第10話 嫉妬

「おお~……今回の部屋もすげぇなぁ」


 俺は案内されたホテルの部屋を見て、感嘆を漏らした。

 地方都市とはいえ、此処は自由都市の勢力圏。副市長さんの書簡があれ程絶大な効力を発揮するとは。貰っておいて正解だったな。

 荷物を椅子へ置き、ベッドへ飛び込む。

 数日振りの柔らかさに……このまま寝ちまいそうだ。


「どーん」

「ぐはっ」


 突然、背中に重みと――花の香り。

 いやまぁ……重いという程、重くはないんだが。寝間着らしく身体の形が感じられて、何と言うか。

 俺は、乗っかって来た幼馴染の少女を詰る。


「……フィオナ、お前の部屋はあっちだろうが? ララとホリーと一緒に温泉へ行ったんじゃないのかよ……? あと、おーりろー」

「やーだぁー。おりないー。二人はまだ入っているよ。変な幼女と密会してたアッシュにはお仕置きが必要だと思うのっ! あの子よりも、幼馴染の女の子を優先しないと駄目なんだよ?」

「…………お前なぁ。あんなちびっ子に嫉妬するのは流石にどうかと思うぞ?」


 溜め息を吐き、身体を裏返り、上半身を起こす。

 白の寝間着を着た幼馴染が頬を膨らましている。

 そして、極々自然な動作でフィオナは俺に抱き着き、ぽかぽか、と胸を叩いてきた。子供のころから、拗ねるとこうなるのだ。


「む~……アッシュは何時でも何処でも、私のなのっ! なのに、あんな幼女と密会を繰り返してるなんてっ!」

「俺のせいかよっ!? それは理不尽なんじゃあるまいか?」


 少なくとも、接近して来たのはグロリアで俺じゃない。

 …………そう言えば、あの幼女どうしたんだ?

 剣に戻って逃亡しようとしていたが、ホリーの魔法で封じられて温泉へ連行されていった。俺へ助けを求める視線を最後まで向けていたが……すまんな。このパーティ内において、俺の立場は最下層なのだ。助けられん。あと、命も惜しいし。

 フィオナが頬を更に膨らます。


「理不尽じゃないっ! 幼女と話していた分、私と会話の時間が減った、っていうことだもんっ!! 大罪・重罪・神罰覿面なんだよっ!!!」

「……聖剣創ったの女神様だ、って話だが」

「むっー! 屁理屈を言う口は縫っちゃうよ?」

「そしたら、お前の名前を呼べなっちまうなー」

「っぐ! 卑怯、卑怯っ! アッシュは何時から、そんな意地悪な男の子に――……昔から、だったよ…………」


 勇者様はいきり立った後、考え込み、ガクリ。

 そのまま、俺にしな垂れかかっり、服の上から肩を甘噛みしてくる。


「まったくもぉ……もぉったら、もぉぉぉ…………」

「お前は牛かっ! で? あの幼女はどうしたんだ??」

「…………うふ★」


 フィオナが顔を上げ、怖い微笑になった。

 うわぁ……嫌な予感。あいつ、多分死んだな。精神的に。

 俺の髪に触れながら、説明してくる。


「ホリーの魔法で一時的に剣に戻れなくしたから、折角だし、髪と身体を三人ですみずみまで洗って、温泉に入れちゃったぁ♪ 『や、止めよ。わ、我を誰だと思っておる? 【聖剣】ぞ? 【聖剣】なのだぞ? そんな神聖な我を――いやぁぁぁぁぁ!!!!! 錆びちゃうぅぅぅぅ!!!!! だから、お主等とは関りあいたくなかったのだぁぁぁ!!!!!』って、泣いてたけど。『意志ある武器』が温泉なんかで錆びる筈ないのにねー」

「うわぁ……」


 勇者と思えぬ鬼畜の所業を聞き、俺は顔を引き攣らせた。

 多分、ララとホリーもニコニコ顔だったんだろう。う~ん……この勇者にして、あの仲間あり、か。  

 背を向けて俺を椅子代わりにし、フィオナが甘えてくる。


「あの子が意志を持ってるのは何となくだけど、気付いてたんだぁ。でも、私に話しかけてはくれなかった……うんっ! やっぱり、アッシュは凄いよねっ!! だから、髪梳かして―。頭、撫でてー」

「そりゃ、自分を温泉に叩きこむ可能性を持つ勇者様御一行は警戒されるだろ。仕方ねぇなぁ……ブラシ取るから、どいてくれ」

「? え?? 嫌だけど???」


 少女はキョトンとし、上目遣いで俺を見た。

 ……こいつ、美少女過ぎるんだよなぁ。何度見ても慣れん。

 俺の手に触れ、指を絡ましてくる。


「アッシュの手で梳いて。そしたら――ちょっとだけ許してあげる」

「ちょっとかよ」

「とーぜんでしょー。『いい? フィオナ。幼馴染との会話は世界で一番価値あるものなの。覚えておきなさい』って、御母様も言ってたしっ!」

「御袋さんっ! 娘の教育、間違ってますよっ!? もう、矯正効かないのに……」

「えへへ……矯正不能なんだぁ。偉いでしょ? 偉いって言ってっ!」

「あーえらい、えらい」


 適当にあしらいながら、フィオナの美しい髪を優しく手で梳く。

 後でブラシもかけてやらねぇとな。

 少女はくすぐったそうにしていたが――やがて、寝息が聞こえてきた。寝ちまったようだ。

 俺はフィオナをベッドに寝かせ、気付いた。

 ……あれ? 

 こいつ、どうやって隣の部屋へ運ぶんだ??


「……まじぃな」


 ララとホリーに運んでいる所を見られたら、からかわれたり、真顔で同じことをするよう要求してくるに違いない。とっとと移動させて――入り口の扉が開き、白髪でレースがだくさんついた可愛らしい寝間着を着せられた幼女が飛び込んできた。ちょっと涙目だ。

 すぐさま駆けて来て俺に抱き着いてきた。


『なんじぃぃ……あやつら、こわいぃぃ……』  

「……大変だったな。でも――大丈夫だ。何れ慣れる」

『慣れ!? じゃと!?!!』


 幼女は絶句し、口をパクパク。ちょっと面白い。

 廊下の先に満足した様子で歩いて来る、ララとホリーの姿が見えた。寝間着姿で色気が隠せていないのと――既にフィオナを視認していやがる。

 二人が口を動かした。


『アッシュ、抜け駆けお姫様役、次はボクが立候補するよ』

『フィオナにしたこと、全部してもらう。むふん』


 ……親父さんに叩きこまれた読唇術が、こんな所で役立っちまうとは。

 嘆息していると、ベッドの上のフィオナが幸せそうに笑みを零した。

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