最北領の怪物 ~借金地獄から始まる富国強兵~

なんじゃもんじゃ/大野半兵衛

第1話

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 001_辺境領継承

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 セルド地方ゴドルザークの森の中に遺跡が発見されて50年が経とうとしている。

 遺跡からは多くの遺物が発見される。今では作ることもできない数々の遺物を巡り、クオード王国とジャバル王国は争っていた。


 元々、クオード王国はセルド地方を領有していたが、遺跡が発見されたことでジャバル王国が侵攻してきた。それほど遺跡から発見される遺物が素晴らしいものなのだ。


 カルグ戦役が終わった。セルド地方にあるカルグという町のそばで行われていたことからカルグ戦役と呼ばれているが、過去に何度もこの地で戦いが行われているので今回は『第六次カルグ戦役』などと言われている。


 第六次カルグ戦役では、クオード王国が勝った。ジャバル王国軍が先に撤退したから、クオード王国が勝ったと判断されている。

 ただ、クオード王国の南部貴族軍がジャバル王国軍を受け止めることができず、そこから流れた一部の部隊が北部貴族軍へ横槍を入れたため大きな被害が出ていた。


 クオード王国騎士団が敵ジャバル王国軍の中央を破ったことでジャバル王国は撤退したのだが、その時には北部貴族軍を始めとしてかなりの被害があった。しかも、ジャバル王国の殿しんがり部隊が良い働きをしたことで、追撃を諦めることになったのだ。


 クオード王国が戦後処理を完了させるのに、第六次カルグ戦役が終結してから2カ月ほどを要した。北部貴族の戦死者が多かったことが原因で、さらには北部貴族軍と他の貴族軍の被害が多かったのは南部貴族の責任だという声が多かったためだ。

 国王は今回の件について南部貴族に瑕疵はないとしたうえで、南部の貴族たちに見舞金を出すように命じた。もちろん、国からも見舞金が出されたが、北部の貴族たちはそれで納得することはなかった。しかし、一様の決着がそれによってついたことになった。


 クオード王国の最北の地に、デデル領という土地がある。最北の地だけあって冬は凍てつく寒さに苦しみ、夏はそこまで暑くない。お世辞にも肥沃とは言えない領地だ。


 水平線に太陽が沈むのを、1人の少年が見つめていた。その目には悲しみとも動揺ともとれる揺らぎがあった。それというのも、少年の父親のベックが戦死したからである。決して有能な父親ではなかったが、それでも家族を大切にしていた父親だった。頼りない父親だったが、嫌いではないかった。その父親を想って海風に身を任していた。


「この世界に生まれて15年。こんなに早く自立しなければいけないとは思ってもいなかったな」


 彼、ロドニー=エリアス=フォルバスは、クオード王国の辺境の土地であるデデル領を治める騎士爵家を継承することになった。家はお世辞にも裕福とは言えず、継いだなら苦労することは目に見えている。

 自分に領地経営などできるだろうかと、自問自答しても答えは出てこない。自信などないがロドニーが継承を拒んで逃げ出したら、13歳の妹に婿を迎えて家を存続させることになる。それではあまりにも妹が不憫だ。だから、自分が家を継がなくてはならないと思った。


「やるしかないか」


 固く拳を結んで、水平線に沈む太陽にやってやると誓った。


 騎士爵は貴族でも最底辺の家柄で、治める領地の人口は少ない。それでも戦争が起これば従士を従えて戦地へ赴くことになるし、下手をすれば王家からの命令で普請(道路工事や治水工事など)をしなければならない。

 父親も隣国ジャバル王国との戦争に出征して帰らぬ人になった。その父親からルルデ領と小さな村の統治を受け継いだ。


 重い足取りで家に戻る。屋敷ではない。家だ。

 ロドニーはまだ知らないが、フォルバス家の家計は火の車。屋敷などという立派な建物を所有するなんてあり得ない状況であった。


「ロドニー様。お帰りなさいませ」


 家に入ると唯一の使用人であるリティが向かえてくれた。

 祖母くらいの年齢のリティもロドニーの祖父の時代に夫が戦死していて、それ以来メイドとして働いてくれている。


「ただいま。母さんとエミリアは?」

「奥様のお部屋です」


 家の中は暗い。油が勿体ないから照明が最低限のランプとロウソクだけなのもあるが、父親が戦死したことで空気が重苦しいのだ。

 母親の部屋の扉をノックし、扉越しに帰ったことを告げると妹のエミリアが出てきた。


「おかえり、お兄ちゃん」

「ただいま。母さんはどうだ?」


 男の子に混ざって剣の訓練をするような活発な妹だが、今はとても表情が暗い。


「今、寝たところ」

「そうか。エミリアにも休んでおけよ」

「うん」


 エミリアが抱き着いてきた。体が小刻みに揺れている。悲しいのを我慢していたのが分かる。エミリアをしっかりと抱き頭を撫でてやると、むせび泣く。


「たくさん泣くといい。俺がエミリアを護るからな」

「うん……」


 エミリアが落ち着くまで頭を撫でてやる。

 父親の戦死の報を聞いて真っ先に大人の母親が倒れた。悲しいのは分かるが、子供のエミリアよりも取り乱していた。あまりにも頼りない。だから、ロドニーがしっかりしなければと思った。


 夜、エミリアが寝入ってから、ロドニーは父親の仕事部屋に入った。これからはロドニーの仕事部屋になる場所だ。それほど大きくないが、書棚には歴代当主が集めた本がびっしりと収められている。まるでフォルバス家の歴史が詰まっているように、ロドニーには見えた。

 本というのはそれなりに高額で、誰でも買えるものではない。だから、父親が本を買ってきた記憶はない。それでも、この仕事部屋の本棚には本が並んでいる。これだけでもそれなりの資産だが、とても売ろうとは思わない。

 逆の棚に目を移すと、フォルバス家の出納帳があった。それを手にとってペラペラとめくっていく。


「予想はしていたけど、赤字だな……」


 秋に農民から穀物を現物で徴収し、春には村民から人頭税と商人から商取引税を徴収する。辺境の土地なので、関税などを取ると人の往来がなくなってしまうので、関税は徴収していない。

 借入に関する帳簿を見ていくと、あまりの金額に頭痛がしてきた。利子を返すだけでも大変な金額だ。税収よりも支出のほうが多い。しっかり確認しないと分からないが、借金の額はかなりのものになるだろう。


「どうやって領地経営をすればいいのか……」


 一応貴族なので、文字の読み書き算術程度の教育は受けている。しかし、領地経営を覚える前に父親が逝ってしまった。

 深いため息を漏らし、デスクの引き出しを見ていく。大したものは入っていないが、一カ所だけカギがかかっていた。カギを探すが、どこにもない。今夜開けるのは無理そうだと思った時、父親が大事にしていた壺が目に入った。


「まさかな」


 ランプの灯りを頼りに壺の中を覗くと、それはあった。


「おいおい、こんな簡単に見つかる場所にあっていいのかよ」


 引き出しのカギ穴にそのカギを差し込んでみると、カチャリと開錠する音がした。引き出しを引くと、中には一冊の本がしまわれていた。

 本棚には本がびっしりと並んでいるが、この一冊程度ならしまうことができる。なのに、この本だけが引き出しにしまい込まれていた。しかも、カギがかけられて。

 どれほど大事な本なのかと手に取ってみたが、表紙には何も記載がない。背表紙も同様で何も記載がない黒いカバーの本。日記かもしれないと、カバーを開ける。

 本から眩い光が発せられ、ロドニーは手で目を覆う。その光が部屋中を包み込み、酷い頭痛に見舞われたロドニーは気を失ってしまった。


 ・

 ・

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 誰かに揺り動かされて、深い眠りから意識が引き上げられていく。デスクに突っ伏していたロドニーを、リティが起こしてくれた。


「ロドニー様。もう朝ですよ」

「………」


 視線を彷徨わせたロドニーに、まだ寝ぼけていると思ったリティはもう一度声をかける。


「もう秋なのですから、こんなところで寝ていると風邪を引きますよ」

「え、あ、うん……」


 昨夜のことはなんだったのかと、デスクの上を見つめる。そこであの本がないことに気づき、リティに確認する。


「デスクの上にあった本を知らない?」

「本ですか? 私は触ってませんよ」


 これまでリティが嘘をついたことはない。だが、デスクの下や引き出しの中を確認しても、本はなくなっていた。


「顔を洗ってきてくださいね。朝食の準備はできてますよ」

「……分かった。今、行くよ」


 あれは夢だったのだと思い、リティの後から部屋を出た。

 裏口から出たところにある井戸の水で顔を洗い、頭が冴えてくる。そこで違和感を感じ、井戸の縁に手をついた。


「な、なんだ……?」


 脳裏にロドニーが見たこともない巨大な建造物や、馬が牽いてないのに走る馬車などの光景が浮かんできた。それは数十階建てのビルであり、エンジンやモーターの動力で走る自動車と言われるものだ。

 ロドニーが治めることになったこの辺境の騎士爵領に、そんなものはない。王都にも2度行ったことがあるが、王都の光景でもない。

 王都は騎士爵領などとは比較にならないほどの都会だが、それでも数十階建てのビルや自動車などなかった。そんな光景が脳裏を駆けまわり、はたと気づいた。


「これは……前世の記憶……か?」


 ロドニーの前世は、この世界とは違った世界のものだった。その記憶が脳内を巡っていく。前世の名前や親兄弟、友達の名前は思い出せないが、それでも文化や受けた教育は思い出してきた。

 前世記憶が甦ったロドニーだが、前世の人格は顔を出さなかった。これはあくまでも前世の記憶であって、人格を形成するものではないようだ。

 落ち着いたところで自分を顧みると、全身から汗が噴き出していてまるで激しい運動をした後のような姿だった。ベタついた翠色すいしょくの髪からはポタポタと汗が滴り落ちていた。


「ロドニー様。奥様とエミリア様がお待ちですよ……、どうしたのですか、その恰好は!?」


 汗だくで佇むロドニーを見たリティが、駆け寄ってきた。


「大丈夫だ。ちょっと水を浴びていただけだから」

「こんな気温なのに、冷水を浴びたら風邪を引きますよ。早く着替えてください」

「そうするよ」


 大変な剣幕でまくし立てられたロドニーは、尻を叩かれるように自室に戻って着替えをした。


 

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