俺じゃない! 勇者はこっち! ~人間×鳥=最強のふたり! どんな相手でも必殺技「ヒューマンストライク」で解決します~

白井伊詩

ヒューマンストライクの時間だオラァッ!!!!

 

 

 冬の江ノ島、観光客は意外と多く、海辺を散歩する人も少なくない。

 堤防では釣りを楽しむおっさんもいれば、デートでいちゃつくカップルもほどほどにいる。

 

 そんな中、俺は死んだ。海に転落して。

 

 江ノ島で有名な害獣こととんびと一本五百五十円のツブ貝串焼きを巡った結果だった。

 

 

「目覚めなさい勇者」

 

 俺はなろう系の異世界転生テンプレートが好きなのでこの光景よく知っている。

 

「女神様ってことはまさか俺も異世界に!?」

 

「目覚めなさい勇者」

 

 没個性の人生に終止符が打たれる福音とはまさにこのこと。

 今、目の前に見目うるわしい女神様が俺に語りかけているのが紛れもない事実だ。

 

「ピー! ひょろろろ!」

 

 俺は後ろを振り返る。獰猛な目つきに茶色い体、くちばしの先端は黒くするどい。

 何を隠そう俺を殺したあの……あのとんびだった。

 

「目覚めましたか勇者!」

「そっち!?」

「ピー?」

「早速ですが異世界に転生して魔王を倒してください!」

「ピー……?」

「女神様、これ完全に人の言葉理解してねえぞ……」

「やってくれるのですね! ありがとうございます!」

「女神様ァ!?」

 

「さっきからうるさいですよ人畜」

「酷くない?」

「ピー!」

「というわけでチートスキル与えるので魔王討伐をお願いします」

「雑ぅ!!」

 

「ピー!」

 

「え? そこの二足歩行型下劣畜生も連れて行く?」

「無駄になげえ、人でええんやけ」

「まぁ、いいでしょう。とりあえずそこのホモサピエンス、欲しいスキルとかありますか?」

 

「よっしゃ来た。まずは魔法だろ――」

 

「落下耐性と毒耐性と防御系のスキルですねわかりました」

 

「言ってない! 要望を聞いて!」

「ま、いいでしょう。特別に今回は良しとしましょう。それでは行ってらっしゃい」

 

 

 自分が立っている場所の床が抜けてそのまま異世界に俺はボッシュートされるのだった。

 

 

 

 ****************

 

 

 

「痛ってえなあ。こんな雑で酷い異世界転生、なろうでもねえよ……ここカクヨムか……」

 

 林というか森というかとにかく樹木の多い場所に落下した俺は周りの状況を確認する。

 

「ああ、視界にタブが出てステータスとかわかるタイプの異世界ね。俺のステータスは攻撃が1で防御が999、魔法攻撃が1で魔法防御が999か……雑ぅ!」

 

「おかしいだろ! おまけにスキル見てみれば状態異常耐性に落下耐性だけって!」

 

 俺は独り言を言いながらステータス画面とにらめっこしている。

 

 次の瞬間、俺の体は空を飛んでいた。

 

「ファッ!?」

「見つけたわ」

 

 肩をがっちりと爪がホールドしている。上を向くと鳥というかとんびが俺の体を掴んで飛翔していた。

 

「お前は勇者! てか喋ってね?」

「スキルよ」

「なるほどな」

 

「名前」

「俺の?」

「私の名前よ。今まで必要無かったからあんたがつけなさい」

「トビオ」

「団地の名前みたいで気持ち悪いし私は女よ!」

「とんびの性別なんてわかんねえから!」

「ちゃっちゃとしなさいこのあんぽんたん!」

「えーとうーんと、じゃあトビコ」

「却下!」

「えぇっと……じゃあトリコ……は安直か」

「はぁ……もうそれで良いわ……」

「ネーミングセンス無くてすまんのぉ……」

 

「はぁ……じゃあ、私があんたに名前をつけてあげるわ」

「お、お互い様って感じだないいね」

「トマリギでいっか」

「オイイイイイイ!!」

「何よトマリギ?」

「……よくよく考えたら無駄に中二臭い名前も微妙だしそれでいいわ」

「決りね」

 

「おう、よろしく」

「じゃあ、早速魔王を倒しに行くわよ」

「いやいや、こういうのは序盤の村から徐々に移動してだな――」

 

 

 

「ヒューマンストライク!!」

 

 

 

 雑な技名と唱えると同時にトリコは急速落下を始め、加速する。

 

 下には城が見え、そこに向って俺たちは急速落下している。

 

「後は野となれ塵となれだ! 行くぞトリコ!」

「行くのはあんただけよ!」

 

 トリコは俺を射出するように足を放す。

 慣性に従うまま俺は城の屋根に直撃する。

 

 

 加速×落下×質量=破壊力の図式を想像に容易ッッ!!。

 

「わー、お空とってもきれいなだなー」

 

 ヒューマンストライク、要は俺を高いところから加速して一気に落とすというものだ。

 

 

 

「痛ってえ……と思ったけどそうでもねえな。落下耐性のおかげか」

 

 俺はのそりと起き上がる。

 

「国王様アアア!」

 

 床に眼をやると俺は泡を吹いて伸びている国王の腹の上に立っている。

 

 

 

 

 トリコ、これ魔王じゃない。国王や――

 




 となればやるべき事はひとつ――

 

「逃げるんだよぉ!!!!」

 

 城の窓に飛び込んで窓ガラスを割る。一回やってみたかった。

 

「トマリギ!」

 

 トリコが俺をキャッチするとそのまま上空高く大空に舞い戻る。

 

「トリコ、結論から言うと魔王じゃない。国王だ」

「王様倒せば良いんじゃないの?」

「魔王だ! そんな節操なしに王という王を倒して回る異世界珍道中嫌だ」

「ふうん、じゃあどういう場所に行けばいいのよ」

「もっとこう魔王っぽい場所をだな」

「例えば?」

「例えば、そことか――そこ魔王城じゃね!?」

 

 俺はそれっぽい場所を指差す。禍々しくて黒っぽくて如何にもな場所だった。

 そんなことより魔王と国王、それぞれの城がフルマラソンの距離ぐらいしないことに驚きだった。

 

「とりあえずヒューマンストライクもう一回やるで良いかしら?」

「まぁ、もう国王殺してるし今更罪の一個や二個、大差ねえか……」

 

 

 本日二度目のヒューマンストライクを決めた俺たちは魔王城内の玉座の手前にある部屋までショートカットすることに成功した。

 

「RTAでもこんなに酷くねえぞ……」

「いいんじゃない?」

「まぁいいか」

 

 

「くくく、よく来たな勇者」

 

 俺の目の前に四つの人影が現われる。

 

「お前らは!?」

 

 

「魔王軍女四天王が一人、毒雀のピトフーイ!」

 

「くっ! 毒使いか!」

 

「魔王軍女四天王が一人、毒蛙のコバルトヤドク!」

 

「こっちも如何にも毒使い!」

 

「魔王軍女四天王が一人、毒蜥蜴のヒラ!」

 

「………………」

 

「そして私が魔王軍女四天王、毒蛇のアマガサ!」

 

 

「全部毒じゃねえか、毒と毒と毒と毒で被ってんじゃねえか!」

 

「……覚悟はいいな?」

 

 

「おい!!!! お前ら今、薄々被ってること気にしてるけど今更引き下がれないみたいな顔したな」

 

 

「覚悟はいいな!」

「誤魔化すなよ……」

 

 俺は威厳もへったくれもない四天王を前にする。

 

「言っておくが戦うのは俺じゃない! あいつだ!」

 

 天を指差すと同時にトリコが腕に捕まる。

 

 

「ひいいいいいいい!」

 

 

 四天王が青ざめた顔になる。

 

 雀、蛙、蜥蜴、蛇……どれもトリコの捕食対象だもんな。

 

 

「くっ! ここは一端引かせてもらう!」

 

 毒蛇のアマガサが青ざめた顔で言う。

 

「おいおいおい、お前らここで引いたらあとは魔王だけだぞ……?」

 

「我々が負けたとしても魔王様がお前を討つ!」

 

「ええんかそれで……四天王……」

 

 怯えきった四天王を横目に俺とトリコは玉座の間に到達する。

 

 

 

 ****************

 

 

 

「いよいよ魔王だな」

「そうね……」

「思い返せば色々な旅をしたな。まだ一時間も経ってないけど」

「うん……」

 

 

 石造りの扉を開くと、仰々しい椅子に腰掛けた魔王が頬杖をついて足を組んでいた。

 

「くくく、よく来たな勇者と……えーっと」

 

「あっトマリギです」

 

「くくく、よくきたな勇者トマリギ」

 

「勇者こっちです。トリコです」

 

 俺はトリコを指差して訂正させる。

 

「……くくく、よく来たな勇者トリコ」

 

「ピー!」

「おい! 人間の言葉にしなさい!」

「ごめん、うっかりしてたわ」

 

 

「さっきから何なのだ! 余は魔王であるぞ! しかも三十七代ぶりの女魔王であるぞ! 偉いのだぞ!!」

 

 玉座から立ち上がり魔王は詰め寄ると俺の肩を指で小突き始める。

 

「ごめんて! 小突かないで! バランスが崩れる!」

「ちょちょちょっと!」

 

 トリコも慌てて翼をばたつかせる。

 

「最近の若者はこれ――ガハッ!」

 

 魔王は白目を剥いてあぶくを吹き始める。

 

 

「遅かったか!」

「お前は毒蛇のアマガサ!」

「魔王様は重度の羽毛アレルギーだったのをすっかり失念していた!」

 

 

 こうして魔王は倒され、世界は平和になった。

 

 

 

 ****************

 

 

 

 女神のいる場所に戻された俺たちは顛末を話す。

 

「という感じで異世界を救ってきましたよ」

「え? はぁ……?」

「意外と楽だったわよ」

 

「じゃあ俺たちはこれで」

「ちょちょちょ! 国王が真の魔王であるといつお気づきに!?」

「え?」

「え?」

 

「ご存知なかったのですか?」

 

「全然」

「全く」

「「これっぽっちも」」

 

 俺とトリコは息を揃えて女神に言い放つ。

 

「そ、そうですか……では次の異世界へどうぞ」

「お、次の異世界か」

「トマリギ行く気満々ね」

「せっかくだし。行かなきゃ勿体ないだろ」

「じゃあ、私も行くわ」

 

 

 一匹の男と一羽の鳥は今日も楽しく異世界を飛び回るのだった。

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俺じゃない! 勇者はこっち! ~人間×鳥=最強のふたり! どんな相手でも必殺技「ヒューマンストライク」で解決します~ 白井伊詩 @sirai_isi

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