第2話

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 002_従士たち

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 改めて借金の額を確認すると、大変な額だった。予想よりも多いことにロドニーは頭を抱えた。


「こんな状態でよく領地経営できていたな……」


 前世の記憶を思い出したことで、簿記を取り入れて帳面をつけてみた。それによれば、借金がなければ税収内でなんとかやっていけるが、借金の利子を払うだけでその年の税収を越える額が必要なのだ。

 つまり、現在の税収の倍の税収が必要になるのだ。しかも、これは利子を払うだけなので、元金を減らそうとするとさらに多くの税収が必要になる。

 どう考えても税収だけではやっていけないことに、眩暈を覚えるロドニーだった。


「こんなこと、分かりたくも理解もしたくなかった」


 借金をしている相手は3名。寄親よりおやであるバニュウサス伯爵、商人のハックルホフ、そしてメニサス男爵。

 このうち、バニュウサス伯爵は返済を待ってもらえるだろう。寄親のバニュウサス伯爵に対して、ロドニーのフォルバス騎士爵家は寄子よりこになる。この寄親と寄子の関係は、その字が示しているように親子関係に近い主従関係だ。

 そういった関係を維持するために、バニュウサス伯爵家はフォルバス騎士爵家を見放すことはしない。それをしてしまうと、困った時に助けてもらえないと他の寄子に思われてしまい、主従関係が成り立たなくなってしまうからだ。

 それに、もしもフォルバス騎士爵家が他の貴族の寄子にでもなったら、バニュウサス伯爵は面子を潰されて笑いものになる。それは、貴族の世界では恥ずべきことであった。

 だから、嫌な顔はされるだろうが、頭を下げれば返済を待ってもらえるはずだ。


 商人のハックルホフは母シャルメの実父。ロドニーにとっては祖父になる。ロドニーが頭を下げれば、借金の返済を待ってくれるだろうし、額を地面に擦りつければ借金をチャラにしてくれる可能性もある。場合によっては、さらなる借り入れもできるはずだ。ハックルホフというのはそう言う人物だと、ドロニーは受け取っている。

 だが、そこまではできない。最初に甘えてしまっては、あとはなし崩し的に甘えることになるだろうから。


「しかし、借金とは別に援助を受けていたのに、それら全てを売って借金の返済に充てていたのか。なんというか、情けない話だけど、それほど困っていたんだよな……」


 祖父からの援助を父は借金返済に充てていた。そのおかげでロドニーたちは碌な服も着れなかったし、食事も粗末なものだった。


「俺も父さんのことは言えない状況なんだよな……貧乏がいけないんだよ」


 3名の中で最も面倒なのがメニサス男爵。男爵は騎士爵よりも上の爵位だが、バニュウサス伯爵家の寄子同士で横並びの相手だ。

 血縁関係もなければ、主従関係もない。ある意味同等の関係だが、それだけに厄介だ。


「父さんの見舞金を使ってもメニサス男爵の借金は全額返せないか」


 当主が戦死したことで、王家から見舞金が下賜されている。それを返済に充てても、メニサス男爵の分さえ完済できない。


「金がないなら稼ぐしかない。だが、どうやって稼ぐ?」


 頭に浮かんだ案は1つ。特産や名産となる産業の創造。

 産業の創造は、今すぐどうこうできない。だが、まったくノーアイディアだというわけではない。

 案はあるが、お金を稼ぐまでになるには、さらなる出費が必要になる。その出費と産業が形になるまでどうやって凌ぐか、それを先に考えなければならないのが頭が痛いところだ。


 産業を興したらロドニー自身が戦闘力をつける必要がある。騎士爵家の嫡子だったので、剣の訓練は幼い時からしてきた。しかし、ロドニーには剣の才能はまったくと言っていいほどなかった。

 幼い時から毎日剣を振って訓練してきたが、なぜかまったく様にならないのだ。父親も剣の才能はなかったので、その血を色濃く受け継いだのだろうと一時期は諦めかけた。だが、ロドニーは努力だけは続けてきた。

 領主となった以上は、まったくダメな剣術を補う力が必要になる。そのためには、迷宮ラビリンスに入らなくてはならない。


 ラビリンス内にはセルバヌイと呼ばれる化け物が巣食っている。セルバヌイは人間を襲う。肉食というわけではなく、人間を襲えと本能に刻まれているからだ。

 人間を襲うセルバヌイを倒すと、死体は消えてなくなってしまう。代わりに生命光石というものが残る。その生命光石を取り込むと、希に根源力を身に着けることができる。

 根源力というのは戦闘に役立つ特殊な力だ。貴族なら誰でも最低3つは覚えているのが常識の力であった。


 また、生命光石は換金できるので、金になる。ただし、貴族は毎年決められた数の生命光石を王家に納めなければならない。要は上納金のようなものだ。


 ロドニーは根源力を1つも覚えていない。王家に上納する生命光石を集めて残った分は、借金の返済に充てるために換金していた。そのためロドニーに生命光石が回ってこなかったのである。


「産業を興して借金を返しても、戦争で死んでは元も子もない。産業を興しながら力をつけなければいけないのか……大変だな」


 兵士には今まで通り王家へ上納する分を集めてもらい、ロドニー自身が自分用の生命光石を集めるしかない。そう考えたロドニーの行動は早かった。


 ロドニーは従士たちを集めた。最底辺の貴族である騎士爵家だが、従士と言われる家臣が存在する。

 従士家は5家あるが、3名の従士がロドニーの父親に従って出征した。その3名の従士のうち1名は戦死している。残りの2名はなんとか生き残っているが、怪我をしているのでしばらくは動けない。そのため、2名は療養中で出席できない。

 集まった3名のうち2名は50代。1名はロドニーの2歳年上の幼馴染の女性だった。


「急な参集に応えてくれて、感謝する」


 先ずは急に呼び出したことに対して、軽く謝意を述べた。


「早速で悪いが、当家は崖っぷちだ」

「ロドニー様。崖っぷちというのは、どういう意味でしょうか?」


 確認してきたのは、従士長のロドメルだった。ロドニーの祖父の時代から従士をしている偉丈夫な人物で、最古参の従士である。年齢を感じさせない筋肉質で、覇気のある雰囲気を纏っている。


「このままでは当家は破綻する。金がないのだ」

「金……ですか」


 ロドメルだけではなく、他の2名も眉間に皺が寄った。貴族は金に頓着しないというのが、この国の常識なのだ。実際には守銭奴のような貴族が多いが、そういった者ほど建前を笠に着る。

 前世の記憶を持つロドニーにとって、この現状は看過できなかった。贅沢三昧の生活をしたいと思ってはいないが、それでも今日食べる食事にも窮するような貧乏な暮らしはしたくない。


「当家は膨大な借金を抱えている。今の税収では元金どころか金利を返済するのもままならない」

「ベック様は何も仰っていませんでしたが……」


 もう1人の50代従士のホルトスが口を開いた。彼も祖父の時代から従士として仕えている人物だ。体形はロドメルのような偉丈夫ではないが、それでも成長途上のロドニーよりは逞しい。


「皆に心配をかけないようにと、黙っていたのだろう。俺も知らなかった。だから、この土地特有の産業を興すことにした」


 3名の表情が曇っていくのが分かったロドニーだが、やらなければ夜逃げしなければならない状況なのだ。


 5つの従士家には、それぞれ畑がある。そこから収穫される穀物や野菜は全て従士家のものなので、下手をすれば借金まみれの主家であるフォルバス家よりも良い生活をしている。

 そういったことを認める代わりに、フォルバス家のために働いてもらっているのだ。


「産業を興すと仰いますが、簡単ではないですぞ」


 ロドメルが渋い表情をして聞いてきた。


「分かっている。だが、案はあるので、協力してほしいんだ」

「その案とはなんでしょうか」

「東の森の中にある。大丈夫だ、これは産業になる」


 東の森の中に自生しているある植物を加工すれば、産業になるとロドニーは説明した。

 3名の表情は暗いものだが、これはロドニーの説明を聞いても理解できなかったのが大きい。ロドニーも前世の記憶がなければ、その植物を使った産業を興そうとは思ってもいなかったのだから、3名の表情に不満はない。


「……分かりました。難しい話はこれからしっかりと聞くことにしますが、産業を興す一助ができればと思います」

「某もロドメル同様、ロドニー様のお考えを支持します」


 古参の2人はロドニーの考えを支持した。これは、当主となって初めての政策にケチをつけない配慮なので成功するとは思っていない。


「やってもいないことに良し悪しの判断はできないわ。やってから文句を言います」


 初めて口を開いた3人目の従士ユーリン。ロドニーの父親と共に戦死した従士の娘だ。弟が家を継いでいるが、その弟はまだ9歳なのでユーリンが代理で出仕している。その緋色の瞳はまるでロドニーを睨みつけているようだが、それは気の強さを表しているだけでロドニーに隔意があるわけではない。


「ユーリンは相変わらずだな」


 今回、怪我をした2名と戦死した1名には、フォルバス家から見舞金がそれぞれ出されている。この借金苦の中で痛い出費だが、それでもこれを出さないと今後の主従関係に関わってくる。借金苦の中でそれをしたロドニーを、ユーリンは頭ごなしに否定したくなかったのだ。


「さて、話はもう1つある」


 3名が聞く姿勢を取る。


「今後、俺もラビリンスに入ってセルバヌイを倒すつもりだ」

「なんと、ロドニー様自らラビリンスに入られるのですか」

「いずれ俺も戦場に出なければならない。その時に根源力を持っていなければ生き残れないだろう。だから、俺は俺のためにラビリンスに入って根源力を得る」


 そのことには3名も納得するものがある。根源力があるとないとでは、戦闘力は大きく違ってくるのが分かっているからだ。それに、逃げるのも根源力は役に立つ。


「父さんが死に、当家は3年間の戦役免除期間がある。その間に、産業を興して借金を返し、根源力を得て戦闘力を上げる」


 従士たちは兵を率いて上納用の生命光石を集め、ロドニーは1人で自分のための生命光石を集める。自分が置かれた立場を踏まえて、現状と将来像を3人に語って聞かせた。


「ロドニー様がやると言うなら止めはしません。しかし、1人でラビリンスに入られるのはさすがに看過できるものではありません」


 ユーリンが鋭い視線で、ロドニーを射貫くように見つめる。


「ユーリンの言う通りですぞ、ロドニー様。ラビリンスは危険な場所です。せめて兵士を連れていってください」

「某もロドニー様お1人でラビリンスへ入るのは反対です。ロドメル殿の言うように兵士をお連れください」

「それでしたら、私が同行しましょう」


 ユーリンがロドニーと共にラビリンスに入ると申し出たことで、2人の表情が和らいだ。


「ふむ、ユーリンなら良いか。のう、ホルトス殿」

「ユーリンが一緒ならば安心だ」


(俺って信用ないんだな……だが、ユーリンは実績あるもんな)


 ロドニーとユーリンは幼馴染として、幼い頃は一緒に遊んだ仲だ。その頃からユーリンは活発でチャンバラをしたら、すぐにロドニーが打ち負かされていた。

 それは今でも同じで、その剣の腕の差は天と地ほどもある。ロドニーにはない剣の才能がユーリンにはあった。そして、ユーリンは今は亡き父親たちと一緒にラビリンスに入って、実績を積んでいた。それは剣の才能がなかったロドニーとは違って、他の従士や兵士たちの信頼に繋がっている。


「上納用の生命光石は、我らがしっかりと集めます。ロドニー様はユーリンを連れてラビリンスへ入ってください。決して1人では入らないように、お願いします」

「3人がそう言うなら、従おう。ユーリン、頼んだよ」

「任せてください」


 ユーリンは弟を護ろうとする姉のように、胸を張って答えた。彼女自身も父親を亡くしているが、そういったことをおくびにも出さない。それが自分よりも大人びていると感じるロドニーだが、それは違う。

 ユーリンも悲しいのだ。しかし、悲しんでいる暇はない。実の弟だけではなく、幼馴染で弟のようなロドニーをひとかどの人物に育てるという指名が彼女にはある。彼女1人だけで成すことではないが、責任感の強い彼女はしないといけないと思い込んでしまっている。

 特に頼りない幼馴染が領主になったので、自分がしっかりしなければと考えているのだ。責任感と気苦労が絶えない17歳の少女は、気づかないうちに気を張ってしまうのだった。


 

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