第5話 初めまして、さよなら。いや、関わりたくありません!

 味噌汁を飲んで、一息ついた頃。

 味噌汁が、食欲の呼び水になったのか本格的にお腹が空いたので、非常食からやきとり缶とアルファ米の袋を取り出す。

 やきとり缶はそのままでもおいしいし、アルファ米はお湯を袋に注ぐだけで食べられるスグレモノだ。

 アルファ米の袋を開けて、乾燥剤と付属のスプーンを取り出し中の線までお湯を注いで、アルファ米が膨らむのをまつ。

 すると、不思議なことに気付いた。


「……水が、減ってない?」


 水筒に入れていた水が減ってないのだ。

 いや、違う。使ったはずなのに補充されている、と言った方が正しい。

 確かに空にしたはずの水筒。

 それが今では満タンになっている事実。

 ……おかしい、これは完全におかしい。

 いくらここが魔法溢れるファンタジーな世界としても、物質が自然と復活するなんてことはありえないハズ。


 ……――ありえない、よね?


 何となく、不安になった私はバックパックの中身を全て確認することにした。

 荷物全部を並べ、一つ一つ確認。


 テント

 寝袋

 ライト

 調理用具ポーチ

 スパイスボックス

 保冷バッグ

 ナイフ

 焚き火台

 ツールボックス

 スマホに充電器

 その他もろもろ……


 外見は変わってない。


 それでも、なんとなく不信感が拭えずじっと眺めているとスマホから通知音が鳴り響く。

 ……ビクッと跳ねてしまった。

 なんだ、スマホが鳴っただけか。と思ったけどちょっと待てここは異世界な訳だ。


 電波も無いのに通知音が鳴るのか?


 ……ゾッとする考えが浮かぶも、尚も響く通知音……いやこれもうホラーだから!!

 嫌々でも止めなければこれはずっと続くのだろう、さっきから鳴り止まないし。


 女は度胸、って私今日何回目の度胸キメましたっけ!?

 諦めてスマホを手にし、画面をタップすると……


「ちょっとぉ!何回目通知させんのよ!さっさと出なさいよね!」

「……ええ……?」


 明るくなった画面に、響く機械音……というか普通に通話になってるんですけどこれどういうこと?

 え?実は寝てる間に元の世界に帰ってた?ってか全部夢オチ?だったりする?


「いや、そんなことはない」

「!?……思考を読み取った……だと!?」

「あーなんかこいつ面倒くさそうだわぁ」

「いきなりの失礼ぶっかますな」


 よく分からない人物にいきなり罵られるのは私の運命なのだろうか?


「まあ、いいや。とりあえず私はこの世界の女神です、初めまして!」

「……初めまして、私は無理矢理この世界に召喚されて捨てられた可哀想な異世界人です、ではさよなら」

「おいコラ待て待て待て!流れで切ろうとするな!」

「いや、だってなんか関わりたくないし」

「はー!?ちょっと可哀想だから助けてやろうとしたのに何その態度!さっきだって、神に嫌われてるとか言ってたから違うよってお知らせしてやったのに全然気付かないし泣いてるしさーー!」


 自称女神がなんか叫んでいる。

 てかあの物音はお前だったんかい!めっちゃ怖かったんですけど!?それに泣いてるとかどこから見てたんですか!?ストーカーですか!?やっぱり怖っ!

 つい勢いで通話終了へとスワイプした。

 スピーカーになってないのに、なんか鮮明に聞こえるし切っても切れないってどういうこと?

 というか通話してること自体おかしいのであって、もうなんか異世界ファンタジーすげえや。


「……で、その自称女神が平民以下の異世界人になんの御用でしょう?」

「あ、そうそう。それなんだけどさ。まさか、いくら何でもなんの説明も無しにウチの子供達があんな態度で貴女を捨てるとは思わなくてね……しょうがないからこの世界の!女神である私が!直々に貴女をサポートすることにした訳よ。これは有難いことで滅多にない事なんだから感謝しなさいよ!」

「……だったら元の世界に帰してくれれば万事解決で良いのでは?」

「あー、それは無理。召喚って基本神様ノータッチだからね、自分の世界の子供達がやるにはギリセーフって所なんだけど。仮に神様が自由にそんなことしだしたら転生転移召喚諸々何でもやりたい放題になるし、世界の規律ぶっ壊れるし時空乱れさせるわなんやらで葬られるわ」

「そんなもんなんですね……世知辛い」

「神の世界にも色々あんのよ。万能じゃないの……って!そんな事どうでもいいのよ!それより、貴女のことよ!」

「はあ……」


 自称女神が言うにはこうだ。

 持ち物自体をチート仕様にしておいた、とのこと。

 持ち物というと私がこの世界に持ち込んだ全て、らしい。

 水とか調味料は使っても減らないし、テントは結界が張ってて外から見えないし、破れない壊れない。

 寝袋も、冬は暖かく夏は涼しい。着ているものもその仕様らしく、防御とかのステータスが異常に高かったのもそのせいらしい。その他にも色々言ってたけど割愛。

 一番驚いたのはこれだろうか?


「……って事で、私が出来るだけチートにしといたから。バックパック?っていうのに入れれば何でも入るし時間停止機能付きの無限空間にしといたから」

「と、いうことは、これは世にいうマジックバックになっているの!?」

「なの、かな?知らんけど。そこそこ凄い事だからね?盗られないように貴女の手元に戻る設定にもしとくわ」

「え、凄い……至れり尽くせり。じゃあ……ちょっと最後に質問なんですけど、このmamazonも女神が……?」

「あ、それは本当に知らないや。固有スキルだから貴女の能力と思うけどまだ使えないのかしらね?私からは干渉できないわ。……てか様をつけなさいよ、敬え!」

「女神様!」

「よろしい。……ステータスオープン、て言うか心で思えば貴女にしか見えないようにステータス見れるようにしとくわね。その、スマホ?とかと合わせとく」


 言うやいなや目の前のスマホが消えて先程、謁見の間で見たステータス画面が現れる。

 そっと手で触るけれど、何も無い空間を手が過ぎるだけだった。


「おおおお!?」

「何かあったらその加護の所を押してね。手が空いてたらこんな感じで通信繋がるから」

「あ、加護が読める…女神の加護になってる!」

「こんなチート、特別なんだからね!」

「ありがとうございます、女神様!これでなんとか生きていける!!」

「……で、その代わりなんだけど」



 ……ですよね。

 何かを得るには何かを与えねばならない。それは等価交換である。

 こんなに良くしてもらっているんだ、何かしら私にして欲しいことがあるんだろう。

 じゃなければ女神などという大物が加護してくれたりこんなチート機能付きのものを大量にくれるわけが無い。

 薄々は感じておりました。


「話が早くて怖いんだけど。……オホンッ。山野ケイ、貴女にはこの世界で楽しく自由に暮らして欲しい」

「……はい」

「お願いしますね」

「はい。…………え?それだけ?」

「……え?それだけだけど?」


 拍子抜けだ!

 いやいや、王子が言ってたみたいに、やれ魔物をーとか魔王をーとか絶対命を捧げよ!みたいなことふっかけられると思ってたら、ただ愉快に暮らせと仰る?

 普通なら異世界人に何かをやらせるのが異世界ファンタジーのセオリーなのでは!?

 それを無視して楽しく暮らせってありなの!?


「うん、だって貴女が楽しく暮らして行けば行くほどこの世界は良いように導かれていくんだもの、そういうものなのよ。異世界人の存在って」

「えー……」

「自分の世界に異世界人が来るってだけでも神界では祭りごとだし、喜ばしいことだし、宝くじが当たるみたいなもんで、滅多にない事なのよ!?それが無事に成功してみなさいよ。人生――いや、神生うはうはなんだから!だから私が大盤振る舞いで出来る限りギリギリの所まで干渉して、サポートして、チート道具も与えるんじゃないのよ!」

「なんか物騒なの入ってるけど、もし間違えてたら私は死んでた?」

「んー……そうね、五体満足で来ること自体珍しいし、大体が召喚したって失敗しかないわ。召喚が出来る世界だって限られてるし条件が厳しいのよ。だからぶっちゃけ貴女の存在がもうレア中のレア。生きて存在してくれてるだけで良いし、言うなれば世界への栄養?カンフル剤?起爆剤?その知識そのものが恵みをもたらすのよ」

「理屈は分かりますけど……いや、だって普通は王子みたいなのがね?その……えーーー?」

「あー……あの王子はちょっと所じゃなく残念よね。まあ、それも仕方ないんだけど、貴女に今話すことじゃないから。……とりあえず異世界人が凄いってのは、ホントだけどチート能力があって、神の御使いで、だなんて勘違いよ。勇者とか聖女とかなんて神殿が作った絵空事だし」

「うわーそういう裏事情聞きたくねー!」

「だってそうでしょ!何度も言うけどそんなことあったら世界壊れるから!それに異世界人だろうがなんだろうが所詮人は人なんだから!」


 ごもっともである。


 そんな事が曲がり通るならば召喚など、それが出来る世界であればやりたい放題になってしまうし、自分達でどうにかしようとせずに異世界人に頼りきる世界が生まれてしまう。そうしたら世界のバランスも崩れ去るだろう。

 異世界への誘拐事件が大量発生とか怖すぎて、神隠しまじ怖待ったナシですわ。


「でも、何度も言うように異世界人に影響力が無いわけじゃないから、ただその世界で楽しく暮らしてくれるだけで世界が良いものになるのは本当。だから神殿が聖女とか勇者とか言うのもわかるわ。自分達に無い知識と技術を持っているんだもの。私たちに恩恵が無いわけじゃないし、だから神々は異世界人が自分の世界に来たらできる限りで手厚くサポートするってのが神界での絶対であり、常識なのよ」

「へえ……当たり前だけど、知らなかったー……」

「と、言う訳だから楽しく好きに生きてね!ちゃんと私が貴女のこと見守ってるから!心配しないで好き勝手してね~!!(手が空いてる時だけだけど!)」


 おい、最後。心の中のダダ漏れやぞ。聞こえてっからな!?

 言いたいことだけ言うと、女神様はぶつっと通話を切った。

 あれだけこっちから切れなかったのに、自分はあっさりと切るのか……とどうでもいいことを考えつつ、誰かが見守ってる、という事に安心感があるのは事実で。

 さっきまでの暗い気持ちはどこに行ったのか、と言うくらいには元気になった。

 女神さまさま、と言うやつなのか自分が単純なのか、だけれど。

 たった一人だけというのと、誰かが見守ってるという保障というか安心感は何物にも代えられないのです。

 ひとりじゃない、そう思えることは幸せなことだ。


 女神様と長く話していた為か、アルファ米もすっかりふやけて出来上がってた。お腹は限界を迎えている。

 さあ、いただきます、と両手を合わせれば今度はガサゴソと草木を分ける音がした。

 ……――と、同時にドスッと何か倒れる音と人の呻き声。


「……な、なに!?」


 警戒しつつ、何となくまた食事が遠のくんだろうな……と、私は頭の片隅で思った。




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