第6話

 それから更に歩いていくと、泉が見えてきた。水筒の中身も心配だったので、補給出来る内に補給するべきだと考えたユウはそこで休息を取る事にした。


 マリアを地面にそっと寝かせると、ユウは枯れ枝を拾い集めた。そして火口をナイフで削って作ると、服のストラップに付けられていたメタルマッチで着火させた。

それほど枯れ枝を集めなかったのであまり長い時間火を維持出来ないが、元々長居するつもりもないので問題ない。


「随分水質の綺麗な泉だな」


 泉は底が容易に見られるほどに透き通っていた。そのままでも飲めそうだが、念には念を入れて煮沸消毒をするべきだろう。フェンリルの水筒はこのような事態も想定されているのでそのまま火にかける事が出来る。


 ユウは自分とマリアの水筒に泉の水を汲んで火にかけた。ついでに、濡れた上着と靴を脱いで乾かす。流石に女性がいるのでズボンは脱げないが、火に当たっていればその内マシになるだろう。


「……なんだ?」


 パチパチと音を鳴らす焚き火に黙ってあたっていると、周囲にポワポワとした灯りのようなものが浮き上がってきた。


 それらはやがて形を取っていき、最終的に手のひらサイズ小人になった。背中についた透明な羽をパタパタさせて浮かんでいるので妖精といった方が適切かもしれない。


 試しに指でつついてみると、妖精はひどく驚いた様子を見せた。まるで、自身の姿を認知されている事が信じられないといった様子だった。


(てっきりこの世界の生物は巨大なものしかいないと思っていたけれど、そうでもないのか? 羽とサイズに目をつぶれば人間に見えない事も……いや、無理があるな)


 これを人間と呼ぶには少々パーツがデフォルメされ過ぎている。瞳はとても大きいのに、鼻は点みたいだ。口に至っては「△」こんな感じになっているのもいる。これをヒトと呼ぶのはやはり無理があるだろう。


「あー、君達は人間なのかい?」


 一応聞いてみる。ちなみに使用した言語は英語だ。すると、妖精達は嬉しそうに口々に何かを喋り始めた。


「~~! ――!」


 なんと喋っているのかはわからなかったが、どういう事か何を言わんとしているのかは理解出来た。まるでテレパシーのようだった。


「ふむふむ。自分達は妖精という存在で、選ばれた人間にしか見えないと。なるほどね。聞きたいんだけど、ここらに人里はないかい? 出来れば医者がいると嬉しいんだけど」


 ユウがそう聞くと、妖精はあーでもないこーでもないと身振り手振りを交えながら楽しそうに話した。


「ここから南西に歩いていくと村があるんだね? その村っていうのは僕らみたいな人間の集落なのか?」


 妖精が言うにはこの世界にも人間がいて生活をしているらしい。文化レベルがどの程度なのかはわからないが、医者もいるらしいので、ユウはとりあえずそこを目指す事にした。


 その後も妖精と会話をしていると、目が覚めたらしいマリアが「冗談でしょお」と言った。


「お、目が覚めたようだな。体調は回復したか?」

「ある程度ね。それより、ユウってそんな独り言言う人間だったっけ?」

「いや、妖精と話してたんだよ」


 ユウがそう言うと、身を起こしたマリアは至極心配げな顔をして近寄ってきた。そしてユウの手を握るとこう言った。


「過度なストレスに曝されておかしくなっちゃった? あたしは衛生兵の資格持ってないけど、軽くならべんきょーしたからおねーさんに話してみ?」


「……なるほど。そういう可能性があったか。本当に見えない? こんなに沢山いるのに」


「あたしには見えないよ? それとも車でもみくちゃになった時頭打っちゃった?」


「頭は打ったけどたぶん大丈夫だと思うよ。それに、自己診断では精神的にも問題はない。これくらいの問題なら今までに何度も経験してるからね」


「うーん、PTSDの類ではないっぽいしなあ……本当に見えてるのお?」


「うん。ちなみに証明する方法が一つあるよ。今この子達に聞いたんだけど、ここから南西に行くと村があるらしい。村があれば俺が見てる妖精は実在するって事になる」


「だとしてもあたしには見えない理由がなくない? 村があったとしてもたまたまかもしれないしい」


「そう言われると弱いけど、彼らが言うには選ばれた人間にしか見えないらしいよ」


「なにそれ、あたしは選ばれてないって事ぉ?」

「そうなるね」

「なんかムカつくぅー。まあいいや、とりあえずその村目指して歩こうか」


 準備を整えた二人は南西に向かって歩き始めた。ユウの周りには先程の泉からついてきた妖精が6匹ほどふよふよと浮かんでいる。


「フレッドも無事だといいんだけど」


 黙って歩くのもなんなので、ユウはマリアにそう話しかけた。しかし、当のマリアは興味があるのかないのか「そうだねえ」と言うだけだった。


「あれ、あんまり興味ない感じ?」


「あいつは殺しても死なないタイプでしょお。それに、あたし達と違ってちゃんと武装持った状態で脱出したし、大丈夫でしょ」


 二人は崖から下りる際にメイン武装を捨ててきたので、現状ナイフと9ミリ拳銃が命綱だった。この兵装では化け物と戦うにはあまりに心細い。


「だといいけどね。そういえばマリアってあんまりフレッドと絡みがないよね。なんで?」


「だってあいつからかってもつまんないんだもん。姐さん姐さんうるさいし、ユウみたいにひっついたら優しくしてくれるわけでもないし」


「その割にはボブと仲良しじゃないか。ボブにひっついてるところなんて見た事ないけど」


「ボブはお願いしたらなんでもきいてくれるから好き」


「なるほど。実にわかりやすい判断基準だ。ついでに言うと、俺にひっつくのはやめろ。好意もないのに胸やらなんやら押し付けられたら面倒なんだ」


「お、ずいぶん生意気な事言うじゃないかあ。あたしはユウの事結構好きだよお」


「それはありがたいね。俺も好きだよ、家族としてね」

「ほんとに生意気だなあ、このこの!」


 そう言ってマリアは全身を使ってユウにしがみついた。下半身はムチムチな太ももが巻き付くだけだからいいが、上半身はバトルドレスを着ているからゴツゴツとプレートが当たって痛い。


「マジでやめろ。こんな事してたらその内犯してやるぞ」

「やれるもんならやってみろー」


 なんて事をやっていたら耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。


「近いな」

「どーする? ユウの判断に任せるよお」


「……様子を見に行こう。現地民の協力を得られればラッキーだしね」

「ん、りょーかい」


 そうして気配を殺しながら悲鳴が聞こえてきた付近に近づいていく。手には9ミリ拳銃。いつでも発砲出来るようにセーフティは外してある。


 木の陰に隠れて様子を伺う。すると、一人の少女が三人の兵士に襲われようとしているのがわかった。


(……予想はしてたけど、やっぱり文化レベルは低そうだな。ローマ帝国の兵士みたいだ)


 三人の兵士が身にまとっているのは鉄製らしい胴プレートと各関節を守る程度のものだった。武器は腰に差したロングソードくらいしか見当たらなかった。


「俺が右二人をやる。マリアは左を頼む」

 ハンドサインでそう言うと、マリアは「りょ」と口を動かした。

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