EPISODE4 久しぶりの人形決闘

 気が付いたら、スカーレットは分厚い本のぎっしりと詰まった本棚の並ぶ、大図書館の中に立っていた。どうやらこれが、今回のドームの内容らしい。

 市販のセットアップボトルによって生み出されるドームの内部は、千種類を超える候補中からランダムに決められるのだが。当然人形の武装との相性によって、戦闘に有利不利が生まれてくる。

 銃タイプのスカーレットにとって、高い本棚が射線を遮りやすい図書館は不利になるだろう。もっとも対戦相手の人形、カットのタイプにもよるのだが。

『……なるほど、これがお前の戦闘形態か』

 素早く拳銃の撃鉄を起こして、周囲を確認するスカーレットの脳内に、蹄人の声が響き渡ってくる。

 人形決闘ではドームの外にいる主人と、人形の視覚・聴覚・嗅覚が共有される。人形から得られる情報を頼りに、利き手につながった「操作糸」から戦闘に関する指示を出す。それが人形決闘における、主人の役割なのだ。

 そして。スカーレットの姿は、先程までドームの外にいた時と大きく変化していた。

 赤い長髪は後ろで一つにまとめて、衣服は濃紺のスーツに変化している。そして両手には、己の武器である二丁の赤い拳銃。

『ふむ。大体はミルキーウェイと同じだけど、一つだけ教えてくれないか。マジックポイントのゲージの下にある、この「12」って数字は何なんだ?』

「残弾数だ。左右の拳銃に六発ずつ、合計十二発。撃ち切ったら一定時間でリロードされる」

『なるほど、銃タイプならではのステータスなのか』

 人形のヒットポイントとマジックポイントは、主人の利き手ではない方の手に表示される。五本指の指先が輝き、一回被弾するごとに一本消える、それがヒットポイント。その下の手の甲に刻まれた、緑色のゲージがマジックポイント。さらに銃タイプの場合、その下に残弾数が表示される。

 残弾数について知らなかったということは、蹄人は銃タイプの人形を扱うのは初めてなのだろう。前のパートナーであった、ミルキーウェイが何タイプだったかは分からないが、少なくとも銃タイプではなかったようだ。

『銃タイプを使ったことのない僕が、お前を上手く使いこなせるか、心配なのか、スカーレット』

 頭の中で響く蹄人の言葉を、スカーレットが慌てて否定する前に。蹄人は低い声で、次の言葉を重ねた。

『誰だって使ったことのない道具を、初めて使う時は下手なものだから。だから上手に使えるようになるために、こうしてマッキーとカットに付き合ってもらってるんだ』

「……ああ、そうだな」

『よし、それじゃあ行くぞ―――噂をすればさっそく、だ』

 スカーレットに蹄人から、「回避」の命令が下されると同時に。本棚の隙間を縫って、一本の鋏が飛んでくる。

 思い切り地面を蹴って前方に跳び、真っすぐ向かってくる鋏を回避する。通り過ぎて行った鋏は、通路の向こうにある本棚の、本と本の隙間に刺さったようだ。

「……避けましたか」

 拳銃のグリップを握りしめて身構えるスカーレットの正面、鋏が飛んできた通路の入り口から、対戦相手であるカットが姿を現した。

 カットもスカーレットと同じく、黒いシャツとズボンにエプロンを身に着けた姿から、つぎはぎだらけのローブのようなものを纏った戦闘形態に変化していた。また彼の顔の横には、黒く輝く一本の鋏が浮遊している。

 搭載されたオプションの一つであるアナライズ機能が、「短剣タイプ」という結果を弾き出す。だが普通の短剣タイプには、あんな風に武器を浮遊させる能力はないはずだ。

『そうだ。言い忘れてたんだけど、カットはかなり強いから。マッキーの手によっていろいろカスタムされてる上に、指示を出すマッキーの実力も高い。なんたって子供の頃から、僕とやりあってきたんだから』

 話しながら、蹄人から「後方回避」の指示が追加で送られてくる。いつの間にか本の隙間から抜け出して、背後から襲い掛かってきたもう一本の鋏を、スカーレットは素早くしゃがんで回避する。

「そっちは銃タイプみたいですね。さすが、素早い」

 武器である二本の鋏を、体の左右で浮遊させながら、正面に立つカットが呟く。小手調べはこれで、終了といったところだろうか。

 ならば今度は、こっちの番だ。蹄人から送られてきた、「攻撃」の指示を受けて。スカーレットは銃口をカットに向けると、引き金を引いた。

 鮮やかな銃声と共に、両手の拳銃から深紅の二発弾丸が発射されるが。カットの方が少しだけ、反応が早かった。

 彼は元来た通路にバックステップで引き返すと、右に飛びのくようにして射線から外れる。放たれた弾丸はそのまま直進して、最初にカットの放った鋏と同じように、正面に設置された本棚に刺さった。

 すぐさま、蹄人から「追跡」の指示が出される。指示通りに、スカーレットはカットの後を追って通路を出ると、右に曲がった。

 直後。待ち構えていたカットが、手に持っていた鋏をスカーレットの顔面に突き立てる。人形決闘中の攻撃で、人形が傷つくことはないが。ヒットポイントが一つ減少したことが、はっきりと感じられた。

 迎撃によってスカーレットが数歩後退すると同時に、カットの方も下がりながら、握っていた鋏から手を離す。離した鋏はもう一本と同じように、再びカットの周囲を浮遊し始めた。

「一本取りましたね」

「くっ……」

『まだヒットポイントは4つもある、焦るな、スカーレット。カットの鋏じゃ弾丸は弾けない、今度こそ反撃の時だ』

 蹄人から「連射攻撃」の命令が下される。命令されるがまま、スカーレットはカットに銃口を向け、連続で引き金を引いた。

 いくら鋏での攻撃が強いとはいえ、高速で放たれる複数の弾丸を、すべていなすことはできない。

 それは向こうも理解しており。鋏で弾丸をはじくことはせず、近くにあった本棚から一冊の本を抜き取ると、それでいくつかの弾丸を防ぐことにしたようだが。

 大きくて厚いとはいえ、本一冊ですべての弾丸を防ぎきることはできず。三発ほど、放たれた弾丸がカットの体に食い込むのが見えた。

「ぐっ……防ぎきれるとは思ってませんでしたが、思ったより食らってしまいましたね」

『よし、これでこっちがだいぶ有利に―――』

「―――ところで、どうして俺が防御に鋏を、使。その理由分かりますか」

 穴だらけの本を、カットが投げ捨てると同時に。蹄人から超高速で、「後方回避」の命令が送られてきた。

 だが時すでに遅く。いつの間にか放たれていた、二本の黒い鋏が。命令を受けた直後のスカーレットの背中に、深々と突き刺さったのだ。

 ヒットポイントが2つ減少したのが分かった。スカーレットに刺さった鋏は抜け、持ち主であるカットの元へと戻っていく。

 膝をつくスカーレットの前で、カットは戻ってきた鋏を両手で握ると、何を思ったのか堂々とスカーレットに近づいてくる。

『な……血迷ったのか、マッキーはっ』

 動揺で叫びながらも、蹄人から「攻撃」の指示が送られてくる。膝をついたまま、スカーレットは両手の拳銃の銃口を向け、引き金を引く。

 左手の銃からは、一発の弾丸が発射され、カットの肩を貫いたものの。左の銃はただカチリと鳴っただけで、弾が発射される様子はない。

『くそ、弾切れか―――』

「そう。お互いヒットポイントは2であるものの。あなたの拳銃には、残り一発の弾丸しか残っていない。リロードには時間がかかる。一方こちらには両手に、二本の鋏がある」

 話し終えると同時に、距離を詰めたカットは、両手に持った二本の鋏をスカーレットに振り下ろす。鮮やかな、二撃。ヒットポイントが綺麗になくなったのが分かった。

「チェックメイトです、スカーレット」

 カットの勝利宣言と共に、スカーレットの視界が黒く染まる。決着がつくと同時に、ドームが閉じて人形は外に転送されるのだ。

『……ちくしょう』

 ドームの外に出る前、最後の瞬間。蹄人が悔しそうに、そう呟くのが聞こえた。


「で、動かしてみた感想はどうだった?」

 ドームが消えたテーブルの上に、いったん片づけたガラクタを並べ直しながら、巻が考え込む蹄人に聞いてきた。

「銃タイプに関する知識が足りない。それに練習も必要だ。連射だけじゃなくて、単発でもしっかりと当てられるようにならなきゃ、とてもじゃないが使いこなせない」

 ぶつぶつと呟きながら、蹄人は己のスマートフォンで、銃タイプの人形について検索をかけ始める。まずは基礎知識を勉強し、銃タイプの人形について理解を深めなければ。

 初めて使うのだから仕方がないと、相手が強かったんだから当然のことだと、言ってしまうのは簡単なことだが。割り切ってばかりでいると、いつまで経っても敗北から学ぶことはできない。

 悔しさから目を背けるのではなく、己の糧にしろ。スマートフォンを眺めながら、蹄人は歯を食いしばった。

「……まったく、昔から負けず嫌いなんだから」

 画面を睨みつけるように見つめる蹄人に、巻は呆れた表情を向けてから。傍らに立つカットの背中を、軽く叩いて笑みを浮かべる。

「ともかく。お疲れ様、カット。久しぶりの人形決闘だったけど、よくやったよ」

「どういたしまして、巻」

「ただし、武器浮遊オプションの追尾性能がまだまだ甘い感じだから、また明日調整するからな」

「ええ、俺も戦闘中に同じことを思ってました。以前よりは改善されたものの、一度回避されると追尾が緩くなる」

「うむ。それから、スカーレット」

 検索を続ける蹄人を、無言で見守っていたスカーレットは。名前を呼ばれて驚いたように、巻の方へと顔を向ける。

「ティトはこんな奴だけどさ。口にこそ出さなけど、心の中じゃ人形のことを何よりも大切に思ってるから、どうか仲良くしてやってくれよ」

「うるさい」

 スカーレットが答える前に、蹄人がスマートフォンから顔を上げて、巻を睨みつける。

 だがすぐに、表情から力を抜いて。蹄人は困ったような表情をしている、スカーレットに視線を向けた。

「カットとマッキーに負けたのは、俺の責任だ。銃タイプについてあまりにも無知で、お前のことを使いこなせなかった」

「そんなこと―――」

「道具を使いこなせないのは、持ち主に責任がある。すまない、スカーレット」

 スマートフォンを持つ手を下げて、蹄人はスカーレットに頭を下げる。一度使ってみただけでも、スカーレットが良い人形だということははっきりと分かったのに。それを使いこなせず、無様に敗北させてしまった自分が、不甲斐なくて仕方がなかった。

「謝ることなんてない。初めてにも関わらず、相手を残りヒットポイント1まで追い詰めたんだ。勝負には負けたけど、戦っていてとても楽しかった」

 目を閉じて、スカーレットは蹄人の肩に手を置く。蹄人は少しだけ、眼鏡の奥の目を見張ってから、表情が見えないように俯く。

「……でも、負けは負けだ。負けるのはやっぱり悔しい。だから次は、絶対に勝つ。そのために、練習に付き合ってくれるよな、スカーレット」

「ああ、もちろんだ。私は君の道具モノだからな、いつだって、君に付き合ってやるさ」

 肩に置いた手を動かして、スカーレットは蹄人の頬に触れる。蹄人は何も言わなかったが、スマートフォンを持っていない手を動かして。そっと頬に触れるスカーレットの手の甲に、自分の手のひらを重ね合わせた。

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