終末を待つ

甘味料

1

20××年×月××日、私たちは終末を待っていた。


明日の夕方頃、隕石が衝突して世界が終わるらしい。

ニュースはこれを誇張して広め、銀行やテーマパークに大量の人が押し寄せ世界は大混乱となった。

私たちは、終末を待っていた。

「ねえ、明日世界が終わるとしたら何をしたい?」

焼く前のクッキー生地のような甘さを含んだ声が隣から聞こえた。本当は酷くしゃがれていたが、私にははっきりと聞こえたのだ。

「終わるんだよ。明日には。」

「うん、だから何をしたい?」

愚問だと思った。君と一緒にいたいと思ったから私は今君といるのに。

まっすぐ前を見据える彼女の白いまつ毛が、ふわふわと風に揺られているのを私は見ていた。

「君といたいよ。」

彼女はまるで、私がなんと返すか予め知っていたかのように、或いは突然予想外の事を言われたかのようにはにかみ、知ってるよ。と言った。

昔から彼女の瞳はとても綺麗で凛としていた。白く濁ってしまった今でさえ、視線の先に未来が見えるのだ。私には見えない何かを見ている君が羨ましくて、同時に悲しかった。私と君とは違うと思い知らされるようだった。きっと彼女の瞳を私に植え付けても、見えるものは濁りだけなのだ。

震える彼女の左手を取り、軽く握るようにして暖めた。今日で最後だから。このままここに居よう。君が耐えられないというまでここで風に揺れていよう。大丈夫だ。みんな自分のことしか見えていない。この世界には、私と君しかいない。


世界は終わらなかった。あんなに騒がれた隕石の話は簡単に世間から消え去り、ファッションや政治の話題が電光掲示板を光らせている。私はストールを口元まで立てて、身を隠すように階段を上っている。

私たちは終末を待っていた。あのまま隕石によって地球が滅んでいれば、私たちは抗えない不幸によって永遠を手に入れることができたのに。世界はやはり、君だけを連れて行ってしまった。澱みきった瞳から零れ落ちる涙をストールに沁み込ませ、黄ばんだドアの錆びついたノブを捻る。君が好きだった。ずっとだ。今も好きだ。淡い水色のパジャマを着た君が、記憶の中で私を呼ぶ。忘れたくないのに、どんどん君の声の輪郭が曖昧になって空気と混ざる。このままでは、私は完全に君を忘れてしまうのだ。柵に括られたストールに首を通し、小さな街を見下ろしている。私は、小さい頃した君との約束を思い出していた。私と君は、ずっと一緒だ。指切りげんまんもした。

私は、君との終末を待っていたんだ。

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