加権を剥奪された人とは、猶更戦いたくないことだろう。

 だが。蹄人はにやりと笑って、人差し指を立てた。

「ああ、それはちゃんとわかってる。でも一つ、心当たりがあるんだ」

 今までさんざん、白い目で見られてきたことが。今までさんざん、陰口を叩かれてきたことが。今日この日ほど、有難いと思ったことはなかった。

「筒道高校の、人形決闘部に殴り込みに行く。今までさんざん、僕のことを軽蔑してきたやつらが、僕が新しい人形と契約したことを知ったら、一体どんな反応をするだろうね」

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