第9話 提案

「……あ~、フィオナさんや」

「何ですか? アッシュ・グレイ君」

「……動きにくいんだが」


 小川の近くで馬車を停めた俺は先程来、幼馴染の少女に裾を握り締められている。

 鍋と木桶に水を汲み終え、振り返るとフィオナは不満気に頬を膨らましていた。


「……だって。だってっ。だってぇー」

「駄々をこねるな、駄々を。ほれ、戻るぞ」

「……うん」


 唇を尖らせながらも頷き、着いて来る。

 馬車の傍では、ララが火を起こし、ホリーは白髪幼女を簡易椅子に座らせ「……髪、サラサラ。艶々。興味深い。実験したい」『ひっ! な、汝ぃ。汝ぃ。こ、こ奴、怖いんじゃがぁぁぁ』、全力で弄んでいる。……う~ん、平常運転。

 鍋を火にかけ、ララへ声をかけ。


「馬に水と餌をやって来ます。先輩、お茶の準備は任せていいですか?」

「ああ、任せておいてくれ。君がいない間に、そこの幼女を尋問――こほん。少しばかり、お話をしておくよ★ フィオナとホリーも同意してくれると思う」

「うんっ! 全面的に同意するよっ!! ホリーもそうだよね? ねっ?」

「当然。……これだけ長いと、私が思い描いていた髪型も全部試せる。あと、どうやって剣からこの姿に? うふふ――色々と楽しみ」

『!?!!! な、汝っ! 汝っ!! わ、我を見捨てるでないっ! こ、こ奴等の目、明らかに魔獣の――』

「大丈夫、大丈夫。あ、それとも、天下の聖剣様は、人間の女の子達がおっかないのかなぁ?」

『うぐっ!』


 早くもホリーに髪を編み込まれている幼女が呻き、身体を震わせた。

 俺の裾を離したフィオナは、簡易椅子に荒々しく座って足を組み、布袋から眼鏡を取り出しかけた。……いや、どうしてそんな物、持ってるんだよ。

 俺はララへ視線。

 筆頭近衛騎士様は手慣れた動作で紅茶の準備をしながら、フィオナとお揃いの眼鏡をかけ片目を瞑ってきた。いや、貴女もですか。


「此処はボク達に任せておくれよ。なに、取って喰いはしないさ――多分、きっと、おそらくは、ね♪」

『ひっ! き、貴様等、わ、我を誰だと――あーあーあー! か、髪を編み込むでないっ! リ、リボンも着けるなっ!!』

「取りあえず……手荒な真似はなしで。特にフィオナ」

「ぶーっ! 私、そんなことしないもーんっ! ちょっと諸々聞くだけだもんっ!!」

「…………すぐ戻る」


 俺は『早くっ! 万難を排し、助けよっ!!』という幼女の視線を振り払い、馬車へと向かった。


※※※


 頑張ってくれた馬に餌と水を与え、丁寧にブラシをかけてやる。


「何時もありがとうなぁ。お前がいなかったら、俺の心労は加速度的に増していたよ……」


 馬が優しい瞳を見せ、嘶いた。『気にしないでいい』ということらしい。本当に出来た馬だ。

 頭を手で撫でてやり「また後でな」と告げ、離れる。

 尋問――もとい休憩場所では、幼女が簡易椅子の上でぐったりとし、涙目になっていた。

 見事な三つ編み。ホリーは手先が器用なのだ。あと、そんなにリボンをつけんでも。

 幼女はいち早く俺を発見すると、


『!』


 目を輝かせ、駆け寄って来た。

 背中に回り込み、顔だけを覗かせながらの訴えてくる。


『な、汝っ! 汝っ!! あ、あ奴等、少し、頭がおかしいのではないかっ!? わ、我の髪をこんな風に、こんな風にしたっ!! し、しかも、次の町に着いたら、飽きるまで着せ替えをするなぞとぉ…………ぐす……飴…………』

「あ~はいはい」


 ポケットから飴玉を取り出し、半泣きの幼女に手渡す。

 しれっとした顔で紅茶を飲んでいる少女達におずおず、と話しかける。


「あんまり虐めるのはどうか思うんですが……如何?」

「――アッシュ、座って」「その子と君がいけないと思うな」「着席を要求する」

「…………あぃ」


 風向きが怪しい。非常に怪しい。

 餓鬼の頃から、親父さんやフィオナのせいで無駄に鍛えられた生存本能が『出来れば、逃げた方がいいぜ? 死にはしないけどなー』と告げている。……中途半端なんだよなぁ。

 幼女が俺から数歩離れる。


『汝ぃ……わ、我は馬車に、あーあーあー! は、放せ、放すのだっ! い、いやぁぁぁぁぁ!!!!!』

「ハハハ。聖剣様ともあろう御方が、何をそんなに怖がっておられるのやら。取っては喰われはしませんよ。…………七割くらいは」

『確率論から言って、負けっ! それは負けておるっ!!』

「……覚悟を決めろ、グロリア。お前は強い子だ」


 白髪幼女から、白髪三つ編み幼女に進化した聖剣様を抱きかかえ――俺は少女達の前の簡易椅子に腰かけた。

 すぐさま、フィオナの手が伸びて来て幼女を回収。自分の膝に座らせた。


「貴女はこっちだよぉ? ――アッシュの膝に座っていいのは、私だけなんだからね?」

『! …………ハイ』

「フィオナ、独占欲が強過ぎるのはどうかと思うな。アッシュ、紅茶を淹れたよ」

「……アッシュはこれくらいでいいのっ!」「……どーも」

『~~~っ!』


 幼女を人形のように抱きしめながら、幼馴染の少女は頬を膨らまし、俺はララから  カップを受け取った。

 ホリーがノートを差し出して来た。


「アッシュ、一つ提案がある」

「ん? 何――」


 そこには、次の都市での予定が記されていた。

 特徴的な丸文字で、


『アッシュと行く買い出しの順番について(※幼女は原則除く。最重要!)』


 と、書かれている。

 ――冷や汗が頬を伝う。

 今までは、何だかんだ四人で行くことが多かった。それを変える、とっ!?

 ホリーが微笑む。


「大丈夫。次の都市だけ。でも――この子のことを黙っていた点の贖罪は必要と判断した」

「あ~……フィオナと先輩が」

「私達は同意済みだよっ!」「――ボクは、この前も二人で食事を楽しんだからね」


 フィオナが元気よく手を挙げ、ララは肩を竦めた。……あ、逃げ道ねーや。

 幼女は――魂が半ば抜けている。手遅れか。

 両手を掲げ、全面降伏。


「…………分かった、それでいいよ。フィオナ、そいつをそろそろ放してやれ。お茶はみんなで楽しむもの、だろ?」 

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