第20話

 ユウ、マリア、フレッドの三人は、フェンリルベースをリリウムに任せて、キルト王国に向かって高機動車を走らせていた。背後では完成した巨大な開閉式の橋が中ほどで折れて通行不能になっていた。


 妖精の謎技術で作成された橋はユウのイメージ通りの出来栄えだった。一体どこから材料を持ってきたのか謎だったが、聞いてみると今回は初回だから妖精達が自分で用意したらしい。次回からはきっちり魔石の他にも材料を頂くとの事だった。


「いちいちボートで移動すんのは面倒だったからな。これからは楽チンだぜ」

 運転席のフレッドがガムを噛みながらそう言った。


「そうだね。同じものを密林側にもかけて貰おう。武器弾薬を運ぶにしても車の方が効率がいい。ただ、次回からは材料がいるらしいからそれが問題だ」


「材料ってどういう事ぉ?」

 後部座席からひょっこりと顔を出したマリアがユウの髪をいじりながら言った。


「聞いたままさ。あの橋はコンクリートと鋼材で出来てるから、次回からは鋼とコンクリートを渡さないと作ってくれないって事」


「えー、そんなんどこで集めるのさ」


「たぶんだけど、この世界は鉱山資源が豊富だ。採掘技術もままならないだろうに帝国兵は全員しっかりと防具を身にまとっていた。だから、場所さえ見つければなんとかなると思う」


「そりゃ結構な事だけどよ、採掘は誰にやらせるつもりだよ」


「その人材をこれから確保しに行くんだろう? 自分で言ったのに忘れたのか?」


「あーそういやそんな事を言ったような言ってないような……まあ俺はかわいこちゃんがいりゃあなんでもいいからな」


「まったく……マリア、キルト王国にはどれくらいで着くんだ?」


「んー、馬の足で丸一日かかるらしいからぁ、この車なら半日かからないんじゃない?」


「了解。なら作戦予定時間は二日程度だな」

「そりゃいいや。とっとと行ってとっとと帰ってこようぜ」


 そうして車に揺られる事数時間、三人は異変を察知した。眼前に広がる森から、ちらほらと煙が見えていた。


「んー、あの辺かあ?」

 フレッドは手で日差しを遮りながら見ている。ユウはマリアに目標地点であるキルト王国が周辺である事を確認すると、双眼鏡を用いて周囲を観察し始めた。


 ただの森だと思われた場所は、双眼鏡で確認すると人の手が入っている事がわかった。おそらく、キルト王国の住民は森という地形を活かして街を構築しているのだろう。木々に紛れてログハウス風の家屋が確認出来た。


 まばらに上がっている煙は家屋が燃えているものか、制圧した帝国兵が煮炊きをしているものだろう。


「間違いない、あれがキルト王国だ。もう少し車を近づけたら隠蔽、装備を持って徒歩で近づくぞ」


「了解。飛ばすぞ」

 宣言通り車を加速させたフレッドは一気にキルト王国へと近づいた。


   ◯


 森の入り口付近に車を止めた三人は、落ちている枝や葉っぱなどを用いて乗ってきた高機動車を周囲に溶け込めるようにカモフラージュを始めた。近くで見れば車だという事は一目瞭然だが、遠目には自然の一部分にしか見えない。


 こうした隠蔽工作は一見すると無駄に思えるが、脱出の手段が限られている状況では少しでも生き残る可能性を上げるのだ。


「これでよし、と。二人共装備は持ったか?」


 ユウに問われた二人は、それぞれの武器を掲げる。今回フレッドには通常の装備の他にドローン兵器も持ってこさせているので、彼の片手にはスーツケースのような鞄が持たれている。


「んで? 具体的な作戦はどうするんだ? この人数で偵察は勘弁だぜ」


「そんな事はしないさ。なんのためにドローンを持ってきたと思ってるんだ。それで空から偵察。状況を確認してから作戦を立てる」


「あ、なるほどね。んじゃ、いっちょやってやりますか」


 頑丈なケースに入れられたドローンを取り出したフレッドは、早速付属のリモコンを操作してドローンを空に飛ばした。すると、ケースと一体型になっているモニターにドローンからの映像が送られてきた。


「おうおう、余裕こいちゃってまあ。連中楽しそうに飯食ってやがるぞ。すっかり勝利気分だな」


 モニターには煮炊きしたらしい飯を酒と一緒に楽しそうに飲み食いしている帝国兵が映っていた。それを見てユウが呟く。


「妙だな……女の姿が見えない。本当に制圧が完了しているのか?」

「そういう話しだったけどねぇ。確かに女の子の姿が見えないのは変かも」

「……もう少し全体を見てみるか」


 フレッドがドローンを操作し、高度を上げる。すると、違和感の正体が判明した。

 一際大きな屋敷らしき家屋の周辺では、現在も戦闘が続けられていた。どうやら、キルト王国の生き残りはそこに立てこもっているようだった。


「話しが違うじゃないか。これたぶん王族が住んでた屋敷だろう? これだけ必死に抗ってるって事は王族生き残ってるんじゃないのか?」


 ユウはそう言って胡乱げな目で尋問を担当した二人を見た。


「……っぽいねぇ」


 バツが悪そうにそう言うマリアはポリポリと頬をかいて誤魔化そうとしている。フレッドも「おかしいなあ……」なんて言いながら吹けてない口笛を吹いていた。


「はぁ……しょうがない。責任の追求は後だ。作戦変更、これよりフェンリルはキルト王国のトップと接触する」


「マジで言ってるのか?」


「マジもマジさ。王族が生き残ってるのなら、トップを無視して外敵を排除しても吸収出来ない。それなら味方に取り込んだ方がいい」


 と、いう事で、三人は申し訳程度に屋敷の裏口を攻めていた帝国兵を片付けると、堂々と屋敷へと入っていった。その姿はさながら商人が商談を持ち込むかのようだった。


 談話室のようなところで待たされる事10数分、複数の護衛を伴ったミュイが現れた。彼らは一様に狼のような耳と尻尾を持っていた。見慣れない姿に思わず言葉が漏れそうになったが、すぐにここが異世界である事を思い出し、グッと堪える。


「わたしがキルト王国現責任者、ミュイ・キルトです。見ての通り、わたし達の国は現在帝国に攻め滅ぼされようとしています。そのような時に一体どのようなご用向でしょうか?」


 ユウはミュイのあまりの幼さに話しが通じるかどうか不安だったが、彼女が話し始めるとすぐにその不安はどこかに消えた。


「フェンリル代表、ユウです。色々聞きたい事はありますが、あまり時間もありません。単刀直入にお話しましょう。そちら流の言葉で訳すと我々は商人です。我々が売り物としているのは武力です。ミュイ様には我々の武力を買っていただきたい」


「まあ! それはありがたい事です。つまるところ傭兵という事でしょう? 人数はどれほどいるのでしょう?」


「三人です」

 ユウがそう言うと、側に控えていたジゼルが吠えた。


「舐めているのか! 我々がどれだけの危機にあるかわかっているはずだ! 貴重な時間を割いて話しを聞いてやったというのに三人だと? ミュイ様、やはりこのような者共の話しを聞いている場合ではありません」


「まあそう仰らずに。あなた方は勘違いなさっている。我々は確かに傭兵だが、ただの傭兵ではない。一つデモンストレーションをお見せしましょう。フレッド」


「あいよー」


 フレッドはケースからドローンを取り出した。そうして窓を開けるとドローンを宙に解き放った。


 ドローン特有の耳障りなプロペラの回転音が鳴ると、ジゼルは慌てた様子で護衛に抜剣を命じた。当然の話しだ。ジゼルからしてみれば怪しげな三人組が訳もわからない物を持ち出して急に聞き慣れない音を出したのだ。敵対行動だと思われてもしょうがない。


 しかし、ミュイの対応は違った。ジゼル含む護衛全員が尻尾の毛を逆立たせて威嚇している中、ただ一人落ち着いてカップの中身を傾けたミュイは、「やめなさい。客人に失礼ですよ」と言った。


「しかしミュイ様!」

「くどいですよ。客人に敵意は感じられません。やめなさい」


 再度自身の主に命じられてしまえばどうしようもない。ジゼルは渋々ながら護衛達に剣を仕舞うよう命令した。


「護衛が失礼しました」


「いえ、こちらこそ事前に言っておくべきでした。見たところあなた達は聴覚が優れているようだ。ドローンの騒音は相当耳障りだったでしょう。すみません」


「ドローン? 今空を飛んでいったのはドローンというのですか?」


「はい。こうして遠隔地から目標を駆逐する兵器です。こちらでご覧ください」

 ユウはそう言って双眼鏡をミュイに渡した。


「変わった遠眼鏡ですね。フェンリルとおっしゃいましたか、わたし達とは変わった文化をお持ちのようですね」


 ユウは適当に返事をしながらフレッドの操作するドローンのモニター画面を確認した。そして、ミュイにあの辺を見てくださいと言って指差した。


「いつでもイケるぜ」

「よし、やれ」

「了解。投下する」


 それから数秒後、爆炎が上がった。フレッドがドローンを操作し、帝国兵の拠点に爆弾を投下したのだ。ジゼル含む護衛達が感嘆の声を上げる。


「……今のはあなた方が?」

「そうです。これが我々フェンリルの武力です」


「なるほど。遠眼鏡、お返し致します。ありがとうございました」


 ミュイはそう言ってユウに双眼鏡を渡すと、ソファに戻っていった。ユウも対面に座る。


「デモンストレーションにはご満足いただけましたか?」


「ええ、大変満足しました。交渉を開始致しましょう」


「そう言っていただけると確信していました」

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