#04

 昨日はリサの家に泊まった。

 今日、リサを殺そうと思う。

 これからリサを殺す場所を探さなければならない。


 寝返りを打って横を見ると、リサがうつぶせになって眠っていた。顔だけこちらに向けている。何も知らない。安らかな寝顔だ。


 僕が身を起こすと、リサも「うん」と言って目を覚ました。


「……ママは?」


「まだ帰ってきてないよ」


 そう答えてから、マズイと思った。母親が未だ帰っていないことを不審に思って騒ぎ出したら面倒だ。

 しかし、それは僕の一瞬の杞憂で、リサは


「ふうん……」


と言った。それと同時に、お腹もグーと鳴った。


「ねえ、リサ。お母さん、帰ってこないこと、けっこうあるの?」


 母親の手紙に書かれていたとおり、棚の中にはコッペパンがあって、僕らは半分こして食べた。リサは口を大きく開けて顔中を口にしながらコッペパンを齧って頷いた。

 

 このパンがリサの最後の食事になる。

 

 もしも、明日世界が終わるとしたら最後の晩餐は何がいいかという質問には、「卵かけご飯」と答えることに決めていたのをふと思い出した。

 リサの答えはコッペパンだろうか――質問しようかと思ったけれど、コッペパンでなければ殺すことを躊躇ためらいそうだから、よした。


「どっか行きたいところ、ある?」


 代わりにそう尋ねると、リサはちょっと考えて、


「パンダ!」


と元気よく答えた。




 新宿からは中央線で神田まで行き、京浜東北線に乗り換えて、上野駅へ。

 駅舎を出る。冷たい風が頬を刺した。僕は思わず肩をすぼめ、マフラーの中から目だけで空を見上げた。

 快晴。

 冬の澄んだ空がずっと高く、高く感じられた。この濃い青の向こうには宇宙があるのだと、分かりきったことを思う。

 今年はアメリカの資本家だとか、日本人の起業家だとかが宇宙旅行を楽しんだのがニュースになっていたことを思い出す。僕らが大人になる頃には宇宙はもっと近くなっているのかも知れない。


 動物園前の信号が青に変わった。

 見知らぬ土地に着たからか、キョロキョロあたりを見回しているリサの手を引いて、横断歩道を渡った。


 パンダを見た。

 柵から身を乗り出さんばかりに前のめりになってパンダを見るリサのほうが気になった。しばらくパンダに見入っていたリサは、一言


「動かないね」


と言って、つまらなそうに柵から離れた。


「すみません……ちょっと、写真撮っていただけますか?」


 スマートフォンを片手に持った女性が僕に話しかけてきた。そばにはリサと同じ歳ぐらいの男の子が立っていた。写真を撮ることを了承すると若い母親はその男の子の後ろに立って笑顔でVサインをつくった。


 不意に、僕は家族でパンダを見に来たことがあるのを思い出した。

 正確に言えば、パンダを見に来たこと自体は覚えていない。アルバムに動物園でVサインをする僕の写真が挟まっていたことを思い出したのだ。小学校に上がるか上がらないかぐらいの、ちょうどリサぐらいの歳の僕が映っている。

 あのアルバムには、僕の写真が――僕の成長の記録がいっぱい残っている。


 そんなアルバムがリサにもあるんだろうか。

 リサの生まれてきた記録は――リサがこの世に生きた証というものはあるのだろうか。

 彼女がこの世界に生まれてきたことを、誰かが知って、喜んだのだろうか。




 動物園を出たところに警察官が三人立っていた。

 マズイと思った。

 咄嗟に顔を背けた。

 足早に立ち去ろうとする僕のほうに彼らが近寄って、声をかけてきた。


「タカハタさん!……タカハタさん?……タカハタ ツカサさんですね?」

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