聖女の妹を選んだはずの勇者様が、私がお見合いをしていると聞いて乗り込んできました

花果唯

私で合っていますか?

 私と妹は双子姉妹だ。

 見た目はすべて同じなのに……両親が愛したのは、聖女になった妹だけだった。


『一緒に生まれてきたのに、どうしてこうも差がついてしまうのか』


 あれは父の言葉だったか……それとも、母のものだったか……。


『あの子はたくさんのものを持っているのに、あなたは何も持っていないのね』


 面と向かって、そう言ってきたのは知らない子だった。

 きっと、私たち姉妹を知っている誰もがそう思っているのだろう。

 私だってそう思う。

 私は何も持っていない。

 だから、『あの子』にも選んで貰えなかった。


 こんな私でも幸せになることができるだろうか。

 誰かを幸せにすることができるだろうか――。



 ※



 青空の下、芝生が広がる庭園で、盛大なパーティーが開かれていた。

 真っ白のクロスがかかったテーブルが点在している。

 そこに置かれているのは、アルコールの入っていない飲み物と、一口で食べられる軽食。

 パーティーなのにテーブル上が控えめなのは、飲み食いするのが目的のパーティーではないからだ。


「では、今からフリータイムです! 気になる方には、積極的にお声を掛けていきましょう!」


 声を拡張するアイテムを使い、私は参加者達に呼びかけた。

 そう、これはお見合いパーティー。パートナーを得るための戦場である。


 私の呼びかけを聞いた瞬間、戦士達が動き始めた。

 中にはどうすればいいのかオロオロしている人もいるが、それはごく少数だ。

 今日のお見合いパーティーは活発な人が多い印象である。


「やっぱり獣人さん達は、グイグイ行くタイプの人が多いですね! 本能の赴くまま! って感じがいいです。あまりフォローしなくて済むから楽だわあ」


 私の隣に立ち、会場の様子を眺めていた部下のメリンダがそんな本音を零した。


「こらこら。そういう台詞は感心しないわよ」

「すみません」


 メリンダは「てへっ」と舌を出して謝ったが、あまり反省していない様子だ。

 まったく……。お見合いパーティーのスタッフは、人一倍心配りが大事だというのに……。

 もう一度みっちりコンプライアンス研修を受けて貰おうかな。


「ギルマス、今不吉なこと考えたでしょう?」

「『不吉なこと』じゃなくて、『必要なこと』なら考えたわ。それよりメリンダ? ここではその呼び方は止めてねってあれほど……」

「分かってますよ、サラさん! あ、私は参加者様方の様子を見てきますね!」


 逃げたな、脱兎のごとく。……兎だけに。

 メリンダは兎の獣人だ。 

 今日は『獣人限定お見合いパーティー』の日なので、獣人の生態が分かるメリンダには活躍して貰っている。

 ちなみに今の私はエルフだ。そして前世は人間だった。


 私はいわゆる「転生」というものをしているのだが、小説や漫画のようにチートで無双! ……なんてことはまったくない。

 エルフだが魔法の才能に溢れている、ということもなかった。


 五歳の頃、神殿で才能チェックを受けたけれど、しっかりと「これといった才能なし」の判定を頂戴している。

 双子の妹には特別な癒しの力の才能があったようで、「聖女様だ!」と大騒ぎになったが……。

 偉い人達に囲まれている妹を横目に、「私は? 見落としてない? もう一度ちゃんと見て!」という思いを込めて、暫く司祭のおじいさんを見つめていたら「私には妻がいます」とキリッとした表情で言われた。

 そういうことじゃないの。あなたに気があるとかじゃないから!

 そして、フラれているのも解せなかった。


 結局、改めて見て貰っても、何の才能もなかった残念エルフの私――サラスティアは、成長して大人になったけれど、大冒険とはかけ離れた平和な毎日を送っている。


「せめてファンタジーな世界で生きていること満喫したい」と思い、冒険者ギルドの職員になった。

 希望の職に就け、忙しいけれど充実した日々だった。


 だが、ある日――。

 余計なことを言ってしまったことで、それが崩れてしまうことになってしまった。

 それはいつも通りに、ギルドのカウンターで仕事をしていた時の出来事だ。


「わしは孫を見ることができないかもなあ」


 冒険者ギルドのマスターと町の人が「若者が減って、息子の嫁になってくれるような人がいない」と話しているのが耳に入った。


 私が住むこの町『フィメリア』は、平和なのはいいが、これといった特色がない。

 そのため、若者は出て行く傾向にあり過疎化している。

 少し離れたところにある巨大ダンジョンを目指す人が立ち寄ることも多いので、人の出入りはそれなりにあるが、定住者は減る一方だ。


(なんとかできないかな)


 私には才能はないが、前世で得た知識がある。

 この世界の人にはない視点で何か力になれることはないか、とふと思ったのだ。

 そして考えた結果、テレビのお見合い番組でやっていたようなことや、前世で住んでいた地域であった婚活事業がいいのではないか、と思い至った。


 それを冒険者ギルドのマスターであるジオンさんに話してみた。

 Iターン、Uターンなんかの話も織り交ぜながら「地域振興にもなるよ」と。

 すると、ジオンさんが「おもしろそうだから、お前が仕切ってやってみろ」と言い出したのだ。


「え? 私がするの?」と思ったが、前世で婚活経験があったし、「やれそうだな」「企画する側も面白そう」という考えに至り、引き受けた。

「失敗してもギルドマスターがなんとかしてくれるだろう」と、気負うこともなく好き勝手にしてみたのだが……それがまさかの大成功。

 噂が広がり、「お見合いパーティーを開いてくれ」「参加したい」という依頼がギルドに舞い込むようになってしまった。


 その結果、ジオンさんによって冒険者ギルド内に『婚活課』が設立され、私はそこの責任者にされた。

 気楽にやっていたことが大きくなり、私はプレッシャーを感じながらも我武者羅に働いた。


 活動成果は、最初のような成功ばかりが続いたわけではない。

 でも、この世界には出会いをセッティングするような組織はなかったため、物珍しさもあって反響は大きかった。


 特に庶民にウケがよく、「縁談をセッティングして貰えるなんて、名家の跡継ぎにでもなった気がするよ!」と喜んで貰えた。

 スタッフの服装は清潔、対応は丁寧。マニュアルの徹底なども、裕福な上流層に憧れる庶民の心情をくすぐるポイントとなったと思う。


 最近では、冒険者ギルドから独立し、『婚活課』から『婚活ギルド』に昇格した。

 そして、私は婚活ギルドのギルドマスターとなった。


 ジオンさんは偉い人達を巻き込んで、他の町にも婚活ギルドを作ろうとしている……というか作るらしい。

 私はここで精一杯だと「我関せず」を貫いているので、詳しくは知らないが……。

 聞いたら終わりだと思っている。


「これ以上、私のキャパを越えることを持って来られたら逃げるから!」と宣言しているので、もう大丈夫だと思いたい。


 そういうわけで仕事は順調だ。

 頭が痛いのは、両親から「妹は聖女として人々を救っているというのに……。お前はくだらないこと、みっともないことをするな」と小言を言われることくらいだ。


 両親は庶民の見合いを事業にするなんて、下世話だと思っているようだ。

 確かに現在妹は、勇者様と共に魔王を倒すための旅をしていて、私より何倍も大変な思いをしているだろう。

 でも、私なりに人に貢献できることをしているつもりだし、誇りを持ってやっている。

 その点だけでも認めて欲しいものだが、今まで両親に何か認めて貰ったことは一度もないので、期待はしていない。


 せめて放っておいてくれたらいいのだが、文句だけは言いに来るし、私の稼ぎはあてにしてくるのが難儀だ。

 碌な家族ではないので、いつか私も誰かと赤い糸でキュキュッと結ばれて、自分の家族を持ちたいものだ。

 働き盛りの既婚おじさまにばかり囲まれていたら、いつまで経ってもお嫁に行けそうにない。


「前世でも婚活は失敗続きで、お嫁さんにはなれなかったなあ」


 失敗……というか、私が夢を見すぎていた気もする。

 ときめきがない~と親友に愚痴っては「アラサーがトキメキトキメうるせえ! そんなにトキメキたいなら、『なんとかメソッド』で服の片付けでもしていろ!」とよく叱られたものだ。

 でも、やっぱり大事だよね、ときめき。


「……ときめき、かあ」


 ふと脳裏に、金髪の少年の姿が浮かんだ。


 あれは子供の頃――、もう妹が聖女だと分かったあとの出来事。


 ある夜、どんな病気でも治す聖女だという妹の噂を聞きつけ、病に蝕まれた少年を抱えた父親が、我が家に駆け込んできた。

 でもその日は、妹と両親は遠くの町に出かけていたため、家にいたのは私だけだった。

 聖女ではない私には何もできない。

 翌日には妹が帰って来る予定だったので、私は家で少年を寝かせ、待って貰うことにした。

 二人は遠くから来たようで、父親の方も、私に少年を託すとすぐに倒れてしまった。


 父親の方は、しばらく休息を取れば大丈夫そうだったが、少年は危険な状態だった。

「私に妹のような力があれば、この子をすぐに楽にしてあげられるのに……」と思い、悔しい気持ちでいっぱいになった。

 でも、ないものを嘆いても何の解決にもならない。

 私にできることをしよう、と必死に看病をし、一晩少年の手を握って励ました。


『君は……誰? 天使? 僕は死ぬの?』


 一時的に意識がはっきりした少年が私を見た。

 少年の瞳は綺麗な青で、私はどきりとした。


『大丈夫だから。朝まで頑張って……』


 握っていた手にぎゅっと力をこめると、少年はまた目を閉じた。

 少年の熱が下がることはなく、私は不安でたまらない夜を過ごした。


 昼になって帰って来た妹の力によって、少年は一瞬で元気になった。

 妹が魔法をかけた直後、少年はすぐに目を覚まして妹に感謝を告げた。


『ありがとう。君のおかげで救われた』


 私はその光景を、部屋の外から姿を隠して眺めていた。

 少年は美しい顔立ちをしていて、聖女である妹と見つめ合う光景はとても絵になった。

 素敵な光景なのに、私の胸は痛んで……。

 その痛みで気づいた。

 私は彼が目を開けたあの一瞬に見た、青い瞳に心を奪われていたのだと――。


『僕はすぐに戻らなければいけない。でも、大きくなったら、必ずまた会いに来る』


 妹に向かってそう約束している少年を見て、私の心は届かないものだと悟った。

 結局私は、元気になった彼には一度も顔を合わせることなく終わったのだった。


 私にとってこの記憶は、幼い頃の初恋として、宝石箱に入れておきたいようなせつなくて美しいものになっている。

 でも、一方で「私はどうあがいても妹に勝ることはない」という教訓として、胸の奥に突き刺さっている。

 それに、あの少年以上に心を動かされた人にも出会っていないなあ……。


 ……なんて、初恋をいつまでも引きずっていてはいけない。

 前世の親友に「そんなだからいつまでたってもおひとり様なのよ!」と言われてしまいそうだ。

 今世こそお嫁に行きたいなあ……って、その前に今はお仕事だ。


「さて、参加者様方の首尾はどうかな?」


 会場の方に目を向けると色んな特徴を持っている獣人達の姿がある。

 服装は清潔感を重視する日本での婚活パーティーとは違い、派手なほど良いという風習が生まれた。

 ドレスやタキシード、民族衣装などが多いが、貴重な素材が使われている高ランクの装備で参加している人もいる。

 実力や財力、自分の血筋などを見せたいのだろう。

 服装も一種のプレゼンテーションというが、自分を売り込もうという熱意がこちらの世界の方が強い。


 この世界では、庶民は日本ほど気軽に服を買うことは出来ないので、衣装レンタルも行っている。

 裕福な人は貸し借りなんてしないし、庶民は高額衣装なんて買うこともなければ、着る機会もなかった。

 だから、今まで衣装レンタルなんてものはなかった。

 当初は驚かれた……というか戸惑われたが、手に入れることは出来なくても、高い衣装を着ることが出来ると次第に庶民の間で大好評になった。


 汚れや破損による賠償や盗難問題には苦労したが、これは冒険者ギルドの方が尽力してくれてなんとかなったし、衣装のレンタルだけで一事業起こしても上手く行きそうだ。


 町の仕立屋さんと確実に揉めるのでやらないけれど。

 今でも高い衣装を多めに仕立屋さんから買い取ってレンタルに出したり、仕立屋さんの従業員を裾上げや修繕のスタッフとして派遣して貰って報酬を払ったりして、ご機嫌伺いをしている状態なのだ。


 新しいこと、楽しいこと大好きのジオンさんは「気にせず潰してやる勢いでやれ!」と息巻いているが、地域に根付いている人達と争うのは得策じゃない。

 それに、今は婚活事業に全力を注ぎたい。


「さーて、今のところのカップル成立率でもチェックしておこうかな」


 参加者達から離れたスタッフ用のテーブルにつき、ノートサイズのタブレット端末もどきを取り出した。

 これは妹が「可愛くないから」という理由で契約せずに捨てた精霊と、私が契約して作ったものだ。

 冒険者ギルドで使われているギルドカードの技術を応用している。


『ますたぁ。えらーちぇっく おわりましたぁ』

「アクア! ご苦労様。ありがとうね」


 ミズクラゲのような姿なので、『水』からとって『アクア』と名付けた。

 召喚された精霊は契約しないと消えてしまうのに、「可愛くない」なんてくだらない理由で捨てる妹の愚行には腹が立った。

 それにアクアは空中をふよふよ漂っている姿が可愛いんだから!

 でも、妹が愚かだったおかげで私はアクアと契約できたし、今とても助かっている。


「あれ、アクア。最近太った?」

『おおきく なった といって ください』

「ごめんごめん。大きくなったね」

『はい おおきく かしこく なりました』

「そうね! アクアは凄い!」

『すごいのー』


 アクアは本当に凄い。

 前世で体験した婚活パーティーを思い出しながら考えた、参加者達のプロフィール管理やマッチングをするシステムを実現してくれたのもアクアだ。

 今日の参加者には私のタブレット端末もどきより一回り小さい簡易版が配られていて、それには参加者プロフィールの確認、好意を送る、パートナー希望者を選ぶなどの機能がある。


 この庭園でのフリータイムの前に一対一のトークタイムがあったのだが、好印象でパートナーに選びたいと思えた相手にはプロフィール欄にあるハートにチェックを入れて貰った。

 参加者はそれぞれ、「自分はハートをいくつ貰ったか」ということだけ分かるようになっている。


 前世では「誰が好意を持ってくれているのか」が、はっきり分かる仕組みのお見合いパーティーに出たことがあった。

 あれはカップルになれる確率は上がるが、ずっと両想いだったのに最後に選んで貰えなかった時の絶望――裏切られた感が半端ない。

 今日は一緒に帰る人がいる! と浮かれていたのに一人で帰ることになったあの寂しさは思い出すと泣ける。

 帰りのエレベーターでカップル成立した人達と乗り合わせたときは「地獄はここにあった」と確信したよ。


 こちらの世界でも好意の主が分かる仕組みでやってみたことがあるのだが、案の定、最後で私のように裏切られた人が暴れ出し、選んでくれなかった人に危害を加えようとしてしまったことがあった。


 こちらの世界には魔物はいるし、魔法もある。

 基本的に日本よりも物騒なので、武力行使をする心理的ハードルが低い。

 その時は怪我人を出すことなく収拾出来たが、今後どうなるかは分からないため「好意を向けてくれている人がいるよ」と分かるだけのハートシステムでやっている。


「一切分からなくてもいいのでは?」という意見もあったのだが、自分に好意を送る人の有無を知ることは重要だ。

 ハートを貰った数が良ければモチベーションアップになるし、悪ければどこか改善した方が良いということが分かる。


 私が持っているこの端末は、参加者たちが入力した全てのハート集計結果が見られる。


「あー……今日のハートは山だなあ」


 山というのは人気が集中しているため、ハート取得数のグラフに高低差が出来ている状態のことをいう。

 ごく少数に人気が集中するとカップルの成立率が下がるのでよい傾向ではない。

 今、厳しい状況にある参加者様にはこのフリートークで挽回して貰いたいなあ。

 一対一のトークタイムでの手応えや、貰ったハートの数などで現状を察してくれるといいのだが……。


 上手くいっていない方々にはスタッフがサポートを行っている。

 私もそろそろサポートに回ろうかと思っていた、その時――。


『ますたぁ しんにゅうしゃです』

「え!? 警備の人たちがいるでしょう?」

『げんざい うらの いりぐちで けいびいんが たいおうちゅうです しかし しんにゅうしゃのほうが ひゃくばい つよいです』

「ええええ!? 百倍!?」


 今日は強者が多い獣人会ということで、いつもより強い人たちを雇っている。

 それなのに百倍も強いだなんて、どんな人なのだろう。


『ただ しんにゅうしゃに あくいは ありません。ますたぁと はなしを したいようです』

「え? 私と話? それは……大丈夫なの?」


 どんな用事か分からないが、怖い目にあったりしないだろうか。


『はい ますたぁを がいする かのうせいは ありません』


 精霊のアクアは、対象人物の人間性をある程度把握することができる。

 心の中を読むことはできないが、内に秘める善意や悪意を感じ取れるのだ。

 凶悪な内面を持つような人間なら私に会わせない。

 アクアが大丈夫だと判断したなら行ってみよう。

 私はすぐに敷地の裏口へと走った。


「だから、関係者以外は立ち入り禁止なのです。いくらあなたのような方でも、勝手にお入れすることは……」


 すぐに駆け付けると、警備員の困惑した声が聞こえてきた。

 アクアは侵入者と言っていたが、無理やり入って来ることはなく、門のところで留まってはいるようだ。


「あ!」


 私に気が付いた警備員が、安心したような顔をした。


「ギルドマスター、この方が……」

「サラスティア!」

「えっ」


 警備員を困らせていた人物を見て驚いた。

 金色の髪に青い瞳。長身で細身だが、しっかりと鍛えられた無駄のない体つき。

 この世界で誰よりも強く美しい人として有名な人物だった。


「勇者様?」


 勇者アルト――。

 聖女である妹リラスティアと一緒に旅をしているお方だ。

 妹とは恋仲で……私の苦い初恋の相手だったりする。

 病に倒れ、我が家に運び込まれたあの少年が彼なのだ。


 勇者となった彼が約束通り我が家に現れ、妹を連れて行く現場を私はこっそり見ていた。

 素敵に成長した彼を見てドキドキしたが、それも結局すぐ痛みに変わっただけだった。


 あの場面を思い出し、また胸が痛くなったが……今はそれどころではない。

 元気になった勇者様と私に面識はなく、私の名前も知らないはずなのだが……一体何の用だろう。


「勇者様、ご帰還されていたのですか」

「ああ。魔王の討伐が済んだから、自由の身になった。そんなことより、君がお見合いをしていると聞いて!」

「はい? まあ……」


 お見合いをしているというか、主催している。


「やめてくれ! 俺と結婚してくれ!」

「…………?」


 結婚? 何の話だろう。

 隣にいる警備員がびっくりしているが、私は意味が分からなくてきょとんとしてしまう。

 あ、もしかして、私と妹を間違えている?


「私は妹、リラスティアではないのですが……」

「分かっています! もう間違えません」

「????」

『ますたぁ』


 勇者様の用件が分からず、首を傾げていたらアクアが呼びかけていた。


「どうしたの?」

『さんかしゃ どうしで とらぶるが おきて います』

「大変、行くわ!」


 信頼しているスタッフたちがいるから大丈夫だと思うが、何かあった時の判断は私がしなければいけない。


「待ってくれ!」

「すみませんが、用件は警備の方に伝えておいてください」


 申し訳ないが緊急事態なので、引き留める声を無視して現場に駆け付けた。


 ※


「落ち着いてください!」


 アクアに誘導されながら近づくと、メリンダの余裕がなさそうな焦った声が聞こえてきた。


 慌てて駆けつけると、竜人と狼の獣人男性が揉めていて、メリンダと他のスタッフが必死に二人を宥めていた。

 急いで間に入り、話を聞く。


「どうされたんですか?」

「こいつが! 俺が話している女に声を掛けたのだ!」


 頭部に角の生えた、鱗肌の竜人男性に怒鳴られた。

 竜人とは、竜と人の間に生まれた種族で、獣人の中ではエリート的な存在だ。

 この竜人男性エインツさんは、燃えるような赤髪の美形で、外見も良い。

 そのため、本日の一番人気男性なのだが……お怒りの理由がよく分からない。


「今はフリータイムなのでお話は複数でされても構わないのですよ?」

「竜人の伴侶である『つがい』は唯一。俺はこの女を気に入った! たとえ会話であろうと複数でなど認めん!」

「…………」


 私は思わず心の中で「知らんし!」と叫んでしまったが、声に出さなかったことを自画自賛したい。


「今はまだお見合いの最中です。こちらの提案しているルールに則って頂かないと困ります!」

「そうだぞ! トカゲ野郎!」


 ガルルッと威嚇しながらそう叫んだのは狼の獣人ログさんだ。

 狼の中でも人気の高い白狼で、今日のこのお見合いパーティーではエインツさんに次いで二番人気である。


「大体な、白狼だってつがい一筋だ! この女はオレのもんだ! お前が話しかけるな!」

「二人とも婚活パーティー向いてないなー!」


 あ、声に出しちゃった。

 でも二人はお互いを罵るのに夢中で聞いていなかったようだ。

 よかったよかった。


 というか、二人が取り合っているのは栗鼠の獣人女性だった。

 柔らかそうな茶色の髪、くりくりのつぶらな黒い瞳、頬ずりしたくなるようなふわふわの大きな尻尾。

 名前はラミィ。

 男性の人気ツートップに取り合いをされているのも頷けるほど、小さくて可愛いのだが……。


 栗鼠獣人は性に奔放な性質がある。

 どちらとカップルになっても、絶対上手くいかないでしょ!

 もうすでに言い争う二人を置いて、違う男性と仲良くお喋りしていますが!


「犬風情が……!」

「クソトカゲ!!」


 本命女性が他所に行ってしまっているというのに、二人の言い争いがヒートアップしている。

 頭に血が上りすぎているのか、語彙力を失ったただの悪口の言い合いだ。

 武器などの危険なものの持ち込みは禁止しているが、竜人と狼の獣人なら、素手でやり合っても大惨事になるだろう。

 早く止めなければ……!


「ルールを守らないなら退場して貰おう」


 二人の間に入って止めようとした瞬間、若い男性の声が静かに響いた。


「「!」」


 二人の動きがピタリと止まる。

 能力の高い獣人の彼らが明らかに萎縮している。


「勇者様……!?」


 まだ帰っていなかったのか……というか、ここまで入ってきたの!?


「勇者……? 金髪に青の目……勇者アルト!?」

「なんでこんなところに……!」


 エインツさんとログさんが目を見開いて驚いている。私もびっくりだ。


「警備員を募集していると聞いた」

「え? はい……してますけど……?」


 地球でのお見合いとは違い、この世界でのお見合いは暴力沙汰になりやすいので、毎回見合った人数の警備員を雇っている。


「俺を雇ってくれ」

「あなたをですか!?」

「俺以外に彼らを止められる者がいるか?」


 確かにこの二人が本気になったら、今雇っている警備員全員がかりでも敵わないかもしれない。

 私の無言を了承と取ったのか、勇者様は微笑んだ。

 わあ……笑顔がキラキラだあ。


「勇者アルトが笑っている!?」


 周囲からどよめきが起こった。

 そういえば、「勇者アルトは笑わない」なんて話を噂で聞いたことがある。

 どんな美女にも塩対応で、氷の勇者なんて言われているそうだ。

 だからこそ、そんな氷の勇者が自ら聖女を迎えに行ったというエピソードは、ラブストーリーとして有名になっている。


「そこの二人。随分声を出していたようだが……少し喉を潤してきたらどうだ?」


 周囲のどよめきなど気にせず、勇者様はさっそく警備員として働いてくれた。


「あ、ああ……」

「そ、そうするか」


 アルトさんに肩を叩かれた二人は、並んで仲良くテーブルのドリンクを取りにいった。

 随分遠くのテーブルに行ってしまったが……まあ、いっか。

 それにしても助かった……。

 怪我人が出たらどうしようかと!


「君も無事か? 怪我などしていないか?」


 フーッと息を吐いていると、勇者様が心配そうにこちらを見ていた。


「大丈夫です。助かりました。ありがとうございました」

「俺は役に立っただろう?」

「!」


 頷いてお礼を言うと、またキラッキラの笑顔を見せてくれた。

 氷の勇者だなんて言われている人には見えない。

 笑顔が眩しいっ!

 強くてイケメンで優しくて勇者…………圧倒的主人公感の前では、私のような転生しているのに脇役な人間はタジタジだ。

 妹もお世話になっているし、正直とても気をつかう!


「あの、本当に警備員をしてくださるのですか? あ、よかったら参加しますか?」


「「「!!!!!!」」」


 私の言葉を聞いて周囲の女性が色めきだった。…………はっ! まずい! 

 勇者様に警備員をさせるのはどうか、と思って口から出た言葉は最悪のものだった。

 勇者アルトが参加するとなったら、人気が彼に集中してお見合いパーティーがなり立たなくなる。

 主催している立場なのに、ぶち壊す発言をしてしまうなんて失態だ。


「君が参加するなら、俺も参加する」


 勇者様は「金粉でもまいたのかな?」と思うくらい、より一層輝いたアイドルスマイルを見せてくれた。

 一応私に向けて微笑んでくれたのだが、背後で被弾して倒れている人がいる。

 分かる……今の微笑みはかなりの攻撃力だった。


 ……なんて気がそれてしまったが、私はこの場をなんとかしなければならない。

 勇者様は私が参加したら自分も参加する、と言っている。

 私は責任者だから参加することはない。

 つまり、勇者様も参加する気はないということだろう。


 なるほど、「参加しません」と率直に断るよりスマートだ。

 さすが勇者様である。


 私が感心している間に、遠くにいた女性陣も勇者様の存在に気づき、集まってきていた。

 リラと勇者様の関係は有名なのだが、聖女の彼女がいると分かっていても、みんなお近づきになりたいようだ。


「あの、勇者様、すみませんが……」

「アルトと呼んでください」

「はい? あー……アルト様?」

「アルトで」

「……アルトさん」

「……まあ、いいだろう。俺は一旦引き上げる。姿を隠して警備するけれど、何かあったらすぐに駆け付けるから」


 今のこだわるところ? と思うような、呼び方についてのやり取りはあったが、私が言いたかった「あなたがいるとカップルが出来ないの!」は察してくれたらしい。


「では……またあとで。聞いて欲しい大事な話がある」

「!」


 アルトさんは気になる言葉を残し、庭園の奥にある屋敷の方へと消えて行った。

 大事な話って何だろう。

 もしかして、魔王討伐も終わったし、「リラと結婚する」とか?

 さっき言っていた「俺と結婚してください」は、リラとの結婚を許可してくださいという意味だったのだろうか。


 言葉の通りだと、「私と結婚したい」ということだと思うけれど、アルトさんの中では面識のない人であるはずの私にプロポーズをするなんてありえない。

 変に期待をして傷つくのは嫌だし、言葉通りには受け取れない。

 とにかく今はアルトさんのことは後回しにして、仕事に集中しよう。


 アルトさんの姿が見えなくなると女性陣は残念そうにしていたが、しばらくすると場の雰囲気も戻った。


「あのっ、スタッフさん」

「どうされましたか?」


 ふうとこっそり一息ついていたところに声をかけて来たのは、若い猫獣人の男性だった。


「あのぅ……気になる人がいるんですが……」


 どうやらサポートが欲しいようだ。

「戸惑うことがあれば何でも相談して欲しい」と全体に向けて伝えていたので、頼ってくれたのだろう。


「ではお声を掛けてみましょう」

「ぼく、獣頭だから……」


 獣頭というのはその名の通り、動物の頭部であることをいう。

 今の獣人は耳と尻尾、目など部分的に獣の特徴があるだけで人間に近い姿をしている者が多い。

 だからか獣頭の獣人は差別されてしまうことがあるのだ。


 声を掛けてきた彼、ルッツさんも猫の獣頭で小柄だ。

 クリームタビーな毛色で、スコティッシュフォールドっぽい猫頭。

 男性に向かって言うのもあれだがとってもとーっても可愛いと思う!

 私なんかは抱きつきたい! と思うが、この様子では差別を受けて生きてきたのだろう。


「今日は勇気を出して参加したんですよね。大きな一歩はもう踏み出しているんです。もう一歩踏み出してみましょう。幸せは自分で掴まないと!」

「そ、そうですよね……でも……」

「近くまでご一緒しますから」


 微笑みながら「意中の方は?」と聞くと、ルッツさんはおずおずと簡易タブレットに一人の女性のプロフィールを表示してこちらに向けた。

 彼女なら……いた。

 丸くなってしまっているルッツさんの背中を押して、すぐに彼女の元へと向かう。

 フリートーク時間は長めにとってあるが無限ではない。

 少しでも長く話して印象を良くしないと!


「あの方ですね」

「……はい」


 ルッツさんのお目当ての子は、同じ猫の獣人ミュアさん。

 真っ白のしっぽと、中がピンクの可愛い耳が目を惹く。

 魔法使いの冒険者で、今日は涼しげな水色のローブを着ている。

 一方、ルッツさんはフィメリアでは大きな商家の末息子だ。


 フィメリアの振興に繋がるよう在住者と外部者でカップルになって貰いたいので、是非ともこの二人も上手くいって欲しい。

 いや、私の心情的にはこの際振興とかお見合いの意義とかどうでもいいから、ルッツさんに幸せになって欲しい!


「さあ、話しかけましょう!」

「で、でも、他の人と話しているし……」

「遠慮していると奪われちゃいますよ? こんにちは~お話に入れてください~、ってナチュラルに入っちゃえばいいんです」

「む、難しいにゃ……」


 にゃ!?  にゃ!  可愛いにゃ~~~~!!

 にゃ、の不意打ちにきゅんとしてしまった。

 仕事に私情を入れるのはだめだが、手厚くサポートしたくなってしまう。

 でも、贔屓をするわけにはいかないし、本人のためにもならないだろう。

 やはりご本人に頑張って貰うしかないのだ。


「ここで見守っていますから、頑張ってください!」


 そっと背中を押し、ミュアさんの元へ行くように促した。


「が、がんばります……」


 ルッツさんはちらちらと私の方を見ながら、少しずつミュアさんとの距離を詰めていった。

 その動き……不審者にしか見えないし、早く行こうね?

 笑顔で見守る私の圧を感じたのかルッツさんはそそくさと動きだし、ミュアさんの背後に立った。

 そうよ、そこで声をかけるの!


「あ、あの……」


 ルッツさんが、ミュアさんへと声をかけようとしたのだが――。


「…………」

「にゃ!」


 ミュアさんの両脇に立っていた、犬と狐獣人の男性がルッツさんをジロリと睨んだ。

 邪魔をするな、という意思と差別的なものが交じった視線だ。

 ルッツさんは後退り、すぐに私の元へ逃げ帰って来てしまった。


「無理だにゃ……!」

「もう諦めちゃうんですか?」

「だ、だって……」


 ルッツさんの心はすっかり折れてしまったらしい。

 俯いてしまって動く様子はない。さて、どうしようか……。


 ルッツさんを連れて行って「こちらの方もお話を伺いたいそうなので」と仲介することは簡単なのだが、それをすると「フォローして貰わないと声もかけられないの?」と思われ、女性からの印象は下がることが多い。


「ルッツさん。私がルッツさんと話をするようにミュアさんに頼むことは出来ますが、ご自分で行かれた方が印象は良いはずです。……どうしますか?」

「……にゃ! そ、それなら……もう一回だけ頑張ってみますっ」


 ルッツさんは顔を上げ、再びミュアさんの元へと向かって歩き出した。

 気合を入れたのか先程よりも足取りはしっかりしている。

「この様子なら大丈夫」と思ったその時、ルッツさんの足元で何かが動いた。


「にゃ!?」


 ルッツさんは躓き、ズサーッと派手に転んでしまった。

 あれは――誰かが意図的に足をかけたのだ。

 至る所からくすくすと笑う声が聞こえる。


「ふん……」


 足をかけたのは黒豹獣人で優れたAランク冒険者のナナリーさんだ。

 ……驚いた。

 彼女はこんな陰湿なことをするタイプではないと思っていた。


「…………」


 ナナリーさんは転んでいるルッツさんに冷たい眼差しを向けている。

 普段から口数が少ないクールビューティーなのだが、今は普段よりクール……というより冷たい態度だ。


「す、すみません……」


 転ばされたルッツさんが、ぺこぺこと謝りながら立ち上がった。

 ルッツさんは謝らなくていいと思うのだが、今までの境遇が彼をそうさせるのだろう。

 これ以上酷い目にあわないために学んできたことなのかと思うと胸が痛くなった。

 私はフォローしようと動いたが、くすくすと笑っている人達の中に、意中の女性を見つけたルッツさんは、俯いたまま走り去ってしまった。


「ルッツさん……」


 そのままルッツさんは、フリータイムが終わっても戻ってくることはなかった。


 ※


 フリータイムが終わると最終段階に入った。

 カップルになりたい人、パートナーを簡易タブレットに入力して貰う。

 そして集計し、カップル発表をして終了となる。


 今回のお見合いパーティーのカップル成立率は――あまりよくなかった。

 竜人のエインツさんと狼人のログさん、人気ツートップに選ばれた栗鼠人のラミィさんだが……。

 なんと竜人のエインツさんとカップル成立した。

 アルトさんに注意されてからは、他の獣人男性と話が盛り上がっていたので、その方を選ぶと思っていたのだが……。

 結局はどの世界でも身分や外見、収入の良い人がモテるのだ。


 ログさんも最後までラミィさんを選んでいたのに、カップル成立とはならず残念だったが、人気は凄かったのでパーティーじゃなくてもお相手はすぐにみつかりそうだ。


 そして女性で空欄だった人が何名かいたのだが、その人達はアルトさんの連絡先を所望していた。

 やっぱりアルトさんに心を奪われてしまった人が出たか……。

 その中にはルッツさんのお目当てだったミュアさんもいたりする。

 ルッツさんの方はというと、空欄だった。


 彼はフリータイムが終わっても戻っては来なかったが、タブレットの記入はしっかりとしてくれたようだ。

 パートナー欄は空欄だったが、フリースペースに「助言してくださってありがとうございました」と私へのメッセージが書かれてあった。良い人だなあ。

 だからこそ、せっかく来てくれたのに辛い思いだけをさせてしまったことが申し訳ない。

 一言謝りたいと思い、私は彼を探すことにした。


 ※


 庭園に隣接している屋敷内で、カップリング結果発表は行われた。

 もう終了して参加者達の大半は帰ったので、屋敷の中は落ち着きつつある。

 発表を行った大部屋には、ルッツさんの姿はなかったので控え室へと向かった。


「お前、まだいたの? カップルになれるわけがないんだから、フリートークで逃げた時に帰ってりゃよかったのに」


 男性控え室に近づいたところで声が聞こえてきた。

 扉の辺りに人影がある。

 大きな影に囲まれている小さな影……ルッツさんだ!

 帰ろうとしたところを絡まれたのだろう。

 最後まで追い打ちをかけるなんて、ひどい人たちだ。

 ルッツさんに絡んでいる人たちはブラックリスト入り決定だ。


「もう出禁よ! つまみ出してや……え?」


 鼻息荒く彼らに詰め寄ろうとした私を、黒い影が颯爽と追い越していった。

 それは黒豹美女のナナリーさんだった。

 ナナリーさんは揉めている彼らの前でぴたりと止まった。

 すると、ルッツさんに絡んでいた男の一人が、急にそわそわし始めた。


「あ、あんたはナナリー! お、お俺に用か? は! そうか! カップルにならなかったのは間違いだったってことか! やっぱりあんたも俺の名前を書いてくれたんだな!?」

「どけっ!!!!」

「ぐほっ」


 両手を広げてナナリーさんに抱きつこうとした男、熊獣人は鳩尾に重い一発を食らって沈んだ。

 大男が白目を剥いて倒れている。……ナナリーさん凄すぎる!


「な、なんだよ! おい、逃げるぞ!」

「うああっ!」


 一緒にルッツさんを追い詰めていた獣人の男達は、ナナリーさんに怯え、蜘蛛の子を散らすように去って行った。

 残ったのはルッツさんだけだ。


「にゃ…………ひっ」


 ナナリーさんの視線を感じたルッツさんが短い悲鳴をあげた。

 後ずさり、逃げようとしたが、すぐ後ろは閉まっている扉がある。

 後ろ手で扉をあけようとしたルッツさんだったが、ナナリーさんがドンッと扉を押さえてそれを塞いだ。

 いわゆる壁ドン状態である。


「……誰の名前を書いた」

「にゃぅ……?」

「お前は! パートナーの欄に誰の名前を書いた! 言え!」


 ナナリーさんの鬼のような問い詰めにルッツさんは涙目だ。


「だ、誰も書いてにゃい……」


 声を絞り出すようにしてルッツさんが答えた。

 するとナナリーさんはギリッと歯を食いしばり、俯いた。

 小刻みに震えているのは怒りに震えているのだろうか。

 どうして怒っているのか分からないが怒りを鎮めて貰わなければ! と焦る私の耳にナナリーさんの呟きが聞こえた。


「可愛い」


 …………え?

 か、可愛いって言った?

 私の聞き間違いなのだろうか。

 ルッツさんにもその呟きは聞こえたようで、彼もきょとんとしている。


「誰の名前も書いていないなら良し。殺す手間が省けた」

「こ、殺す!?」


 顔をあげたナナリーさんは笑顔だった。

 妖艶で美しい……捕食者の微笑みだった。


「お前は私のものだ」

「にゃにゃ?」

「お前は私の嫁になるのだ」

「よ、よめ? ぼく、オス……」

「食べたい」

「え?」

「お前を食べたい」

「た、たべっ!?」

「食べたい。食べる」

「に゛ゃ!!!?」


 な、何が起こっているのだろう……。

 私の目の前では、ナナリーさんがうっとりしながらルッツさんの耳をガジガジと噛んでいる。……これ、止めなくてもいいよね?


「む?」


 ナナリーさんがルッツさんのピンと張っている尻尾に視線を移した。

 そうなると……もう次に起こることが分かる。


「これも可愛い」

「ひにゃあっ」


 耳をガジガジは止めないまま、尻尾も掴んでスリスリしたり手に絡ませて遊んだりやりたい放題だ。

 私は動けずにただ見守っている。

 ナナリーさん、幸せそうな顔をしている……。


「スタッフさんっ! 食べられちゃうよ! 見ていないで助けて~~~~!!」

「一度食べられてみてはいかがでしょう?」

「! ……メリンダ?」


 助けを求めるルッツさんに返事をしたのは、私の後ろからやって来たメリンダだった。

 メリンダは私に近づくと、こっそりと耳打ちをして教えてくれた。


「ナナリーさんは前から彼に――ルッツさんにぞっこんなのです。今日も彼が参加すると聞いてやって来たんですよ。足引っかけたのだって、他の女のところに行こうとしたから止めたんです。あと、どうして自分のところに来ないんだ! ぷんぷん! っていう乙女心ですね」

「そ、そうだったの……」


 そういえばナナリーさんは足を引っかけたが、くすくす笑ったりはしていなかった。

 彼女のような人気者で、更にお見合いなどしそうにないタイプの人が参加しているのは不思議だったが……ルッツさんが好きだったからなのか。


「可愛い。好き。私の嫁。お前は私に養われろ。いいな?」

「え、えっと……」

「いいな?」

「でも……」

「嫌なのか?」


 ナナリーさんの眼光は鋭いままだがしゅんとしている気がする。

 短くて艶のある黒毛の耳も垂れている。

 ルッツさんの方はどう答えたらよいものかと困惑している様子だ。

 確かに突然「養われろ」なんて言われても困るよね。

 すぐに答えを出せるわけがない。


「ナナリーさん。無理やりはいけませんよ? まずはあなたのお気持ちを、ルッツさんにちゃんと知って頂いたらいかがですか?」


 ルッツさんも落ち着いて考える時間が欲しいでしょうし、と付け加えるとルッツさんがこくこくと首を縦にふった。


「嬉しいけど……ぼく、あなたのことを知らないから……」


 その様子をジーっと見ていたナナリーさんは暫く黙っていたが、溜息をつくと肯いた。


「……分かった。じっくり教え込む。覚悟しろ」


 そう言うとルッツさんをお姫様抱っこした。

 どういう風に伝えるかは知らないが、すぐに「教え込む」を実行する気満々だということは分かる。

 私は止めない。

 ルッツさんに幸あれ……!


「あ、そうだ。これは幸せな未来を祈って、カップル成立のお二人にプレゼントさせて頂いているものなのですが、どうぞお二人もお受け取りください」


 私はポケットに入れていたアクアマリンのブレスレットを渡した。

 正確にはアクアマリンもどき、なんだけどね。

 前世での私は鉱石にハマっていたので、婚活が上手くいくようにパワーストーンでアクセサリーをよく作った。

 婚活仲間にも願掛けで欲しいとよく頼まれていたので、こちらの世界でもウケがいいのではないかと思って作ったのだ。

 これも精霊に協力して作って貰っていて、幸福が訪れるようにまじないをかけてある。

 効果は「自販機のジュースを買ったら当たりでもう一本貰えた」くらいの小さなものだが……。

 二人でいることが幸せだと感じるきっかけにでもなればいいなと思い、記念品にしているのだ。


「ありがとう。ルッツは必ず私が幸せにする」


 そう断言すると、ナナリー王子はルッツ姫を抱きかかえたまま、颯爽と去って行った。

 後ろ姿が王子様そのもので、かっこよかった……。


「あはは~! ルッツさん攫われちゃいましたね! でも、案外上手くいきそうですよね、あの二人」

「……そうね。そうだといいわね!」


 差別を受けてきたルッツさんには、今までの悲しい気持ちを全てチャラにするくらい、溺愛されて幸せになって貰いたい。

 今日のお見合いパーティーでは、ルッツさんにつらい思いばかりさせて申し訳なかったけれど、最後に幸せの種がみつかって本当によかった。

 今日という日をきっかけに、二人には幸せになって貰いたい。


「では、私は後片付けをしてきますね!」

「お願いね。私もタブレットの処理を終えたらすぐに行くから」


 メリンダを見送りながら背伸びをする。

 トラブルはあったしカップル成立率は十分ではなかったが、中々良いお見合いパーティーだったと思う。


「それにしても……ナナリーさん、素敵だったなあ。あの強引さには、乙女の憧れが沢山詰まっているわね」


 あれぞ、ときめき!

 洋服の仕分けでは決して得られない。


「私もあんな体験してみたいなあ」

「――その願い、俺が叶えよう」

「!」


 独り言に返事が来て驚いた。

 更に、急に体が浮き、気づけば目の前にアルトさん端正な顔があって、心臓が止まりそうなった。

 私はなぜ今、アルトさんにお姫様抱っこされているのか――。

 何が起きているのかさっぱり分からない。


「あ、あの……。どうしてこのような状況になっているのでしょう……」


 バクバクとうるさい心臓を落ち着かせながら、アルトさんの腕から降りようとするが、がっちりと固定されていて動けない。

 困惑する私に向け、アルトさんはにっこりと微笑んだ。


「君は俺が幸せにする」


 とても素敵なセリフだが……。


「…………? あの、どういうことでしょうか?」


 ほとんど関わりのない私に、突然こんなことを言うなんて意味が分からない。

 首を傾げる私に、アルトさんは更に顔を近づけた。


「言葉のままの意味だ。俺と結婚してくれ。幸せにする」

「あの……私、リラじゃないですよ?」


 私にとっては心が痛む自己申告だが……。

 こんな状況になっている原因は、やっぱり妹と私を勘違いしているとしか思えない。


「分かっている。俺を必死に看病してくれた、あの天使は君だった」

「看病……天使……?」


 もしかして、子供の頃のことを言っているのだろうか。

 あの時に見た、私のことを覚えていた?


「アルト! ……サラ?」

「!」


 しばらく聞いていなかった声が、突然背後から聞こえて驚いた。


「……リラ? どうしてここに?」


 こちらに駆け寄って来る美人エルフは、間違いなく妹のリラだった。

 ほとんど同じ顔なのに、どこからどう見てもモブの私とはこうも違うのはなぜだろう。

 そんなことより、ここは部外者立ち入り禁止なのだが……。


「どうしてアルトがサラを抱きかかえているの!? 怪我でもしたの? だったら私が治すから下ろして!」


 駆け寄って来たリラが、アルトさんの腕から私を引きずり降ろそうとしている。

 怪我をしているかもしれない、と思っているなら、もう少し丁寧に扱って欲しいのだが……。

 でも、下ろして欲しいのは私も同じだ。


「アルトさん、もう離して貰えませんか?」

「『連れ去る』までできていないのが残念だが……仕方ない。一旦下ろそう」


 一旦? と気になったが、とにかく下ろして貰えてホッとした。

 地に足がついた瞬間、リラがアルトさんに飛びついた。 


「アルト! 姿を見ないから探しに来たの。冒険者ギルドで聞いたら、ここだって言うから……。こんなところで何をしていたの?」

「サラに会いに来たけれど仕事中だったから、手伝わせて貰ったんだ」

「手伝った? ……サラ。アルトは勇者なのよ? こんなところで働かせないでよ!」

「…………」


 こんなところ、を連呼しないで欲しい。

 リラも両親と同様に、婚活ギルドを「おせっかいを焼くだけのくだらないもの」だと思っているのかもしれない。

 確かに勇者であるアルトさんに警備員をして貰ったのは申し訳ないけれど……。


 これでも、小さい頃は仲の良い姉妹だった。

 でも、リラが聖女になってからは距離ができてしまった。

 どんなにリラに非があっても両親が味方をするから、私を下に見るようになったのだと思う。

 大きくなってからは、まともに言い争っても無駄だと諦めたので、今回も適当に流そう。


「ごめんね。アルトさんのご好意に甘えちゃったけど、次からは気をつけるわ」


 私の方から謝ると、リラは満足するはずだ。

 これでアルトさんと一緒に帰ってくれると思ったのだが……。


「サラが謝ることはない。俺がやりたかったんだ。リラ。君はどうしてサラを責めるんだ」


 あれだけキラキラとした微笑みを見せていたアルトさんが、リラに冷たい視線を向けた。


「あっ……べ、別に責めてはないのよ? そんなことより……もうこんなところ、もう出ましょう?」


 また「こんなところ」と言ったな! と思ったが、話がこじれない様に黙っておく。

 私は早く仕事に戻りたいのだ。


 冷たい視線を受けて委縮したリラだったが、すぐに持ち直し、アルトさんの腕を掴んで帰ろうとした。

 だが、アルトさんが動く気配はない。


「離してくれ。君一人で帰れ。俺はサラに大事な話があるんだ」

「サラに話だったら、私があとから伝えておいてあげるから」

「人に伝えて貰うような話じゃない。頼むから……もう、俺の邪魔をしないでくれ」


 アルトさんの口調は静かだったが、激しい怒りを感じた。

 リラも同じように感じたのか、掴んでいたアルトさんの腕を離した。


「ひ、人に伝えて貰うような話じゃない、って……どんな話なのよ……」


 動揺しながらも詰め寄るリラだったが、アルトさんはそれをスルーして私の正面に立った。

 そして……優しいまっすぐな視線を向けられて、私を思わず息をのんだ。


「俺はあなたが好きだ。子供の頃からずっと――。これからはあなたのそばにいて、あなたの力になりたい」

「…………?」


 ……アルトさんは何を言っているのだろう?

 私のことが好きだなんて……嘘でしょう?

 アルトさんは、リラの恋人だったはず……。


 次に言葉を発したのは、フリーズして動けない私ではなく妹のリラだった。


「アルト! 何を言っているの!? 子どもの頃、あなたを救ったのは私! あなたが迎えに来たのも、一緒に旅をしたのも私!」

「……勘違いをしたのは、俺が悪かった。でも、あれほど説明したじゃないか……」


 アルトさんの言葉に、リラは顔を歪める。

 ……勘違い?


「子どもの頃、俺が好きになったのは――リラじゃなかった」

「でも! アルトは私のことを好きだって言った!」


 ……目の前で修羅場が始まったのだが、どうしよう。


「確かに俺は、助けてくれた子を好きになった。でも俺が好きになったのは……一晩中この手を握り、励ましてくれた子だ。俺は『手を握ってくれた子』と、『魔法で治療してくれた子」が別人だとは知らず……。勘違いでリラに好きだと伝えてしまったことは、本当に申し訳なかった」


 手を握って励ましてくれた子を好きになった?

 私のことを言っているようだけれど……本当?

 驚きで頭が真っ白になった。

 更に動けなくなった私の前で、二人の言い争いは続く。


「俺の好きな子は、聖女だと思っていた。だから、俺が勇者だと判明して、聖女と旅ができると知った時は嬉しかった。運命だと思った。でも……」


 アルトさんが再び、リラに冷ややかな目を向けた。

 リラの体がビクリと震える。


「やっと会えた嬉しさから、すぐに想いを伝えてしまったけれど……。いざ、一緒に旅を始めても違和感があった。あんなに恋焦がれた人に会えたのに、まったく心が動かなかった。それに、リラをよく見ていたら……」


 一層アルトさんの視線が冷たくなり、リラはどんどん委縮していく。


「な、何……?」

「表では『美しく優しい聖女』として振舞っていたが……。人が見ていないところでは、子どもが転んで怪我をしても、助けを求めて来たお年寄りがいても見て見ぬふりだった。俺は好きになった人が、こうも変わってしまったのかと……失望した」


 そういえば……まだ一緒に暮らしていた時も、リラと両親は見返りがある人しか助けていなかった。

 追い返された人達に、家にある回復薬をこっそり渡したりしたけれど、リラの魔法ほど治すことはできないから申し訳なかったな……。


「み、見て見ぬふりだなんて……多分、その時は疲れていたのよ。少しくらい救えなくてもいいじゃない! 私、たくさんの人を救ってきたでしょう!? アルトも一緒にいて、見て来たよね!?」

「確かに、君に見捨てられた人より、救われた人の方が遥かに多い。それは素晴らしいことだと思う。でも、俺が好きになったのは、寄り添ってくれる優しい心を持った女の子だった。それは君じゃない」

「…………っ」


 リラは言葉に詰まっていたが……泣き叫ぶように言い返した。


「優しくしたって、病気でも怪我でも、治せなかったら意味がないじゃない! アルトだって、私がいなかったら死んでいたかもしれないのよ!?」

「治してくれたことには、心から感謝している。でも、優しさに意味がないというのは違う。少なくとも俺は、今までつらいことがあっても、手を握ってくれた女の子の温かさを思い出して、それを糧に乗り越えてきた。だから、初恋の相手だと思っていたリラには失望して、『君を好きだったけれど、それはもう過去のものだ』と伝えたんだ。……何度もね」


 うんざりしているようなアルトさんの表情から、この話は幾度となく繰り返されたのだろうと予想できた。


「俺の初恋は終わったと思っていたが……。リラは貧しい子ども達のために頑張っている女性を見た時に、『姉のようだ』と馬鹿にするように呟いた。素晴らしい行いを嘲笑う君に嫌悪が湧いたが……。何より、姉がいるなんて知らなかったから驚いた。そして、やっと気づいたんだ。俺が好きになった天使は、リラの姉だと……」


 アルトさんはそう言うと、また優しい目で私を見た。

 そんな目で見ないで欲しい。

 子供の頃の想いが蘇ってきて……とても困惑している。


「やっと、サラの存在に気づいたんだ。調べれば調べるほど、あの天使はサラだったのだと確信した。早く君に会いたくて、頑張って魔王を倒したのに……君がお見合いをしていると聞いてすごく焦ったよ」


 そう言ってアルトさんは、私に手を伸ばし……頬に触れてきた。

 手は子供の頃とは違い、大きくてゴツゴツとした男の人の手だった。

 急に触れて来るなんて、と振り払おうと思うのに……私は動けない。


「納得いかないわ! 私の方が、サラよりすべて上なのに!」


 リラの叫びを聞いて、またアルトさんの目つきが鋭くなった。


「俺は家族を大事にできない人は嫌いだ。それに、君に納得して貰う必要はない」

「…………っ」


 はっきりと拒絶され、リラは黙ってしまった。


「サラ。君にまだお礼を言えていなかった。看病してくれてありがとう」

「…………っ」


 私がやったことは無駄ではなかった。

 子供の頃の私が報われた想いがして、涙が込み上げてきた。


「……私にできることをしただけです。私には治してあげる力はなかったけれど……少しでも救いになっていたならよかったです」

「サラッ!」

「!?」


 気がつけば、アルトさんの腕の中にいた。

 苦しいくらいに、ぎゅっとされている。

 子供の頃とは違う、私を包むたくましい体つきにドキドキしてしまう。


「やはり、俺が好きなのは君だ。俺と結婚して欲しい」


 体を離し、まっすぐに言われ……私の心臓は壊れてしまいそうなほど早くなっている。

 でも、こっそりと深く息を吸い、必死に心を落ち着かせてから口を開いた。


「私も……アルトさんが好きでした。初恋でした」

「サラ……!」

「でも!」


 また抱きしめようとするアルトさんを制止し、話を続ける。


「今のあなたを、私は知りません。あなたは勇者ですし……結婚なんて……」


 アルトさんを好きな気持ちはあるけれど、これは過去のものだ。

 今の私の気持ちは……混乱していて分からない。

 私に言葉を聞いて、アルトさんは少し思案していたが……。

 考えが纏まったのか、頷くと私に向けて話し始めた。


「大丈夫。勇者とは『魔王を倒す者』だ。魔王はもういないから、俺ももう『元勇者』だ。今の俺を知らないというのは……確かにその通りだ。だから、結婚は諦める」


 そう言われホッとした。

 捨てきれなかった初恋の想いがあるから、少し胸は痛んだが……。


「だから、婚約者から始めよう」

「…………?」

「俺をここで正式に雇ってくれ。のちに職場結婚しよう」

「????」


 アルトさんは、自信満々に話している。

『結婚の約束をする』と『婚約者になる』は、ほとんど同じだと思うのだが……。

 私の話を、ちゃんと聞いてくれていたのだろうか。


「何言ってるの! サラと婚約だなんて許せないし、アルトは今後も勇者として活躍しなきゃ!」


 撃沈していたリラが再び蘇ってきた。


「いい加減、帰ってくれないか? 俺のことは俺が決める。勇者という肩書がなくても、人々の力になることはできる。魔物が現れても、結婚相談所職員として戦うさ」


 戦う結婚相談所職員……いい宣伝になるかもしれない……。


 ……なんて、お仕事スイッチが入ったことで思い出した。

 私は仕事中だった!


「あの……私は仕事に戻りますので!」

「……じゃあ、俺も手伝おう」

「?」


 もう職員になったつもりなのだろうか。

 さすがに本人はよくても、勇者様を正式雇用するとなると、相談しなければいけないところがたくさんある。


「その話は、後日に改めて……」

「じゃあ、婚約の話はいいんだな?」

「え! そ、それも後日……。というか、婚約はできないです! ほら、私も子供の頃から変わっていて、アルトさんは幻滅するかもしれないですし……!」


 アルトさんのまっすぐな眼差しから逃れるようにそう伝えた。

 すると、アルトさんの顔が険しくなっていった。

 え? 私、何かまずいことを言いました?


「君は……俺の本気が分かっていないようだ。分からせる必要がある」

「え? え?」

「……じっくり教え込む。覚悟しろ」

「!」


 どこかで聞いたようなセリフだ。

 確か先ほど連れ去られたお姫様が、同じようなことを言われていたような?

 教え込む? 何をどうやって!?


「む、無理です! 覚悟できないので遠慮します!」

『むりではありません。ますたぁのせいしんに、きょひはんのうはありません』


 なぜか呼びかけていないのに、アクアが口を挟んできた。

 こんなことは初めてだ。


「この声は? ……精霊か」

「アクア! 余計なこと言っちゃだめっ! …………っ!?」


 アルトさんは絶賛大混乱中の私を再びお姫様抱っこすると、どこかに向かって動き始めた。

 え? 私、本当に連れ去られるの?


「ちょっと! 待って! 私のことを無視しないで!」

『じゃまは させません』


 私とアルトさんを止めようとするリラを、アクアが水のリングで拘束した。


「あなた、私が捨てた可愛くない精霊ね!? なんて生意気なの! ホリー!」


 リラが自分の精霊を召喚したようで、突如神々しい光の鳥が現れた。

 聖女に相応しい美しい精霊だ。

 精霊ホリーはリラの指示に従い、水のリングを破壊しようとした。

 だが、その瞬間に巨大化してクジラのような形態になったアクアが、大きな口でホリーを丸ごと飲み込んだ。

 透明なクジラのお腹の中でしばらく藻掻いてたホリーだったが、次第に光が弱くなり、消えてしまった。


「アクアがすごいことになった……!」


 見守っていた私は、顎が外れそうなほど驚いた。

 アクアがホリーに勝ってしまうなんて……!

 クジラになっていたアクアは、すぐにいつものクラゲに戻ったが……あんなことができたの!?


「どうして私のホリーが、捨てた精霊に勝てないのよ!」


 水のリングで拘束されたままのリラが叫んでいる。


「……上位精霊を捨てて下位精霊と契約を結ぶとは」

「?」

「なんでもない。君の精霊は良い精霊だな」

「! ……はい!」


 それには同意しますが、私は一体どこに連れていかれるのでしょう。

 アクアもアルトさんも、きっと今は私の意見を聞いてくれないだろう。


『ますたぁ、おしあわせに』

「ギルマスゥゥゥ! よかったよぉぉぉ! お幸せに~~!!」

「結婚式はギルドで盛大にやりましょう~!」


 凄いスピードで移動するアルトさんの背後に、アクアと号泣しているメリンダ、そして笑顔で手を振っているギルド職員たちが見えた気がした。


 まだ分からないけれど……。

 どうやら今世では、私自身の婚活はしないことになりそうです?

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聖女の妹を選んだはずの勇者様が、私がお見合いをしていると聞いて乗り込んできました 花果唯 @ohana

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