間違いだらけ

 さっきまでの燃え盛っていた想いはどこへやら。見てはいけないものを見てしまって、申し訳なさよりはむしろこれから身に降りかかりそうな危険に恐怖していた。

 奴が今握りしめるテニスウェア。あれは確か、昨日部活の時に着ていたもの。そんなものをこいつが持っている意味。そして、それを奴が嗅いでいる意味。


 身の毛がよだつ体験をしてしまった。幽霊よりも人間の方が怖いと言う人が良くいるが、まさしく今俺は奴に怯えていた。


「け、警察……!」


 スマホをポケットから取り出すと、


「やめなさいっ」


 奴にスマホを奪われた。


「ひぃぃぃ!」


 変態に危害を加えられた!

 思わず、悲鳴を上げてしまった。


「……警察なんて呼んだら、あんたを不法侵入で突き出すから」


「お、お前! 自分こそ人の衣類盗んでる癖にその言い草か!」


「盗んでません。あたしは、ちゃんとあなたのご家族に許可もらってるから。大丈夫です」


 なんと言う衝撃発言。

 俺の家族とこの変態が癒着関係にあった件。俺に逃げ場はもうないらしい。


 そう言えばここに来る直前、加奈から結衣と何を話したかを聞いた時、なんだかはぐらかすような言い方をしていたが……それ、俺の衣類を無断で貸し出していることを悟らせないためだったのか。


 ……えぇぇ。こっわ。鳥肌立ってきた。


 だって、今あいつが持っているテニスウェア。昨日着ていたテニスウェアだぞ?

 一日練習に使っていて、汗もたっぷり染み込んでいる。それを、奴は嗅いでいる。


 ……それって、所謂匂いフェチ。最近知ったネットスラングだとクンカーって呼ぶ奴だ。クンカーは変態だって、ネットで言っていた。

 しかも、自分の好きな匂いのためなら何でもするような変態だって、そう見たぞ。




 ……ん? 待てよ?




「お前、その口ぶりだと常習的にパクってるのは俺のテニスウェアってことで良いのか?」


「だからパクってない。借りてるだけ」


 まず、奴は気にしていないところを否定してきた。


「……そうよ。小さい頃から、あんたの匂いにメロメロ。それであんたの家族と交渉して、日常的にテニスウェアを借りて、一晩使って、洗濯して返却している。ウチの親も周知の事実」


 トンデモないことを言っている。頭が痛い。

 でも、気になっているのはそこではなかった。


「お前まさか、俺にテニス部辞めるなって言ったの……日常的に情事に利用しているテニスウェアが入手出来なくなるからじゃないよな?」


 まさか、な。

 でも……使用済みテニスウェア欲しさにいつも俺に厳しく当たっていた。テニス部辞めるなって言った、と考えると、どうも筋が通るんだよな。

 勿論、そうあって欲しいわけではない。


 だってもしそうなら……俺、奴の情事の種のためにテニス辞めるって態度翻したことになるんだぞ。

 そんなの……泣けるどころの騒ぎではない。


 ……って、


「おい、なんで何も言わないんだよ!」


 おいおいおい、まままさか……。そのまさかだった?

 俺、こいつの情事のために出された言い訳に諭されて、テニス続けようとしているの?


 悲しいどころの騒ぎではないんだけど。

 悲しいどころの騒ぎではないんだけど!!!

 

「……違うから」


 結衣は、釈明する気らしかった。


「あんたにテニス辞めて欲しくないと思ったのは、自分の損得勘定とかはなかった。本当よ」


「……本当は?」




「つべこべ言わずさっさと使用済みテニスウェア提供しろって思ってた」




「ああああああああああっ!!」


 頭を抱えて、俺はその場で膝を折った。

 信じたく事実が、そこにはあった。そんな……献身的な奴に、顔も見合わせたくない、会いたくないとさえ思った奴に会って、謝罪してテニスを続ける宣言しようと思ったのに。


 なんて酷い仕打ちっ!


 こんな屈辱、追い抜かれていく有望株に負ける以上の辛さだよ。

 そんな屈辱をこの女に味わわされるだなんて……絶対に許せない。


「返せよ! 俺の反省を返せよっ!!!」


「何わけわからないこと言ってんだ、こいつ」


 それはこっちの台詞だ。

 何意味不明なことしてんだ、こいつ。


 ……ただ一つ、わかったことがある。


 俺はこいつのこと、いつだって正しいと思っていたんだ。

 だからこいつのことが嫌いだった。正しさを押し付けるこいつが、嫌いだったんだ。


 でも……。




 こいつ、全然正しくなんかねえじゃん……。




 だってこいつ、ただのクンカーの変態だもん。

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