第21話

「と、言ってもご存知の通り我がキルト王国は現状対価として差し出せるものは限られています。フェンリルは何をお望みなんでしょう?」


「人材。人です。実は我々はこの世界の人間ではありません。別の世界から来ました。現在我々はこの地にベースを築くため動いていますが、何をするにも人の手が足りていないのが現状です。そこで、フェンリルがキルト王国の住民を救う代わりに人を都合してほしい」


「それは……少し難しいですね。帝国兵を追い払ったとしても、わたし達も復興に人手が必要です。仮にお貸し出来るとしてもそれはかなり先の話しになってしまいます」


「でしょうね。そこでフェンリルとしては第二案を提示します。キルト王国の住民をそっくりそのままフェンリルのベースに移してはもらえないでしょうか?」


「そっくりそのまま、ですか?」


「そうです。もしこの提案を飲んでいただけるのであれば、住民の安全はフェンリルが保証します。住居の建設、農地の開拓についても我々が全力で支援する事を約束します」


「外敵に襲われない安全な場所がある、という認識で構いませんか?」


「いいえ、今は何もない土地です。しかし、最終的には先程お見せしたような兵器で守られた城塞都市のようなものとなる予定です。そのために人手をお借りする事にはなりますが、長期的には損はさせません」


「つまり、今現在は安全の保証はないという事ですね」


「そうなります。ですが、ここよりは百倍マシである事は間違いありません」


「……仮にその提案を飲んだとして、国民の身分はどうなりますか? 見ての通り、わたし達は亜人です。対して、あなた達はヒト属。奴隷身分では意味がありません」


「ミュイ様! まさかこの者達の提案を飲むつもりですか!」


「ジゼル、帝国は蛇のようにしつこい。今回追い払う事が出来たとしても、次回もそうなるとは限りません。戦いが続けば民は疲弊し、国が保てなくなります。決断の時です」


「しかし!」


「あー、お話し中すいませんが、我々は差別しません。亜人もヒトも等しく平等です。奴隷とかそういう感じにはしませんのでご安心ください」


「そんな保証がどこにある! お前達ヒト属は口ではそんな事を言っていざとなれば――」


 ヒートアップしていくジゼルをミュイが手で制した。


「国民の自由、これだけは約束してくださいますね?」


「もちろんです。ただ、王族っていうのはちょっと厄介で。流石に我々のベースで王制は難しいと思います。なるべく良い役職にはつけるようにしますけど」


「構いません。元より、王族はわたし一人です。こうなっては王制など崩壊したようなもの」


「ミュイ様!」

「くどい。ユウさん、あなた方の提案、受け入れましょう。契約書は?」


「急場しのぎのもので申し訳ありませんが、ここに。恐らく読めないと思うので内容を読み上げます。内容に問題がなければここにサインをお願いします」


 ユウは契約書を二枚取り出し、甲の部分に「キルト王国」と書いた。こうする事で、実際にこの契約書にサインするのはミュイだが、その効果はキルト王国の民全てに及ぶ事になるのだ。小狡く思うかもしれないが、契約とは得てしてそういうものである。


「内容、承知致しました。ところで、万が一あなた方が帝国軍に負けた場合の事を伺っても? 我々がフェンリルベースに住むという話はどうなるのでしょう」


 ミュイは契約書の内容を全て聞いた後、サインペンを手にしたままそう聞いた。


「万が一にも負ける事はないと思いますが、そうなった場合でもキルト王国の人達をべーに移送するという契約は履行されます」


「わかりました。では、サインしましょう」


 ミュイは二枚の契約書にサインを施した。これで契約はなされた。ここからはフェンリルとしての仕事の始まりだ。


「確認しました。では早速作業に取り掛かります。一度武器を取りに行く必要があるので二人ほどここを離れますが、護衛として一人残していきます。よろしいですね?」


「全てお任せします」

「助かります。では先程お預けした武器を返していただきたい」


 ミュイが合図すると、兵士の一人がユウ達の基本装備を持ってきた。


「俺とマリアが装備を回収後、そのまま高火力で敵を焼き払う。フレッドは現在地点からスナイパー役を頼む。質問は?」


「使用兵器はぁ?」

「グレネードランチャーと手榴弾で事足りると思う。C4はナシでいこう。それと――」


 ユウは言語を日本語に切り替えて、小声でこう言った。


「事前の作戦通り家屋を全て焼き払うぞ。焼夷弾もバンバン使え」

「りょうかい」


「て事は俺ちゃんは適当に逃げる奴をヤればいいって事だな。了解だ」


「そうだ。ついでに彼女達に俺達の戦いを見せてやれ。作戦開始。移動するぞ、マリア」


 二人が部屋を出ていったのを確認したフレッドはミュイにこう尋ねた。


「この屋敷って屋上ある?」

「ええ。ご案内致します」


「ああいや、出来ればミュイさん達も屋上に来てもらった方が助かる。その方が守りやすい」


 そういう事でしたら、と言ったミュイは、ジゼルに何かの指示を与えた後、ジゼル含めた少数の護衛のみを連れて屋上へと移動した。


 屋敷は狙撃のスポットとしてこれ以上ないほどに最適な位置にあった。民の住む家屋の大半が屋敷の全面に配置されているため、背後を気にする必要がないのだ。


 フレッドは双眼鏡をミュイに渡すと、自身は伏射の姿勢を取った。そして、右側に予備のマガジンを複数個並べると、その時が来るのをジッと待った。


 スコープの向こう側では自分が狙われているとは露も思っていない帝国兵達が勝ちを確信して間抜け面を晒していた。


「なぜさっきのどろおん? を使わないのだ?」

 狙撃のために精神を集中していると、そっと横にやってきたジゼルが問いかけた。


「そこに立ってると熱々の排莢が当たるぞ。後ろにズレた方がいい」

「あ、ああすまん」


「おう。んで、質問の答えだが、ドローン兵器は遠方から一方的に攻撃出来るが、数が絶対的に足りねえ。それに、持ってきたやつじゃ連中を殺し切るには威力も足りねえんだ」


「そうなのか。なぜ数を用意しなかった?」


「そりゃこっちの悲しい台所事情ってやつだな。ドローン兵器は貴重だし、何より戦闘要員が三人しかいねえんじゃせっかくのドローンを活かせねえんだよ。まあでも心配すんな。これくらいならすぐに片付く」


 ジゼルは未だ不信感を拭いきれない様子だったが、すぐに自分の考えが過ちであったと気付かされた。すなわち、


「森が……燃えていく……」


 それが誰の呟きだったのかはわからない。だが、今の状況を端的に言い表していた。


 どうやらユウとマリアは左右からの挟撃を選択したようだった。まずグレネードランチャーに装填された焼夷弾で帝国兵諸共家屋の全てを焼き払った。そうなると彼らは火の手を避けて中心に向かって逃げるしかなくなる。だが、逃げた先にも火の気がある。


 追い詰められた帝国兵は唯一火の気のない森の外に向かって逃げるしかないが、そこはフレッドのキリングフィールドだ。弓矢では到底届かない距離から脳天を貫かれる。よしんば凶弾から逃れたとしても背後からグレネードランチャーの一撃が飛んでくる。


 どこにも逃げ場などなかった。森は完全に、フェンリルの狩場と化していた。


「お前達は、いつもこんな戦いをしているのか?」

 ジゼルの問いかけをフレッドは弾倉を交換しながら答える。


「まあな。もっと酷え時もあったし、やられる側の事も結構あった。それでも俺達は生き抜いてきた。見直したか?」


「見直すも何も……なぜ私達を選んだ。これだけの力があるのなら、帝国に与した方が良い待遇を得られるだろう?」


「さあな。その辺はウチの隊長に聞いてくれや。俺達は命令で動いてるだけだからな」


「本当に、お前達の望みは働き手だけなのか? もっと他に――」


 ジゼルは女の身であるからこその恐怖を抱いていた。亜人は一般にヒト属よりも見目麗しいとされている。だからこそ奴隷身分にある亜人は度々愛玩奴隷となっている。


 これだけの力を持つ人間が、労働力だけを望むなど有り得ない。他のヒト属の例に漏れず、帝国兵を追い払ったら見返りとして身体を求めてくるのでは――。そう思わずにはいられなかった。


 武人として生きる事を定めている自身はまだいい。だがミュイは。年幼いミュイだけは。


「頼む! この身はどうなっても構わない。だからどうかミュイ様だけは……!」


「あー、なんか勘違いしてると思うが、たぶんあんたの思う展開にはならんと思うぞ。ウチの隊長様はその辺適当だし」


「信じられるものか! 私をどう扱ってもいいから、ミュイ様にだけは!」


 ジゼルは抑えが効かなくなったのか、遂には伏射の姿勢にあるフレッドの肩を揺すり始めた。これだけ揺らされてしまっては狙えるものも狙えない。


「だー! バカ揺らすんじゃねえ! 後ろ弾になっちまう!」

「頼むから!」


 なんていうやり取りが屋敷で行われている事など知るはずもないユウとマリアは、背後からの援護射撃が唐突に止んでしまった事を不審に思いながらも、逃げる帝国兵に向かってグレネードランチャーをポンポン撃つのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る