きつね堂、お籠りの日

他山小石

第1話

「はいはい何度も聞いたよ」

「おい真面目に聞かんか」

 爺さんに何度目かわからない、アリガタイ昔話を聞かされる。


 裏山の祠、洞窟の奥にあるきつね堂にこもる習慣ができたのは俺の先祖が祠で神の使いに出会ったことがきっかけだという。

 300年ほど前、道に迷った先祖は洞窟で夜が明けるのを待っていた。獣に襲われるかもしれない、心細く震えていた先祖の前に雷とともに狐火を持った使いがあらわれた。そして見たこともない汁ものをごちそうしてくれたという。

「はー、そのせいで俺は一人で洞窟でカップ麺か」

 年に一度、洞窟の奥に一晩だけ泊まるのだ。

 理由は何だろう? 先祖が出会った神の使いに会えるとでも言うのだろうか。先祖はここでご馳走を食べたと言うが。

「俺はカップ麺なんだよなぁ」

 嫌いじゃないが、やはり不満はある。大学生が、夏休みの終わりに遊びにも行かずに真っ暗洞窟で何やってんだか。

 しかも、ご丁寧に「赤いきつね」おいおい。

 古文書は虫食いが酷く読めない部分があったのだが、確かに「きつね」とあった。きつね堂の由来だ。

「何かこう不気味よなあ」

 何か強く伝えたいことがあったというが、古文書は読めず。


 心なしか視界にもモヤがかかったように思えてくる。

 違う。

 これは洞窟の中に霞のようなものがかかっている。

 こんなことは初めてだった。

 ゴロゴロゴロ、遠くで雷の音が聞こえる。洞窟の中なんだから雷が落ちることはないだろう。音は不気味に近づいてくる。

 瞬間、全身を打つ音に洞窟そのものが震えた気がした。

 あっけにとられていると、奥からかすかな泣き声が聞こえる。幼い子供がいるのか? 考えるより先に動いていた。

「おい、君、大丈夫か?」

「ぁ、……ぁ」

 古い着物のようなものを着た少年。5つぐらいだろうか? 遠縁の子が俺のように神さま待ちしてたんだろう。

「怖かったなーもう大丈夫だからな」

「ぁい」

 少年は俺の懐中電灯をじっと見つめる。

「メシまだか?」

「ぁ、あい」

「じゃあ、持ってな」

 懐中電灯を渡す。珍しいのか、じろじろと観察を繰り返している。

「これは?」

「今、荷物取り出すから、こっち照らしてくれ」

 緊張してるんだろうな。見たこともない大人とこんな寂しい洞窟で二人きりになってなぁ。腹膨れりゃ落ち着くだろうよ。

「こいつしかないから我慢してくれよ」

 持っててよかった赤いきつね。あつあつの湯を水筒から注ぐ。

 できるまでの時間、少年のことを聞いてみたが、どうも方言がキツすぎてわかんねえ。この近くに住んでることまではわかったんだが?

「ご尊名を賜りたく」

「え? そんめー? えーと、赤いきつねだろ。お、できたぞ」

 赤いきつねを差し出す。割りばしの使い方がわからんようなので割ってやる。

「とりあえず食っとけ」

「……頂戴いたします」

 よほど腹減ってたんだろうな、夢中で食ってる。

「なんと、なんとうまいものでありましょう」

「大げさだな、まぁ良かったぜ」

 食事が終わった瞬間、雷鳴。

「おっ、おい君!!」

「ご馳走様でした、赤いきつね!!」

 霞の風に消えていく少年。


 きつね堂、時が巡った「ご馳走様」確かに届きましたとさ。

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きつね堂、お籠りの日 他山小石 @tayamasan-desu

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