マリオネット・プライド~操り人形の矜持~

錠月栞

アバンタイトル

EPISODE0 プロローグ

 五百万を超える観客が、しっかりと試合を観戦できるよう、会場の中央上部設置されたモニターには。蹄人ていとと対戦相手の結翔ゆいとの顔写真が、高画質ででかでかと表示されていた。

 不愛想な蹄人の顔の下には、「LOOSE」の文字が。笑顔満点な結翔の顔の下には、「WIN」の文字が。それぞれ極太のフォントで、明らかに鮮やかに表示されている。

 では顔写真の本人たちはというと。モニターの真下に設置された大きなステージの上で、今まさに消滅してゆくドームを挟んで向き合っていた。

 会場の座席を埋め尽くす観衆が、息をのんで見守る中。通常のものよりも大きい、大会のために用意された特別製のドームが消え去ると。

 敗北した蹄人はがっくりと膝を折って、冷たいステージの床に手をついた。

「負けた……くそ、途中までは、途中までは完璧だったのにっ」

 握りこぶしで床を殴りつける蹄人に、対戦相手で勝利者の結翔が。ドームの中から戻ってきた伴侶人形パートナードールのハルカと共に、冷ややかな視線を投げかけてくる。

「蹄人……お前がなんで俺に負けたのか、分かるか」

 諭すような、それでいて責めるような口調に。蹄人は勢いよく顔を上げて、敗者らしく結翔とハルカを睨みつける。

「僕の力量不足だ。僕がミルキーウェイを、上手く扱えなかったから。僕がミルキーウェイを、しっかりとコントロールできていれば、こんなことには―――」

「違う!」

 叫ぶと同時に、結翔は蹄人を殴りつける。掛けていた眼鏡が床の上に落ち、滑るように転がっていった。

 大会規定では、暴力沙汰は即刻出場停止となるはずだが。スタッフの誰もが結翔を止めようとはせず、観客の誰一人として非難の声をあげる者はいない。

 鈍い痛みの残る頬を押さえながら、若干ピントの合わなくなった目で、蹄人はそれでも結翔とハルカを睨み続ける。結翔もハルカも、怒りと哀れみが混じった表情をしているのが分かった。

「お前の力不足なんかじゃない。お前は人形師マリオネッターとして一流だよ……ただ、お前は人形を、大切な仲間を道具として扱った。だから、負けたんだ」

「あんな風に、ミルキーウェイの提案を拒否し続けて、同じような作戦ばっかり実行するんじゃなくて。パートナーの意見もしっかり聞いて、一緒に戦っていれば。こんなことには、ならなかったと思います」

 違う。どう考えても、あの戦い方がミルキーウェイには一番合っているはずだ。それなのに、ミルキーウェイが蹄人の支持を無視し、強制に抗って自らハルカの放った攻撃を食らったせいで負けたのだ。

 この場でそう言ってやりたいが、言えば間違いなく「人形のせいにするな」と怒られるため、蹄人は歯を食いしばって口をつぐんだ。自分がコントロールできなかったのが、敗因のくせに。それを道具モノのせいにするなんて、みっともないことだ。

 悔しさと怒りに無言で耐える蹄人の前で、結翔はふっと表情を緩める。

「なあ、蹄人。ミルキーウェイのこと、いい加減道具じゃなくて仲間だって認めてやれよ。あいつはとてもいい人形なんだ、ちゃんと話し合えば分かり合えると思うぜ」

「うるさいっ。人形は道具だ、仲間なんかじゃないっ」

「……そうですか」

 耐えきれなくなって、思わず叫んだ蹄人の背後から。悲しみも怒りも何の感情も籠っていない、聞き馴染んだ声が聞こえてきた。

 膝をついたまま、蹄人はゆっくりと振り向く。そこには自分の伴侶人形である、ミルキーウェイが立っていた。

 淡い虹色のややウェーブのかかった長い髪に、金色の瞳。衣装はこの日のために、蹄人が用意したものを身に着けている。

 ただしその眼差しには、蹄人に対する失望と軽蔑の念が、多分に含まれていたのだが。

「結翔さんに負けたら、あなたも変わるのではないかと、思っていたんですけれど。残念ながら、あなたは私の思っていた以上に、どうしようもない人間だったみたいですね」

「ち、違う、僕は僕なりに、お前のことを―――」

「知っています、『道具』として大切にしてくれていたのでしょう」

 冷たい言葉を、容赦なく蹄人に投げかけるミルキーウェイの背後に。小さな黒い針を持ったスタッフが近寄ってくるのを見つけて、蹄人はたまらずに手を伸ばて叫ぶ。

「待て、待ってくれ、ミルキーウェイは僕の人形だっ、ずっと大切にしてきたのに、こんなことで、こんなことで契約を引き裂くなんてっ」

 あの針がミルキーウェイに刺される前に、何とかして止めなければ。立ち上がった蹄人は拳を握りしめて、針を持ったスタッフに襲い掛かろうとする。

 だが別のスタッフが、瞬く間に蹄人を取り押さえて。強制的に服の袖を捲られ、ミルキーウェイに刺されるものと、対になるもう一本の白い針を押し当てられる。

「待ってくれ、ミルキーウェイっ、僕は、僕はお前のことを―――」

「もういいです。何を言っても無駄です。人形を道具として扱うあなたの元に、私が戻ることはもう二度とないでしょう」

「ミルキーウェイ―――」

 五年間連れ添ったパートナーの名前を呼んでも、返事はなかった。

 目の前にいるミルキーウェイの首筋に、針が刺されて。蹄人自身も己の腕に、鋭い痛みを感じる。

 それで、お終い。それが、一年前のこと。

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