4th / AYAKA

 『人生派手に生きないと、損するから』

 全ては従姉のカンナの、その一言から始まった。

 それからずっと、あたしは殻を被ってる。

 例えば染め上げた髪、ストーンを嵌め込んだネイル、短く詰めたスカート。

 煌びやかに飾り付け、あたしのホンネを、本性を覆い隠す、殻。

 これを取り去る事はできない。

 取り去った途端に、煌びやかな世界のあたしの仲間は、あたしの敵になり、あたしを攻撃すると、わかってるから。

 窮屈だ。息苦しい。でも、後戻りなんてできない。

 その歪んだストレスを、コトミを攻撃することで、あたしは揉み消している。

 でも本当は、それすらも苦しい。

 そう、これはまるで、呪いだ。


 体育館。

 幕の引かれたステージに向かって座り込む全校生徒。

 むずがゆい善意を押し付ける映画の上映会が、始まろうとしている。

 学校って、宗教と一緒だ。

 正しいと思って止まないハリボテの価値観を、押し付ける。

 従順なフリをして、それを受け入れてるように見せてるだけ生徒を見抜けない先生たちは、どこまで本気なんだろう、といつも思う。

 照明が消えた。

 幕が開く。

 途端に、ざわめきが広がった。

 それはそうだ。

 本来、舞台上には映画を写すスクリーンだけがあるはずなのに、真ん中奥にはドラムセット、左右には大きなアンプ、その前に三本のマイクスタンドがある。

 スクリーンに薄ぼやけた光が当たり、次第にロゴが浮かび上がる。


 PUNKISH GIRLS' THEORY


 ぶっとくて、真っ赤なフォント。

 そして、突如消えたロゴと入れ替わりに再生される、どこかで見たシーン。

 二週間前、グラハムユーリとニラサキカナを退学に追いやった一連の、クラスメイトたちが語ったニセモノではなく、真実のシーン。

 あの時、録画されたものだ。

 それがダムドのI Fought The LawをBGMにして、ビデオクリップみたいに流れてく。

 ざわつく先生たち。

 なんだよこれ、と狼狽える当事者のタク。

 あの二人が、この映像を持ち出して抵抗すれば、もしかしたら退学は免れたかもしれないのに、ずいぶんあっさりと引き下がったことが、気にかかってた。

 やられた、と胸のうちで思う。

 思いながらも、何故か、どこか、爽快さも感じる。

 ステージ脇からギターを持った人影が二つ、歩み出てくる。

 グラハムとニラサキ。

 それに続いて、もう二人。長身の見知らぬ男と、コトミ。コトミだ。

 グラハムがマイクを掴む。同時に、キンと甲高い音が響く。

 「校長とガッコ宛にこの動画送ったんだけどさ、シカトされたんで公開してみましたー」

 マイク越しにそう言うグラハムに向かって、おい、やめろ、と叫びながらステージに登ろうとする体育教師の顔を、グラハムは足の裏で突き飛ばした。

 声のボリュームをあげて、グラハムが続ける。

 「こういう嘘ばっかで切り貼りされた糞溜めがガッコってトコの正体で、ホントはお前らそれに気づいてんだろ?で、気づいてて、黙ってんだろ?」

 別の教師が壇上に上がろうとしたところを、今度はニラサキが蹴り倒す。

 「モヤモヤしてんなら叫べよ!ホンネのアリカを晒せ!クズども!」

 グラハムが叫びきった瞬間、ニラサキがギターを掻き鳴らし出す。

 昔よく聴いた、殻の中に閉じ込めたリフ。ピストルズのGod Save The Queen。

 コトミのベースが後を追い、ドラムのビートが重なる。

 グラハムが歌い出す。

 その時突然、脳裏に甦る記憶。コトミの部屋。シドのポスター。鳴り響くパンクナンバーたち。ふたりで頬を寄せあってにやけてた日々。

 ホンネノアリカ。

 グラハムの言ったその言葉が、頭の中でぐるぐると渦を巻く。

 「どうすんだよ、これ」とタク。

 「あの動画、ヤバくない」とアイコ。

 金魚の糞ども。虚勢を張るのはいっちょまえで、自分じゃ何も決められない。こんな時も、狼狽えるだけ。

 ホンネノアリカ。

 そうだ。ソレだ。

 あたしはソレを、コトミの部屋のシドの前に置いてきてしまった。

 大切なモノ。

 たぶんそれが、この呪いから解放してくれる。

 タクとアイコを突き飛ばし、あたしはステージに向かって駆け出す。

 殻を、破る。破ってやる。

 演奏しながら、ステージに登ろうとする先生たちを蹴散らしてるグラハムたち。でもそれも限界に近い。

 だからあたしは、数学の藤村に体当たりして、すぐ横にいた英語の浅田の横腹を蹴りつける。グラハムたちを、助けるため。

 ステージの上の、グラハムと目が合う。

 マイクを外したスタンドを、投げ渡される。

 ステージの下で、私はそれを振り回す。

 叫びながら振り回す。

 先生たちを牽制する。


 〝お前らに未来なんて無い〟


 グラハムは最後のフレーズを歌いきると、ステージを飛び降りる。ニラサキもコトミも、見知らぬドラムの男も、それに続く。

 「逃げるぞ!」

 グラハムが叫びながら、走り出す。

 それにみんな、続いていく。

 取り残されそうになったあたしの手を、誰かが掴んで引っ張る。

 コトミだ。

 そのままあたしも一緒に、体育館を飛び出した。


 体育館裏の路地に停めてあったバンに飛び乗って、あたしたちは、保健の絵里先生の行きつけだと言うバーに連れられてこられた。なるほど、この人の手引きか、と納得した。

 「まさかアンタが暴れだすとはね」

 ボックスシートの一番奥から、グラハムが言って、きしし、と笑う。

 「コトミに聞いてたけど、やっぱアンタもパンクじゃんか」

 その隣のニラサキは、言いながら手に持ったコロナビールの瓶を煽る。とても、十五、六歳の飲みっぷりには見えない。

 「でもアヤカ、大丈夫なの?」

 消え入りそうな声で、隣のコトミが聞いてくる。

 「ま、処分はされるんだろね。あいつらとももう付き合えないだろうし。でも何か、気持ちいいや」

 本音だった。自暴自棄になったわけでもない。むしろ、何か大切なものを、取り戻せた感じがした。

 「おかえり、アヤカ」

 唐突に、薄く笑んでコトミがそう言った。途端に、コトミと離れてしまった後の記憶が、頭の中に雪崩れ込んでくる。

 あたしの“攻撃”に耐え続けたコトミの姿が、目の裏に焼き付く。焼き付いて、ぼやける。

 「ずっと、ごめん」

 絞り出すような声になった。

 悔しかった。自分で自分が憎かった。それでも笑んでくれるコトミが、素直に、愛おしかった。

 「おかえり」

 もう一度、コトミが言って、あたしの頭を撫でる。

 「ごめん。ごめん。あああ・・・」

 耐えきれず、嗚咽が漏れる。

 自分の愚かさを呪って、あたしは、派手に泣いた。

 「まるで聖母Virgin Maryだね」

 グラハムが流暢に英語で言って、続けた。

 「It could happen to you, PUNK!」

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パンキッシュ・ガールズ・セオリー/ High-School Girls' Universe 1st 北溜 @northpoint

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